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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第二章.兄妹の成長期編

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37.土くれは演ずる


「お待ちください」


 俺の発言を耳にして、一番早く異議を唱えたのは兵士だった。

 先ほどレツさんと話していた若い男だ。生真面目そうな顔に、どこか不愉快そうな色が浮かんでいる。


「エノモトクルミは捕虜です。勝手なことをされては困ります」

「いいんだアダン。オレが許可する」

「副団長ッ?」


 アダン、と呼ばれた青年は信じられないという表情でレツさんを見遣る。


「どちらにせよエノモトはこのまま放置してたら死ぬぞ。その前に魔法を解除させて、少しでも情報を引き出したほうが幾分かマシだ」

「しかしッ……」

「シュウが魔法を解除できたら、おまえはとにかく《大回復(キュア)》を唱えてくれ。うまくいけばあるいは助かるかもしれない」

「それは……副団長の命にはもちろん従いますが……」


 口出ししない方が良いかもしれない。

 でも俺は念のため伝えておくことにした。


「レツさん。隷属印の制約で、喋れないことが多いとトザカも言ってました。たぶんエノモトは、大した情報は喋らないと思います」

「それでもだ」


 レツさんの返答は短かった。

 彼は俺のことを信じてくれている。それなら俺の答えは、


「……やってみます」

「頼む」


 その期待に応じること――それだけだった。

 一歩、物言わぬ土人形に近づく。俺は腰の短剣を引き抜いた。


「ハッ、無駄だ。自分たち兵士も、レツ副団長配下の精鋭揃いの騎士たちも、それに高名な魔法師まで呼んで何度も試したんだぞ。この世界に来たばかりの《来訪者》なんかに、この土が払えるもんか」


 アダンさんは肩を竦めて吐き捨てている。もう一人の兵も同様の反応だ。

 無駄かもな、と俺も思う。エノモトの魔法抵抗力自体は低いと睨んでいるが、だからといって俺がこの土魔法を破れるかどうかは賭けだ。


 俺はその場にしゃがみ込み、鈍く光る短剣の切っ先を、土となったエノモトの肩の部分にそっと当てた。

 刃物を当てられているというのに、エノモトは何の反応も示さない。生きている人間にあるべき反応が、目の前の人形にはない。


「…………」


 俺は目を閉じた。全神経を短刀を握る左手に集中させる。


 イメージしろ――――。

 《分析眼(アナリシス)》を使うときとは違う。そのイメージは、ひどく具体的だ。

 《略奪(スティール)》は、俺の願いそのもの。奪われ続けた俺が、()()()()()()()()

 だから、ただ、念じるのだ。


 (ソレ)を、()()()


「――《略奪(スティール)》」


 目を見開いた。


 思いきり、刃先を床に向かって一気に振り下ろす。

 ただの土は、振り下ろす刃に触れた途端に瞬く間に崩壊する。

 俺が切ったのは土ではない。人間の肩だ。

 人間の皮膚を薄皮一枚切りつけて、血が流れていく。


「…………嘘だろ。何度やったって無理だったのに……」


 アダンさんが呆然と呟く。レツさんがふっと笑みを洩らした。


「オレの見込んだ通りだ」


 《略奪(スティール)》が成功したと同時。

 完全に土と化していた肌が、身体が、少しずつ人間だった頃の彼女の姿に戻っていく。


 その様は、おとぎ話のそれのようであって――決定的に異なっている点があった。


 甦った彼女の肌は、自身の血にまみれ、胸には穴が空いている。

 両手の手首は変な方向にねじ曲がり、あまりに痛々しい。

 そして何よりも――その全身をおぞましく這う、蝶の形をした赤い痣。


「血蝶病……《土人形(ゴーレム)》化している間も関係なく進行するのか……」


 背後のレツさんが小さく呟く。

 同時に焦りつつアダンさんが詠唱を始めた。


「ひ、光よ――大地の加護を与えたまえ――……」


 駄目だ、と俺はすぐに悟った。詠唱が遅い。

 ユキノの《半蘇生(リヴァイバル)》ならどうにでもなっただろう。

 しかし彼女の魔法は俺以外の人間には作用しない。その仮定も結局は無意味なものだ。


 話し声がきこえたのか――やがてエノモトは、のろのろと目蓋を開けた。

 目の焦点が合っていない。ぼんやりと虚空を眺めている。

 乾ききって血が滲んだ唇が、ごく僅かに開いた。


「……ぁ……」

「エノモト。聞こえるか?」


 俺が呼びかけても、エノモトはろくに反応を返してこない。

 やはり既に会話できる状態ではないのか。それでも、彼女には訊くべきことがある。


「聞きたいことがある。難しいかもしれないが答えてくれ」

「ぁ……、に――」

「! 何か言っています」


 ユキノが反応する。だが、エノモトの声は掠れきっていてよく聞こえない。

 俺はエノモトの口元に耳を近づけた。


「そばに、い、……」

「…………?」

「すぐ……そ……ば…………きをつ……、て……」


 エノモトは。

 それからねじ曲がった手首をブルブルと持ち上げて、震える指先で懸命に示した。

 俺のすぐ後ろだ。

 俺はゆっくりと、その指先の方角を振り返った。


「――――……」


「どうした、シュウ。彼女は何て言ってる」


 レツさん。


「兄さま。どうかされましたか?」


 それに、ユキノ。


「…………え?」


 俺は硬直した。

 告げられた言葉の意味が――理解できない。

 理解したくなかった。


 俺が固まっている間にも、それでも事態は進んでいた。


「~……彼の者の傷を癒せ……《大回復(キュア)》ッ!」


 アダンさんの詠唱が終わり、黄金の粒子がエノモトの身体に降り注ぐ。

 だが、傷は一つも塞がらない。胸の傷は抉り取られたまま、塞がることがない。


 ――ごぷり、とエノモトの口から大量の血が溢れ出した。

 もはや全身の土化は解けていた。それは致命傷を負った彼女への、引導でもあったのだ。


 確かにそのとき、エノモトと目が合ったように思えた。

 虚ろに開かれた瞳は、俺には底のない暗闇のように見えて仕方がなかった。


「ごめ……んね……ナルミ、く」


 ゆっくりと、持ち上げていた手が床に落ちる。

 それがエノモトの最期の言葉だった。



 +     +     +



「シュウ、ありがとな」


 地下室を出て、エノモトの埋葬を終えた後。

 レツさんは開口一番そう言った。


「嫌な役目だっただろ。引き受けてくれたことに感謝する」

「いえ、そんな。結局エノモトが何て言ったかも、分かりませんでしたし……」


 エノモトは何か言っていたようだが、聞き取れなかったと俺は説明していた。

 レツさんにも……ユキノにも、そう嘘を吐いていた。


「お見事な手腕でした、兄さま」


 そうとも知らず、ユキノは少しだけ機嫌を直した様子だ。

 リブカードにはエノモトから奪ったリミテッドスキルの記載が増えていた。また、自動的にそのスキルと関連する魔法も増えている。それが上機嫌の理由らしい。


「まぁ、これでまた血蝶病の謎からは一歩遠ざかっちまったが……それでも収穫はあった。今後もマエノハヤトたちの捜索は続ける」

「はい、よろしくお願いします」

「で、だ。次はお前の番だシュウ」


 うん?

 俺がこてんと首を傾けると、レツさんは片方の口端をつり上げてニヤリと微笑んだ。そうするとアンナさんにそっくり。


「今日城に来たってことは、剣客として頑張るって覚悟が決まったってことだよな」

「え、ええっと……そうなりますかね……?」

「そうなるな。そういうわけで嬢ちゃん、しばらくシュウは借りるぜ」

「ええ。レツさん、兄をどうぞよろしくお願い致します」


 ユキノはにこやかに頭を下げた。す、捨てられた……。


 渋る俺の首根っこを掴み、レツさんは鼻歌混じりに引きずっていく。

 引きずられる俺を、アダンさんはしばらく睨んでいたが、やがてフンッとばかりにそっぽを向いた。


 のんびりずるずるされながら、俺はぼんやりと思考を流す。


 エノモトは敵だ。


 彼女はマエノたちと結託して俺を騙そうとした。俺を殺そうとしていた。それは事実だ。

 そんな彼女よりも、俺はユキノやレツさんを信じたいし、信じるべきだと思う。


 それでも――死にゆくエノモトが、嘘を吐いている風には見えなかった。

 だから俺は正直に、ユキノたちにエノモトの言葉を打ち明けようとは思えなかったのだ。


 その判断が正解だったのかどうかは、今の俺には分かりようのないことだった。



 ――――――――――――――――


 鳴海 周 “ナルミ シュウ”


 クラス:剣士(フェンサー)

 ランク:D

 ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"

 アクティブスキル:"片手剣中級"、"小剣中級"

 リミテッドスキル:"略奪虚王(リゲイン)"、"魔物玩具(ペット)"、"矮小賢者(アナリスト)"、"泥屑人形(クラァド)"

 習得魔法:《略奪(スティール)》、《魔物捕獲(テイム)》、《分析眼(アナリシス)》、《土人形(ゴーレム)

 パーティ:鳴海 雪姫乃 “ナルミ ユキノ”

 テイムモンスター:暴風大猫(バンダースナッチ) “ハルトラ”


 ――――――――――――――――




読んでいただきありがとうございます。

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