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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第三章.刺客襲来編

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55.追う者と追われる者


 ――奪えたか!?


 いや、攻撃は確かに当たった。

 でも《略奪(スティール)》が成功した実感がない。何故だろう。


 もしかして……。


「《分析眼(アナリシス)》!」


 ひとつの仮説を確かめるため、俺は再度タケシタの本体に向かって《分析眼(アナリシス)》を発動させる。


 ――――――――――――――――


 毒触手魔(テンタクル)


 アクティブスキル:"弓初級"

 リミテッドスキル:"合成毒塊(メランコリー)"

 習得魔法:《毒手(ポイズンアタック)》、《毒息(ポイズンブレス)》、《毒雨(ポイズンレイン)


 ――――――――――――――――


 そうか。

 たぶん、完全に魔物化してしまうと、相手の所持するリミテッドスキルは奪えなくなるのだ。

 そうなると、もうタケシタの持つ"合成毒塊(メランコリー)"を《略奪(スティール)》で奪うのは不可能ということになる。

 貴重なスキルを得る機会だったが――この際、死人を出さずに戦闘を終えられることを喜ぶべきだろう。


 俺は短剣を構えたまま、その元クラスメイトだった少女を見下ろす。


「う、ア、う……」


 そこに蹲っていたのは、そう……竹下瑠架(タケシタルカ)だったはずの、成れの果てだった。


 ぽっちゃり体型の三つ編みの少女の面影は、僅かには残っている。

 肌が赤黒く染まり、全身に重度の火傷を負ってはいるが、その生物の形は、タケシタに違いはないのだ。

 でも、その頭部、髪の毛、両耳、手足――ありとあらゆる場所から、焦げて千切れた触手がうねっては、ビタンビタンッと喘ぐように船内の床を叩いている。

 異様だった。異様に禍々しく、そして、痛々しい。


 直視さえ耐えないほどの姿だった。

 もう、この状態の彼女を、「人間」だと認識するのは難しいほどに。


「タケシタ……」


 俺は思わず、しゃがみ込むその魔物の名を呼ぶ。

 見た限り、タケシタの血蝶病の症状は手遅れなほど進行している。

 まともに会話が通じる状況なのかは分からない。

 それでも、このまま有無を言わさず刺し殺すのは、自分のエゴだとは分かっていてもあまりにも――タケシタに対して、非情な行為のように思われたのだ。


「タケシタ……君は、一体ここで何をしてたんだ?」


 答えがあることに、僅かに期待していたと思う。

 トザカのように、普段通りに会話が通じなくてもいい。

 ただ、何故彼女が船に忍び込んだのか。

 エリィの父を攫ったのもタケシタなのか。

 少しでも、何かしらの言葉を残してくれるかもしれない――と、俺は固唾を呑んでタケシタを見下ろしていた。


「――――ナルミ、シュウ」

「!」


 その声は低く、嗄れたように淀んでいた。

 それでもタケシタは俺の名を呼んだ。

 そう思ったものの、それに続いたのは、


「殺す、殺す殺すコロスコロスコロスコロ…………」


 呪詛で塗り固められたような、怨念の言葉だった。

 深い怨念のこもった暗い瞳が俺を射抜く。

 その目に浮かんでいるのは敵意。

 それに殺意と、きっともうひとつは……憎悪だ。


「コロス……コロス……」


 狂ったように何度も繰り返しながら、急にタケシタはスゥ……と深呼吸をした。

 一瞬、場違いともいえるほど落ち着いた仕草に、俺たち全員が気を取られる。


 その機会を狙っていたのだろう。


 タケシタが大きく裂けた口を開くと同時。

 そこから、紫色の煙のようなものがどっと壮絶な勢いで吐き出されたのだ。


「!」


 俺は慌てて身を退く。ハルトラも後ろに跳び退った。

 ユキノの唱えてくれていた《保護陣(プロテクション)》は既に効果を失っている。もう《状態異常無効(ディスペル)》の効果も切れている頃だ、直撃はまずい。


 しかし俺とハルトラが退いたことによりタケシタはそこに活路を見出してしまった。


「ウゥウッ……!」


 呻き声を上げながら、彼女は歯を食い縛って千切れかけた触手を伸ばす。

 その触手は、もう立ち上がる気力もない彼女を宙に浮かせ、そのまま勢いよく船外に飛び出したのだ。


 ――しまった。今のは《毒息(ポイズンブレス)》……か!


「レツさん、タケシタが!」

「二人は魔物を追え! 絶対に見失うなよ!」

「「はッッ」」


 間髪入れずレツさんが部下に指示を飛ばす。二人の騎士は遠ざかっていくタケシタの背を追う。

 だが予想外にタケシタ――その魔物の動きは素早い。あれでは追いつけるかどうか分からない。


 そのとき、逃げるタケシタの服から何かが零れ落ちた。


「? ……きらきらしてる」


 比較的近くに居たコナツが、そこに走り寄る。

 俺がまともに船外の様子を確認していたのはそこまでだった。


「――ニャア」


 のろのろと。

 かなり鈍く前足と後ろ足を踏みだし、ハルトラの巨体が近づいてきたからだ。


「ありがとう。助かったよ。……ゆっくり休んでくれ」

「ミャア」


 俺の言葉を合図に、大きな猫は子猫の姿へと変化する。

 毒にやられ、ほとんど気力だけで戦っていたような状態だったのだろう。

 力なくその場に倒れ込みそうになる子猫を両手に抱え、俺は船から大ジャンプで飛び降りた。


「ユキノ!」


 それから一目散にユキノに駆け寄る。


「シュウくん……!」


 エリィに肩を支えられたまま、ユキノは地面にしゃがんでいた。

 俺が近寄っても、声も上げない。俯いたまま、微かに小さな呼吸を繰り返している。


 身を屈めてユキノの様子を確認したレツさんが俺に向かって顔を上げた。


「魔法を連発しすぎたな。魔力をひどく消耗してる」

「兄さま……私……」


 ユキノがのろのろと視線を持ち上げる。ひどく弱々しい声音だった。


「大丈夫、です。ユキノは"魔力自動回復"のスキルがありますので……しばらくしたら、すぐ……」

「無理するな。……それよりもユキノ、ありがとう。俺だけじゃなく、ハルトラを庇ってくれて」


 俺の両腕に抱かれ、にゃあ、と鳴くハルトラを見てユキノが僅かに微笑む。

 しかしそれからすぐ、才女は顔を曇らせた。


「でも、制約はそのまま……なんです。リミテッドスキルの制約は、絶対だから」

「だけどあの魔法は……」


 言いかけて、気づく。


 そうか。ユキノが克服したのは、魔法の対象者への制約ではない。

 彼女は、魔法の()()()()を広げることに成功したのだ。


 恐らくは、力ある言葉――詠唱の内容にハルトラを取り入れることによって、無理やりそれを実行してみせた。それならスキルの制約を如実に裏切るわけではないから。

 それに距離もだ。いつもより明らかに離れた位置から魔法を使ったのに、問題なく発動に踏み切れていた。


 俺は魔法のことはからっきしだが、それでも理解できる。

 対触手戦においてユキノがやってみせたことは、並大抵ではない。

 彼女は努力の末に、自分の弱点を乗り越えてみせたのだ。


「頑張ってくれてありがとう、ユキノ」

「……はい」


 俺の言葉に、ようやく、ユキノが安心したように微笑む。

 それからゆっくりと目を閉じる。疲れて眠ってしまったのだろう。


「おにーちゃーん、これなあに?」


 てくてくとコナツが歩いて戻ってきた。

 その手には、何か――きらりと太陽光を反射させて煌めく、ネックレスのようなものが握られている。


 よく見るとその正体は白い十字架だった。

 粗末な糸に通された十字架には少し傷がついているが、鮮烈なほど眩しい輝きを放っている。とてもきれいだった。


「その、十字架……」

「エリィ? 誰のか分かるのか?」


 エリィが身体を震わせながらも頷く。


「それ、お父さんの……父の持っていた十字架」

「……!」


 エリィの声には強い確信があるようだった。

 その十字架を、タケシタが落としていった、ということは――やはり神父の失踪事件と血蝶病は、関係があるのか?


「あの魔物を追おう、エリィ」

「シュウくん……」


 俺は咄嗟にそう呼びかけていた。

 現実的に考えても、もうユキノやハルトラを連れていくのは厳しい。

 それにタケシタを追って長距離の移動をすると考えると、幼いコナツを連れて行くのも難しいだろう。


「……うん。わたしも、連れてって」


 覚悟を決めた表情でエリィが頷く。これで決まりだ。

 ユキノはコナツに預け、俺とエリィは揃って立ち上がった。

 そこに残った騎士への指示を送っていたレツさんが駆け寄ってくる。


「シュウ、行くのか」

「はい。魔物を逃したのは俺の責任ですし……騎士の皆さんだけに任せるわけには」

「相変わらず自己評価の低いヤツだな。それなら町外れに馬を繋いでいる、ここからは少し離れてるがそれに乗って――」

「ミャアッ!」


 反論するように。

 俺の腕の中から甲高い声が上がった。


「わっ!」


 俺の胸を蹴るような形で飛び上がる。

 それは再び、大きな猫に変化し――「乗れ」というように、俺とエリィを見た。


「ハルトラ……行ってくれるのか?」

「ミャ」


 ハルトラの、魔物の言葉は正しく俺には分からない。

 それでもどうやら、ハルトラは「当然」と言ってくれたらしい。何となくそれだけは理解できた。




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