40.レベルアップの機会 ~妹ver.2~
おじさんは指を立て、第一にこう言いました。
「指導なんて言ったけどね、ユキノちゃんに魔物を殴り倒すのは絶対にムリ」
私はその言葉の意味を反芻します。
それから頭を小さく下げました。
「短い間でしたがお世話になりました。それでは」
「待って待って待って」
追い縋ってくるホレイおじさん。
「違うの、そういう意味じゃなく。非力すぎて物理的な攻撃じゃムリって話だよ」
「はぁ……つまり?」
「魔法だよ魔法。この世界で戦ってくなら、攻撃魔法の存在は不可欠でしょ?」
ああ……そういう意味でしたか。
しかし、だとしても問題があります。
自分の弱点を先ほど知り合ったばかりのおじさんに話すのには抵抗がありましたが、背に腹は代えられません。
「私、攻撃魔法がひとつも使えないのです。回復魔法しか」
「回復魔法ってことは、光魔法が使えるってことでショ? 《光源流》くらいなら覚えてない?」
出ました《光源流》。オトくんもこの人も攻撃魔法といえばこれです。
何なんでしょう、回復魔法使えるならそれくらい出来るでしょ(笑)みたいな感じで頻出する魔法です……いえ、このヒゲ男と違ってオトくんには悪気はなかったでしょうけど。
「覚えてません。一つも」
「マジかぁ。そりゃ珍しい。他の属性魔法は?」
「……光属性の回復魔法しか覚えてません」
正しくは、光魔法の支援魔法も使えます。
それを口にすると、「じゃあ自分に掛けなよ」と返されるのがオチです。なので一応その情報は伏せておきます。
おじさんは意外にもさらに質問してきました。
「覚えてる回復魔法の種類は?」
この問いにも少し迷います。素直に教えて良いものでしょうか。
でもこちらは指導をお願いした身。「言えません」と断るわけにもいきません。
「《小回復》、《中回復》、《大回復》、《半蘇生》、《状態異常無効》、《自動回復》……です」
「――そりゃすごい。それがホントなら勇者サマもびっくりの国宝級ラインナップだ」
支援魔法のことは口にしませんでしたが、おじさんはあんぐりと口を開けて心底驚いている様子です。
馬鹿にされているのかと思いましたが、そういうわけでもないようです。
「なるほどねぇ。じゃあ……そういうことかぁ」
おじさんはブツブツと小さな声で何やら呟いています。
寄ってくるスライムをげしげし足蹴にしながら、
「結局さ、オレ的には習得する魔法は才能に因ると思うんだよ。例えばこの草」
そんなことを言い、足下の生い茂った草を指し示しました。
「この一面に生えてる緑色の草はレンレン草。レンレン草にすごく似てるけど、筋が青みがかってるのがペンレン草。そして葉っぱの全体が青っぽいのがレペレン草。レンレン草はどんなに努力したって青色にはなれないし、逆も然り。――これは魔法の法則と同じだ、生まれついての適性がなければどうしようもないのさ」
「はぁ……」
異世界の草の名前を知ったのは初めてです。
戸惑う私におじさんは続けます。
「スキルは違うよ? スキルは基本的に努力に起因する。多少向き不向きはあっても、努力さえすれば自ずと手に入るのがスキルだ。レンレンでもペンレンでも、太陽に向かって必死に伸びてりゃすくすく成長できるってわけさ」
この場合のスキルというのは、もちろんリミテッドスキルではなくアクティブスキルのことでしょう。
つまりおじさんは何が言いたいのか。分かるような分からないような微妙な感じですが、つまり、
「私はどんなに頑張っても、攻撃魔法は覚えられないということでしょうか?」
「いーや、そうは言ってないぜ」
ニヤリと不敵に微笑むおじさん。
彼は地面に刺さったままのナイフを抜くと、くるくる器用に片手で回します。
「地・水・炎・風・雷・光・闇・無の八属性の内、お嬢さんには光魔法の適性がある。適性があるにも関わらず、光属性の攻撃魔法が覚えられない。それは何故か」
「……何故ですか?」
「覚悟がないからさ」
「またそれですか」
さすがにここまで引っ張られてこれでは、呆れる思いです。
私はおじさんを見上げて睨みつけました。しかしおじさんはいけしゃあしゃあと言います。
「オレが誤解してた。要するに、敵を殺す覚悟どころの話じゃねぇってコト」
「は?」
「お嬢さん、誰かを攻撃する覚悟さえ無いんだろ?」
呼吸を止める私におじさんは指を突きつけます。
それから彼は笑いの気配を潜めて言い放ちました。
「もっとハッキリ言ってやろーか。仲間には殺人してほしいけど自分の手だけは絶対に汚したくない。汚れる機会があるのもイヤだ……って感じかな?」
――私はそのときどんな顔をしていたでしょう。
よく分かりません。分かりたくもない。
「攻撃魔法が覚えられないだけで、そこまで言われるのは心外です」
思っていた以上に喉からは凍りついたように冷たい声が出ました。
おじさんはフッ、と息を洩らして笑ったようです。
「図星を指されると人は苛立つからな。気持ちはわかるぜ」
「……文句はこれで終わりでしょうか?」
「いやぁ? そもそもこれは文句じゃない。賞賛だ」
「賞賛……?」
思わず鼻で笑ってしまいました。相変わらず回りくどくて、何が言いたいのかサッパリ理解できません。
「そういうずる賢い生き方するヤツが、オレは嫌いじゃないのさ。そんな人間こそ長生きするしな。馬鹿正直は痛い目を見るだろ?」
「……そうかもしれませんね。私はそんな方が、好きですけど」
「だろうなぁ」
邪推するようなにやつき顔です。
わざわざ、この場で口にする意味もないことですが――でも本当に、心から、私は正直者が好きなのです。
愛していると言い換えても過言ではありません。自分でも、屈折しているとは思いますが。
「ユキノちゃんは、魔法を覚える瞬間を認識したことがあるか?」
おじさんはこれでこの話は終わり、とばかりに話題をすり替えます。
彼に指導する気があるなら、私もこの場を立ち去る理由がありません。少しだけ考えてから返答しました。
「いえ。ふとリブカードを見たら項目が増えていたり、朝起きると覚えていたりとか……そんな感じです」
「そうだな。大概の人間はそうだ。でも大体は、戦闘の中で覚えてるものなんだ。認識できてないのは、勘が鈍いだけなのさ」
おじさんはナイフをのんびりと胸の前で構えてみました。
私から見ると隙だらけですが、何故かスライムは動こうとしません。物言わぬ魔物たちは、じーっとおじさんを注視しているようです。
「例えば、今。自分の手を汚したくないし身体能力も大したことないし支援魔法も使えない、そんな光魔法の使い手が居たとしよう。そのかわいこちゃんがオレにできる最大の支援といえば何だと思う?」
棘を感じる物言いです。私は棒読みで答えました。
「ガンバレー、って応援します」
「それはそれでやる気出るけど、この場合は魔法使ってくれ!」
「冗談です。攻撃魔法ではない、光魔法を使うと思います」
おじさんは頷きます。
「そうだ。攻撃魔法じゃない光魔法といえば?」
「……《光源玉》とか? この天気じゃ効果はイマイチかもですが、目くらましくらいにはなりそうです」
「そうそう。じゃあ、使ってみてくれ」
「そう言われましても」
使えなくて困っているという話なのですが。
しかしおじさんは余裕の笑みを崩しません。
それどころか後ろに立つ私の杖をぐいぐい引っ張って急かしてきます。扱いが雑……。
「よく認識するといい。お嬢さんが光る玉を出したくらいじゃ、誰も傷つかないから」
「誰も傷つかない……」
「そうさ。回復魔法とそう変わらん。味方を守るだけで、誰も傷つけない魔法だぜ?」
半信半疑ながら、目を閉じてみます。
魔法を使うときはいつもそうして意識を集中させます。そうすると、力ある言葉が勝手に頭の中に浮かび上がるので、私はそれを詠み上げるだけで良いのです。
でも……覚えていない魔法を示す言葉は、うまく浮かびません。
私は目を瞑ったまま眉を寄せました。
勘が鈍いだけ――とおじさんは言いました。
だとするなら勘が鋭ければ、覚えていない魔法さえ意識の底から掬い上げられるのでしょうか?
「ほーら、ガンバレガンバレ。スライムもいつまでも大人しく待っちゃくれないぜよー」
ええいうるさい。私はさらに集中を深めます。
《光源玉》に関してなら、一度目の前でレツさんが使うのを目にしたことがあります。
暗い室内を照らす明かりを出現させる、小さくて快適な魔法です。
ザウハク洞窟に向かう際も、私がその魔法を覚えていたら暗闇から強襲される羽目にはならなかったかもしれません。
そうです――。
ただ、暗い場所を照らすだけ。
明かりを灯すのは、そう難しいことじゃない……。
「光よ、照らせ。《光源玉》」
白杖の先端についた大きな鈴が、シャランと清らかに鳴り響きます。
その瞬間、鈴と鈴の間に、莫大な熱量が宿りました。
目を閉じたままなのに、目蓋の裏さえ光に焼かれるようです。
イメージしていたより大きすぎる気もしますが、無事魔法には成功したようです。でもこれは……これは……ど、どうしましょう?
「えっと……」
レツさんは礼拝堂の天井に浮かべてましたが、ここは屋外です。空の上に吹っ飛ばすわけにもいきません。
私はどうしようか迷った末、そのまま杖の先端に光の塊をぶら下げておくことにしました。
そうしている間にも眩しすぎて頭がクラクラしてきます。おじさんはそろそろ目くらましにやられたスライムを倒してくれたのでしょうか……。
私はしばらくおじさんからの良い報告を待っていましたが、
「うッわ、わけわからんほど眩しい。ヤバい。オレまで何も見えん」
「目瞑ってなかったんですか!?」
自分で指示したのに!
「ええい、当たれ当たれー」
情けない声に片目だけ薄目を開けて見てみると、おじさんはふらふら覚束ない手さばきでナイフをせっせと投げていました。か、格好悪い……。
でも投擲したナイフは光にやられて動きが鈍ったスライムたちに全て命中。青い身体がスパンスパンと小気味良く弾けていきます。納得がいかない。
――そして戦闘は終了。
杖に残ったままの《光源玉》を手に右往左往していた私ですが、最終的におじさんの指示で空に向かって投げつけてみました。
そこをすかさずおじさんがナイフを投げれば、人間大のサイズに育っていた《光源玉》は空中で爆散。
黄金色の光はきらきらと流星の如く流れ落ち、しばらくの間、草原一帯を眩しく照らし出しました。ド派手です。
「たーまやー!」
おじさんは調子に乗って叫んでいますが、私としてはそれよりも、
「回復魔法以外の光魔法、覚えられました……」
今はその喜びでいっぱいでした。
さすがですナルミユキノ。兄さまの妹なだけあって、やればできる子です。
心の中でいっぱい自画自賛します。威力は調整しないと実用性がありませんが、兄さまにもきっと喜んでもらえるでしょう。
「じゃあこの調子で、付近一帯の魔物を狩ってみよっか」
撒き散らしたナイフを回収しながらそう言うおじさんの背中に、声を掛けます。
「おじさん、私、あなたに一つ言いたいことがあります」
「おじさんに憧れちゃうのはわかるけど、愛の告白はもうちょっとイロイロ育ってからで」
「私、自分の手を汚したくないのではありませんよ」
「――そうなの?」
おじさんは振り返りました。
不思議そうに目を見開いて、なんだか拍子抜けしている様子です。
「いえ……以前の私なら、そうだったのかもしれない。でも今はちょっと違います」
私はにっこり微笑んで、大切な言葉を紡ぎました。
「自分の居場所を守るためなら、何だってできます。何だってできるようになりたいのです、私」
「……そっか」
おじさんは口元を緩めました。
先ほどまでとは違う、凛々しい微笑を浮かべています。
「じゃあ、おじさんも頑張ってお手伝いしちゃうぞ」
口調は気持ち悪いままですが、私は改めてお礼を伝えることにしました。
「よろしくお願いします、加齢おじさん」
「……あれ? ホレイでさえ無くなってない?」
+ + +
しばらく、ライフィフ草原で私たちは特訓を続けました。
体感ではその後、三時間ほどでしょうか。
魔物狩りを続けた後、お開きにしよっか、とおじさんがおもむろに口にしました。何やら予定があるとのことです。意外すぎる。
私も光魔法の連続行使で疲労が溜まりつつあったので、その言葉に素直に頷きます。
「では、こちらはお礼です」
「あー、いいよいいよ。今日はオレも楽しかったし」
急におじさんは遠慮がちおじさんになっていました。差し出したお金に首を振られてしまいます。
今日一日で成長できたのは事実です。さすがに「そうですか」とは引けません。
「でも約束ですから、そういうわけにも」
「いいって。ユキノちゃんの笑顔も見られたしね?」
「え……? 身に覚えがありません。幻覚では?」
「確かに見ーまーしーた! 歴とした現実ですゥ!」
つまらない抗議は無視して、2000コールをおじさんの胸ポケットに無理やり突っ込みました。
クネクネするのが鬱陶しいです。
「やだもー、強引! ……でもそういうところも嫌いじゃないっ」
「加齢臭がするので呼吸しないでください」
おじさんは私が離れるまで頑張って息を止めていました。えらい。
「それじゃ、またな。ユキノちゃん」
「……? はい、ありがとうございました」
またな、という響きには何やら不穏なものがありますが。
私が頭を下げると、しばらく後ろ手におじさんは手を振っていました。
私は遥かに広がる草原を見渡し、フゥ、と息を吐きます。
もうそろそろ夕刻も迫りつつあります。コナツたちもどこまで行ってしまったのやら。
私も、兄さまのところに帰りましょうか。
――――――――――――――――
鳴海 雪姫乃 “ナルミ ユキノ”
クラス:女神官
ランク:C
ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"
アクティブスキル:"魔力探知"、"詠唱短縮"、"魔力自動回復"、"魔力増幅"
リミテッドスキル:"兄超偏愛"
習得魔法:《小回復》、《中回復》、《大回復》、《半蘇生》、《状態異常無効》、《攻撃特化》、《防御特化》、《速度特化》、《自動回復》、《光源玉》、《光源流》
パーティ:鳴海 周 “ナルミ シュウ”
――――――――――――――――




