44.新たな仲間
俺は「えっとさ……」と溜息を吐いた。
「ユキノの気持ちはありがたいよ。でも外は何があるか分からないし、心配だからさ。今度からは、一度行く前に相談してくれると嬉しいかなって」
「もちろんです。次からは必ずお伝えいたしますっ」
「はぁい。こなつも、そうする!」
いまいち「怒ってますよ」っていうのが伝わってない気もするが、まぁ……大丈夫かな。
それに俺も自分の特訓にかまけるばかりで、ユキノたちの行動を気にしていなかったのも事実だ。次からは俺も気をつけねば。
しかしユキノとコナツがダンジョンで連携の練習までしたとは!
何やら感慨深いものがある。ちょっと犬猿の仲っぽかったのに……。
しかしあの控えめなユキノが「成長できた」とまで発言したということは、彼女にとってかなり大きな変化があったということだろう。
この世界でいうなら、十中八九、スキルか魔法の類かな。
とアタリをつけた俺は、さっそく《分析眼》で二人のステータスを密かに確認することにした。はてさて――。
「あ!」
とか考えていた矢先、ユキノが珍しく大きな声を上げた。何でしょうか。
「兄さま、だめです。ステータス、まだ見ないでください」
白い指先でバッテン印を作られてしまった。そんな!
「……えー、だめですか?」
「わ、私の真似っこをしても、だめなものはだめです。ばばーんとお披露目させてください。……ああっ、上目遣い……SSRランクですかわいすぎますぅ……」
「おねーちゃん、こころのこえがでちゃってるよ」
ちぇっ。残念だが仕方ない。
ユキノがそう言うなら、勝手に覗き見するわけにもいくまい。
「それで、兄さま。コナツのパーティ加入に関しましては――遺憾ではありますが、私も認めざるを得ないと思っています」
「え! 本当に?」
「ええ。ただ、ひとつルールの取り決めをしていただきたいのです」
「な、何かな」
しばらく、三人の間を沈黙が流れた。
ユキノがゆっくりと唇を開く。俺は固唾を呑んで彼女の次の言葉を待った。
「パーティ内の不純異性交遊の一切を――禁止にしましょう」
「……ふじゅんいせいこーゆー?」
「なあにそれ」と純真無垢な顔でコナツが俺の方を振り返った。こ、答えにくい。
「パーティ内で、その、誰かと付き合っちゃダメ、みたいなことかな……」
厳密には意味合いは異なるけども。
恐らくユキノが心配しているのは、俺がコナツに良からぬ気を抱いて手出ししないかということだろう。
我が妹ながらコナツへの配慮に満ちた提案だ。もちろん俺にはそんなつもりは一切ないが、こうしてキッパリと警戒を口にしてくれた方が有り難い。
「ええ? じゃー、おねーちゃんとおにーちゃんもつきあえないよ?」
ここで何で俺とユキノを例に出すんだろう、コナツは。
もしかしてユキノへの嫌がらせ? 少し仲良くなったように見えたのだが。
「……私と兄さまは兄妹です。つ、付き合うがどうこうなどとなどとなどと、そういうことはありえませんせん」
ユキノが真面目な顔つきのままちょっとバグっていた。嫌悪感がひどかったのかもしれない……。
さすがに申し訳なくなってきて、俺は二人の会話に割り込んだ。
「もちろん。ユキノの提案は通すよ。俺たちのパーティでは恋愛は御法度ってことにしよう」
「よ……よろしくお願いします」
「よくわかんないけど、はぁーい」
頭を俯かせるユキノとは対照的に、コナツは元気よく手を挙げる。
「それとコナツ。そのネックレスは、私じゃなくてあなたが持っていなさい」
力なくユキノが指し示したのは、未だコナツが手にしたままだったネックレスだ。
言われたコナツの方は困ったように声を上げている。
「ええ? でも……」
「私は兄さま以外の人間からのプレゼントは受け取れない条約に加盟しているので」
何だろうその条約。初耳だ。
「そっかぁ。じゃあしかたないね」とコナツは自身の首にネックレスのチェーンを通していたが、実際にその赤く鮮やかな輝きはコナツによく似合っていた。
どこかで買ったのだろうか。ユキノと仲良くなるためにコナツ自身もいろいろと悩んでいたのだろう。
そしてユキノは受け取らなかったけれど――確かにその思いはユキノにも届いたはずだ。
そうじゃなければ、ユキノが条件つきでもコナツのパーティ加入を許してくれることはなかったと思う。
「ねね。じゃーこれで、こなつもおなかま?」
当の本人は実感がないようで、不思議そうに首を傾けている。
「……そうだね。コナツも俺たちの仲間だ」
俺はそんなコナツに言葉を返し、それから彼女に向かってゆっくりと右手を差し出した。
「コナツ、これからよろしく」
「……っ! うん! よろしく、しゅーおにーちゃんっ!!」
しかし興奮したコナツには握手の余裕もなかったようだ。
助走をつけて勢いよく飛び込んでくる。
俺は「おわっ」とたたらを踏みつつ、そのまま寝台に背中から倒れ込んだ。
その方が怪我なく済みそうだ、と一瞬のうちに計算してのことだったが――俺の頭にコナツが覆い被さっているので、視界はすっかり暗くて体勢が把握できないし、感触やら温もりやらがいろいろとんでもないことになっている。
まずいまずいまずい俺の予想だとそろそろ、
「やったーっ! やったやった!」
「ちょっ……コナツ。早くどい」
「コナツ」
まさに絶対零度。
「死にたくなければ兄さまから離れなさい。あと一秒以内に」
ブリザードの如き声色が、すぐ傍から響く。
俺はゾッと背筋を凍りつかせたが、呼びかけられたコナツは極めて迅速だった。
俊敏に立ち上がると、その場に直立。
「……ゆきのおねーちゃんも、はるとらも、よろしくねっ! こなつ、いっぱいいっぱいがんばるからッ」
それから何事もなかったかのようにそう続けた。
この子、将来は大物になるかもしれない……。
「もう。張り切りすぎですよコナツ。宿の床が抜けたらどうするんですか?」
笑みは若干冷えたものだったが、ユキノも表面上は穏やかさを取り戻してくれたようだ。良かった。
「あ、そーだおにーちゃん。あんながね、おにーちゃんにぶきやにきてほしいって」
「アンナさんが?」
いそいそと衣服の乱れを直しながら起き上がると、コナツがそう言ってきた。
「うん。ぶきがねー、かんせーしたんだって」
おお。
それは朗報だ。俺はユキノと頷き合い、さっそく「Ⅲ」に顔出しすることにしたのだった。
+ + +
「ごめんくださーい」
「お、来たね」
店の敷居をまたぐなり、迎えてくれたのは男勝りな美女の声だった。
カウンター越しにアンナさんが立ち上がり、軽快な笑みを俺たちに向ける。
ダルとダグくんの姿は店にはなかった。また横の鍛治場で特訓に励んでいるのだろうか。
「悪い、待たせちまったね。意外に時間がかかったよ」
「いえ。今日の午後旅立つ予定でしたから、ピッタリでした」
「おや、そうなのかい? もっとゆっくり……まぁ、しないほうがアンタたちらしいか」
その言葉には苦笑で応じる。
既にレツさんとは別れを済ませていた。というのも、今後の行き先は彼が提案してくれたのだ。
「次はどこに行くんだい? またスプーの方に?」
「いえ。次はライフィフ草原を抜けた先の街――シュトルに行きます」
その理由は、騎士たちが調査を行ったところ、シュトルで若い《来訪者》を見かけた、という目撃情報が上がったから。
レツさんは今朝には早馬で出立するとのことだったので、今頃はシュトルに向かっている最中か――もしくは到着した頃だろう。
本当は俺も騎士の人たちについていきたかったところだが、俺やユキノはまったく騎乗スキルを覚えていない。
レツさんは「後ろに乗せてやろうか?」と言ってくれたのだが、そこまで迷惑はかけられなかった。それで俺たちは遅れて、徒歩での出立と相成ったのである。
「フーン、シュトルか。アタシも何度か足を運んだが、あそこは大きな港町でね。串揚げが名物として有名だから、機会があれば食べてみるといい」
「くしあげっ? こなつたべたい!」
コナツが「はい!」とまっすぐ手を挙げた。とにかく好奇心旺盛で微笑ましい。
「シュウにいっぱい食わせてもらいな。それで、だ。呼び出した本題だ」
アンナさんは一度裏口に引っ込むと、しばらく経った後、布に包んだ一振りの剣を手に戻ってきた。
「気に入るかわからないがね。とりあえず見てみてくれ」
「これは……」
俺は彼女の手から短剣を受け取った。
柄には赤い水晶玉のようなものが埋め込まれているが、それ以外は至ってシンプルなデザインだ。
存在の圧というべきか――ずしりと腕に来る重さだが、鞘から刀身を抜いてみると、そんなことはなく軽く振るうことができる。
今まで使っていたボロボロの短剣は刃渡り十センチほどだったが、これはそれよりも長さがある。約十七センチくらいだろうか。
そして素人の俺にも、手にしただけで明らかに違いがわかる。
この短剣は――何よりも鋭利な牙だ。
相手の命を奪うだけの力をその小さな全身に秘めている。
使い手が扱い方を間違えなければ、きっといくらでもその刃を血に染めるのだろう。
ここまでの一品を一週間と少しで仕上げてしまったアンナさんは、流石ハルバンの誇る武器職人というべきか。
「すごい……良い剣ですね。ありがとうございます」
「気に入ってもらえて何よりだ。その剣も、アンタと出会えて喜んでるよ」
アンナさんはこちらが思わず赤面するようなことを堂々と口にする。
「何だったら、武器に名でもつけてやってくれ。より愛着が湧くよ」
それに――そこまで言われてしまえば、俺の心が浮かれないわけもない。
何がいいかなぁ、と俺はソワソワしつつ考えた。とにかく格好良い名前がいいけど。でも剣の名前なんてよくは知らないし……。
……あ。あれとかどうだろう?
「アゾット剣……とか?」
それは悪魔を宿した短剣、とも呼ばれる。
錬金術師・パラケルススが持っていたと言われる短剣の名だ。
水晶玉が填め込まれたデザインがどことなく想起させるような気がして、ちょっとイケてるかも。
いや、うん。……間違いなくイケてる!
「アゾット……ほう、なかなか良い名前だ」
「アゾット剣! 私も素敵だと思います、兄さま」
「あぞっと? なにそれおいしいの?」
しまった。ユキノたちも居るのに年甲斐なくハシャいでしまった。
「え、えっとそれで……おいくらですか?」
ものすごくぎこちなく話題を逸らしつつ会計を済ませ、俺たちは店の外に出た。
「あ、だぐだ。またあそぼーね!」
コナツの言葉に振り返ると、「Ⅲ」の店先に立ったダグくんがこちらに手を振っていた。
俺とユキノも手を振ると、すぐに姿を隠してしまう。嫌われてはないようだが、好かれてもいないようだ。
「ねーねー、もうしゅっぱつ?」
「いや、次はコナツの服や、装備を揃えよう」
俺の服の袖を引っ張っていたコナツの動きが止まった。
「……こなつ、の?」
「うん。だってもう、君も俺たちの仲間なんだから」
「そうですね。いつまでも借り物のお洋服では、動きにくいでしょうし」
ユキノも、あまり素直な言葉ではないが賛同してくれる。
俺はコナツが喜んでくれるだろう、と思っていた。
しかし彼女の反応は、俺の予想とは異なっていた。
「あのね、おにーちゃん、あたし――」
「うん?」
コナツは何かを言いかけたまま、沈黙してしまう。
突然、人混みで立ち止まった俺たちを通行人が奇異の目で見つめる。
俺は袖を引っ張る白くて小さな手を、困惑しつつ見下ろした。
「コナツ、ちょっと場所を移動しようか」
慌てて提案してみるものの、コナツは一切の反応を返さず、拳を握ったまま黙り込んでいた。
俺とユキノは顔を見合わせるが、理由は分からない。体調が悪いというわけでもなさそうだが、どうしたのか。
――それから数秒が経過してから。
コナツはゆっくりと顔を上げた。
そのときには、先程までの無反応が嘘だったように――彼女の顔には、いつもの花咲くような笑顔があるだけだった。
「こなつ、おにーちゃんたちといっしょにいられるの、すごくうれしいよ」
「……そっか」
「うん。おようふく、かわいいのがかいたい!」
果たして、俺の気のせいだったんだろうか。
一瞬、顔を上げる寸前のコナツの表情が、泣き出しそうなそれに見えたのは。
読んでいただきありがとうございます。
第二章はこれにて完結です。次回から第三章となります、引き続きよろしくお願いいたします!




