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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第二章.兄妹の成長期編

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36.地下室の人形

 

 俺とユキノの間に流れる空気は相変わらず重かった。


 が、いつまでも暗い顔をしているわけにもいかない。

 ハルバニア城に辿り着いた俺たちを、ちょうど正面扉から出てきたレツさんが迎えてくれた。


「お、来たなシュウ。それにいつぞやのベッピンの嬢ちゃん」

「レツさんこんにちは」

「お久しぶりです。その節はありがとうございました」


 ユキノは深くお辞儀をした。「その節」というのは、俺宛てのメモを託したときのことだろうか。


「改めまして、ナルミシュウの妹のユキノと申します。いつも兄がお世話になっております」


 にっこりと可憐に微笑むユキノ。

 その麗しい容貌に、通りかかった兵士たちの視線が瞬く間に引き寄せられている。レツさんは手で「しっし」とそれらの視線を払いのけていた。


「いやいや。こちらこそ、シュウには世話んなって――……ン?」


 そんないつも通りのレツさんだったが、言葉を途中で切って首を傾げる。

 そうしてジロジロと俺とユキノの間で目線を往復させた。

 彼ほどの人だ、俺とユキノの立ち位置に距離があったり、全く目を合わせない点だとか、ふとした違和感を見抜いてしまったのだろう。


「…………おまえら、もしかして喧嘩してる? それともいつもそんな感じ?」

「ちょっと喧嘩しています。いつもはもっと仲良しの兄妹です」


 ユキノがてきぱきと答える。「そ、そうか……」とレツさんが神妙な顔で相槌を返した。


「それで、エノモトクルミの件だけどな。さっそく案内していいか?」

「お願いします」


 レツさんに続いて、俺たちは城内に入る。

 以前は礼拝堂や、客室のある塔にしか入ったことがないので、正面扉から入るのは初めてだ。


 ベージュ色の城内は驚くほど広々としていたが、意匠は意外にも控えめだった。

 失礼のない程度に見回しても必要最低限の調度品が揃っているだけで、金色の像とか、壁から生えた鹿やら壺やら、そういう類はほとんど無い。

 レツさんの言う通り、ここはラングリュート王が滞在する王城ではないのだ、という事実がようやく胸にストンと落ちてきた。勇者召喚の儀に用いる城ならば、そう華美に飾り立てる必要がないのだろう。


「こっちだ。ついてきてくれ」


 レツさんは大股で進んでいく。立ち止まっていた俺は慌てて追いかけた。

 彼が進んだのは他の部屋ではなく階段だった。

 それも上階ではない。地下室に続く階段だ。


「…………」


 一歩一歩。階数を下がるごとに、感じる空気がひやりと冷たいものになっていく。

 俺の気のせいではないらしく、視界の端でユキノも僅かに身震いしている。


 そのまま全員無言で、しばらくはレツさんの纏う鎧がガシャンと鳴る音だけが寒々しく響いた。

 地下二階まで下ったところで階段は終わっていた。レツさんは一度振り返ってから、長く暗い廊下を足早に進んでいく。

 そこが何のために造られた施設なのか、一目見れば明らかだった。

 地下牢だ。囚人を管理するための牢獄が並んでいる。鉄格子に、転がった拘束具。拭い去れないのであろう、鼻につく饐えたにおい。


「ここは湖の中なんですね」


 ユキノが狭い天井を見上げて言う。

 そこまで頭が回ってなかったが、湖に囲まれた城なのだからその通りなんだろう。ユキノにはこの物々しい空間に動じた様子が一切なかった。


「ここだ」


 そして、レツさんの案内で辿り着いた最奥の牢。

 二人の兵士に見張られ、そこに彼女は横たわっていた。


 俺はしばらく言葉を出せなかった。

 レツさんが言いにくそうにしていたので、彼女の容態が良くないのだろうとは察していた。

 しかし目の前の光景は、俺の想像を遥かに超えていたのだ。


「エノ……モト……?」


 牢の中央に横たわるソレが、果たして元クラスメイトの彼女であったのか。

 俺には確信が持てなかった。

 顔色が土気色などという話ではない。ソレは全身が、()()()()()()()()()()からだ。


 人型の土くれだ。イメージとしては、土偶のそれに近いだろうか。

 髪の毛も、目も、鼻も口も。それに衣服や足先に至るまで、精巧に緻密に造られている。


 目を閉じて、エノモトによく似た土くれは、まるで眠っているようにも見える。

 だが、俺が目を逸らせなかったのは彼女の胸元だった。


 左胸――心臓の位置に、ぽっかりと穴が開いている。


 一見すると、ただ人形が壊れているような。

 それなのに、何か、決定的な終わりであるかのような空白が胸に開いているのだ。


「ああ、副団長」


 レツさんに気づいた中の兵士が敬礼し、その内の一人――年若い青年が鉄格子を解錠する。


「副団長、お疲れ様です」

「おう。その後どうだ?」

「はい。エノモトクルミが意識を取り戻す様子はありません。我々も《解呪(アンチスペル)》や水魔法を駆使しましたが、やはり一切の効果がなく……」

「現状変わりなし――か」


 ハァ、とレツさんが溜息を吐く。

 彼に続きユキノ、それに俺は鈍い動作で牢の中へと入った。

 六人もの人間が収まると、ひどい閉塞感が満ちるように感じる。ここが湖の中であるという意識も働いたのかもしれない。


「オオイシツバサ、コダマテッペイ、それにエノモトクルミ――三人とも、所持していた武器は全て回収し、手錠も口枷もつけていた。魔法を使われるとまずかったからな」


 レツさんが低い声で続ける。


「動ける状況じゃなかったはずだ。それなのに、だ。全員が全員、手錠を自力で壊して、自分に向かって魔法を行使した。オオイシは失血死、コダマは爆死。それにエノモトは……腕を土の塊にして、自分の胸に突っ込んだらしい」


 俺はエノモトの形をした土くれを見下ろした。

 分かりにくいが、両手首がどちらも変な方向にねじ曲がっている。これは手錠を破壊するときの負傷なのか。


「彼らには何者かが刻んだ隷属印がある。たぶんそれをつけたヤツが自害を命じたんだろう。

 だがこの地下はこの二人と、それにもう二人の兵士が交代制で見張っていた。無人の時間はなかったんだ。それなのにいつ――どうやって敵は、ここに侵入したんだろうな?」


 レツさんの苦笑が滲む声を聞き咎めたのは、俺やユキノではなく部屋の片隅に突っ立っていた兵士だった。


「副団長、自分たちをお疑いですか」


 四十ほどの兵士が眉間に深い皺を刻んだ。レツさんは「いいや」とすぐ頭を振ってそれを否定した。

 が、俺は彼らの遣り取りに気になった点があった。隣に立つレツさんに訊いてみる。


「自害は、あらかじめ命じておくことはできないんですか?」


 トザカは、隷属印を指差して言っていた。

 血蝶病であり、奴隷でもある自分は、話せないことが多い。この制約は自分には破れない――と。


 情報を勝手に漏らすなという制約が成り立つなら、敵に捕まった際には自害せよ、と事前に命令しておくことも可能じゃないだろうか。

 しかしレツさんは首を振った。


「《人間捕獲(スレイブ)》の詳細も、相手の実力もわからない以上は出来ないとは言い切れん。だがシュウ、考えてみろ」


 トントン、と自身の胸元のあたりを軽く叩く。俺の胸元に提げたリブカードを指しているらしい。


「お前も《魔物捕獲(テイム)》が使えるんだよな? なら分かるだろ、捕獲した相手に命じるには、それ相応の信頼関係の成り立ちか、あるいは相手の意志を屈服させる圧倒的な力量が必要となる」

「それは……そうですね」

「しかもそいつが命じたのは()()だ。ハードルが高すぎる。実行させるにしたって、直接何度も言い聞かせて、無理強いして従わせるのが自然だろうな」


 レツさんが言っているのはつまり、「拘束力」の話だ。

 彼の言う通り、《魔物捕獲(テイム)》に一定の決まり事があるのは俺も使ってみてわかったことだ。


 例えば俺が《魔物捕獲(テイム)》したことになっているハルトラ。

 ハルトラは、俺と俺のパーティに参加している人間には一切危害を加えない。

 同時に、俺たちに危害を加えようとした人間や魔物には容赦なく牙を振るう。

 これは俺が命じたわけではなく、洞窟で再会した頃からハルトラはそういった特性を持っていた。

 でなければ、その横腹にしがみついたトザカも容赦なく攻撃されていたはずなのだ。


 そしてハルトラは、そう複雑な命令でなければ問題なく俺の言うことをすんなり聞いてくれる。

 一時間ほど前に命じた「コナツを追ってくれ」もそう。「巨大化してもいい」は、街中では巨大化しないよう命じているので、その条件を一時的に解除したもの。


 しかし一度試したことがある。

 遠くから手を振りながら大声で命じたことなど、離れた位置からの命令は有効ではない。あるいは、影響力が極端に低下する。

 また、これは試したことがないし、これからも絶対に命じる予定はないが――「自害しろ」。

 それを言ったら最後、たぶんハルトラは俺を敵と見定めて食い千切ろうとするだろう。

 元々、戦闘能力が高いハルトラが俺の言うことに従っているのは、カワムラの"魔物玩具(ペット)"に因るところが大きい。

 相手の意志をまるっきり無視した命令は、そう簡単に聞かせられないのだ。


「それこそ神サマにでも命じられたなら、分からんでもないがな」


 レツさんはふざけた口調で言ったが、その声音に笑みの気配は全くない。


「だからこそ。いや、しかしと言うべきか――三人の内、このエノモトクルミだけは、主人の命令に逆らったんだろう」


 壁にある凹みに立てかけられたカードをレツさんが手にした。

 牢に入ったときから察していた。土色のカード――エノモトのカードだろう。


 手渡された俺は、ユキノと並んでそのカードの記述に目を通した。


 ――――――――――――――――


 榎本 くるみ “エノモト クルミ”


 ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"

 リミテッドスキル:"泥屑人形(クラァド)"

 習得魔法:《土壁(アースウォール)》、《土人形(ゴーレム)


 ――――――――――――――――


「あ……」


 以前見たときと、明らかに変化している部分があった。


「レツさん……俺、洞窟に行く前にエノモトのリブカードを見たんですが」

「何? そうなのか」

「そのときは、彼女はリミテッドスキルも、《土人形(ゴーレム)》という魔法も覚えてなかった。たぶん俺と同じように……後から、スキルを習得したんです」


 願いを自覚すること。認めること。

 あの小さな金髪の女神さまが、俺をそう促したように……恐らくエノモトも自身の願いに至ったのだ。


「一言、兄さまを危険な目に遭わせたことに物申したいと思っていました。でも、泥屑に変わってしまった方には、何もお伝えできませんね」


 ユキノが眉を下げる。

 俺はエノモトと仲が良かったわけでも何でもない。話したことさえほとんど無かった。


 それでも、演劇部でヒロインを務める、と朝礼で照れくさそうに発表していた姿や、親友のタケシタと仲良くお喋りする姿を覚えている。


 エノモトはきっと、逃れられない命令に逆らおうとしたのだ。

 自身の胸を貫きながらも、彼女は何とか生きようとした。結果、自分自身を土くれに変えてしまった――。


 そう思うとやりきれない気持ちになる。

 胸に穴の開いた土人形に、生きていたときの活発な面影はほとんど残っていない。

 辛うじて死んでいないだけだ。今の彼女は、これっぽっちも生きた人間じゃない。


「エノモトがこういう状態になった後だ。高名な魔術師も呼んでみたが、どうやってもこの土を解除できなくてな。どうしたもんかと頭を抱えてたんだ」

「それで俺を?」

「そうだ。お前の力なら、何とかできると踏んだ」


 俺は物言わぬ土の塊を見下ろし考える。

 エノモトはアクティブスキルもまったく覚えていない。おそらく魔法抵抗力はかなり低いだろう。

 刃が入りさえすれば、恐らく《略奪(スティール)》は成功する。


「俺が"略奪虚王(リゲイン)"でリミテッドスキルを奪えば、自動的にエノモトの魔法も解除できると思います。……だけど」


 ああ――心臓がうるさい。

 緊張か。それとも、一種の罪悪感か。

 後悔にも少し似ている気がする。他の道を選んでいたら、あるいは違っていたのかもしれないという……一種の逃避に。


「その胸の傷は間違いなく致命傷だ。魔法を解除したら……いや、こうしている今現在も、少しずつ彼女は死に向かっているんだろう。どちらにせよこのままじゃ、その時は訪れるんだろうが――」


 レツさんが鋭い双眸で俺を見下ろす。

 強制しているのではない。彼は、今も俺に選択肢を与えようとしている。


「覚悟はあるか、シュウ」


 レツさんの問い掛けに俺は答えられず、しばらく黙っていた。


「兄さま」


 ユキノが静かに俺の名を呼んだ。

 久方ぶりに目を合わせる。やはりユキノの瞳は美しかった。

 青く澄み渡った蒼穹を閉じ込めてしまったかのような輝きが、俺を照らす。


 そんな顔しなくても、大丈夫だよ、ユキノ。

 だって俺は決めたんだ。妹を守るためなら何だってすると。

 邪魔する人間は全員殺して、幸せになってみせるんだって。


「…………はい」


 喉はからからに渇いていたが、もう言い淀むことはなかった。


「俺にエノモトを殺させてください」




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