30.わりと打たれ弱い ※ただし兄関連に限る
「おにーちゃん、そんなちいさなけんでたたかうのっ?」
短剣を構えた俺の姿に驚いたのか、コナツが大声で叫んでいる。
言葉で返すより、行動で応えた方がコナツはきっと安心するだろう。
俺は振り向かず、力ある言葉を唱えた。
「《分析眼》」
目の前のいきり立つ魔物のステータスを、5頭分同時に分析する。
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魔猪
習得魔法:《土属性強化》
――――――――――――――――
……うん、一般的な魔猪だ。特に珍しい魔法を覚えていたりもしない。
これならいつも通りのスタイルで問題なく対処できる。
「《攻撃特化》、《防御特化》、《速度特化》!」
詠唱を破棄し、ユキノがいつものバフを掛けてくれる。
黄金色の粒子が俺の身体に降り注いでいく。身体の奥底から、力が湧いてくるのを感じた。
ユキノの使うバフの効果は約60秒ほど持続する。それだけの時間があれば充分だ。
「ありがとう。ユキノは少し後ろに下がってくれ」
「はいっ」
ユキノが答えたと同時、先頭の比較的小さな猪が俺目掛けて突進してきた。
「ブモアッ!」
突っ込んでくる暴力の塊を素早く側転で躱す。
体勢を整えようとした直後、2頭目が飛びかかってきた。
そちらは片足を宙で翻し、そのまま丸見えの腹に足蹴りを一撃。
「ッふ!」
良い感じに踵が入った。歯応えありだ。
受け身も取れず思いきり吹っ飛ばされた猪が、背後のもう1頭を巻き込んで地面に転がる。
そしてどちらも僅かな痙攣を挟み動かなくなった。よし、これで2頭は仕留めた。
仲間が呆気なくやられたからか、魔猪たちの目つきが変わった。赤い瞳に宿る敵意が一気に増大する。
最も後ろに控える巨体の魔猪が、鼻息を強く吐いた。
「ブル…………ッ!」
「うわ……」
それはボスからの指示だったのか。
無事な2頭が揃って、大きな鼻で転がった岩を持ち上げ始めた。投擲する気っぽい。
しかし敵の攻撃準備を悠長に待ってやるほど俺は甘くはない。
隙だらけの手前の猪に、まずは一刀。
「――ッ!」
短刀を思いきり横腹に突き刺す。
一拍遅れて、鮮血が辺りに飛び散った。噎せ返るような臭いが一帯に溢れる。
「グ、ムッ」
猪がくぐもった悲鳴を上げ、鼻先に載せていた岩を落とす。
さらに抜いた返し刃で耳の後ろを掻き切り、
「《略奪》!」
同時に叫んでみるが、やはり特に手応えはナシ。
まぁいいか、これに関してはイメージ練習みたいなもんだしな。決して負け惜しみではなく。
もう1頭が遅れてぶん投げてきた岩の雨は、倒れた仲間の上に余すことなく注がれる。
その頃には俺は既に倒れた猪の大きな身体を盾に移動を終えていた。
狙いは群れのボス。一際巨体だが、その場を動こうとしない魔猪だ。
「はッ!」
高速で接近し、振りかぶった刃を力の限りに叩き込む。
だが――浅い。
薄皮一枚を破いただけだ。肉まで刃が辿り着いていない。
ユキノの支援をもってしても、短刀ではこいつの分厚い皮膚は貫けない。
「モアアッッ!」
「ッ」
泥に汚れたツノで弾かれる。
腕に痛みが走るが、大した傷ではない。
一歩後ろにステップで下がり、しばし向き合う。
俺に切りつけられたボス猪は蹄を鈍く打ち鳴らす。良い感じに怒り心頭の様子だ。
俺は背後の気配を確かめた。
残った2頭はちょうど直線上に、俺を挟んで向き合っている。
でも互いに憎き敵を眺めているだけだ。仲間の位置などろくに把握していないだろう。
……よし、それならそれで狙い通り。
誘うように、短刀を緩く胸の前で構える。
ほぼ同時に二頭は煙を上げて走り出した。
俺はそのタイミングに合わせ、思いきり――
上空に向かってジャンプした。
「「――――ッッ!!!」」
地面が揺れるほどの衝撃。
正面から両者最大の力で激突した魔猪は、声にならない悲鳴を上げ……硬直した。
数秒を挟み、二頭同時にぐらぐらと揺れたかと思えば、どすんとその場に倒れ込む。
同士討ち。
こんなに綺麗に嵌まるとは思わなかったが、今は狙い通りに戦闘を終えたことを喜ぼう。
「……ふぅ、よし」
戦闘開始から約60秒。
同時にユキノが掛けたバフの効果が切れたのを実感する。
転がる猪たちを観察しても、起き上がる様子はない。
短刀についた血を払い鞘にしまった。
首に提げた自分のリブカードを確認してみると、
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クエスト:『小型モンスター・魔兎3匹の討伐』 残り討伐数3
『中型モンスター・魔猪8匹の討伐』 残り討伐数3
――――――――――――――――
よし、クエストの進行も順調。
魔兎も魔猪も山の方に生息しているようなので、特に焦る必要はない。この後いやでも遭遇するはずだ。
「す、すごぉい……」
その声に振り返ると、のしのしとハルトラが近づいてきていた。
ハルトラの背に跨がったコナツが大きな目を零れ落ちそうなほど見開いている。それに口もだ。その可愛らしいリアクションに俺は思わず笑ってしまった。
「おにーちゃん、じつはけっこうつよいのっ? てだれなのっ?」
「うーん……ユキノはともかく、俺はどうだろう」
別に自分の能力を卑下したいわけじゃない。トザカや、そしていずれはカワムラの能力の力も借りて、この先戦っていかなければならないのだから。
でも実際、強い攻撃魔法でドカンと一撃で倒す方が見た目的にも威力的にも優れているんじゃなかろうか。そういうのにちょっと憧れないでもない。
それに取れる戦術の幅も大きく広がる。実際、風魔法を使うトーマがパーティに一時的に加入してくれたときは、無理して前に出る必要がないのでかなり助かった。
そう、俺が弟系執事・オトくんのアドバイスを無視して片手剣のみならず短刀も使うようになったのは、そこに原因があるのだ。
片手剣に盾を持っての戦いは、攻守のバランスは良いがとにかく攻撃の手数が減る。実質、一人で戦う俺にとって多数の相手と向かい合うと不利でしかなかった。いなしきれないのだ。
だが短刀なら、足技なんかも使いやすいし踏み込みやすい。ユキノの《速度特化》の効果も生きやすかった。
敵のカウンターは食らいやすいものの、そこはユキノの強力な回復魔法でカバーできる。それは俺たちパーティの利点でもある。
まぁ、一撃の威力だと片手剣には相当劣るのだが、武器を買い換えればその弱点も少しは改善されるだろう。……と、思いたい。
そういう理由から俺は首を傾げたのだが、そんなお誂え向きの話題を見逃すユキノではない。
コナツの言葉に、手にした杖をシャンシャン鳴らして上機嫌そうだ。
「そうですコナツっ! 兄さまは他の誰よりお強い方なのです。あなたはこの方に助けられたことを一生の誇りに思うといいでしょう」
「うん! ほこりにおもー!」
「いやいや、そんなに持ち上げないでくれ……」
褒めてくれるのはありがたいがこそばゆい。
元クラスメイト十四人を相手取るのに技量が不足しているのは、自分自身が痛感していることだ。
「あ、おにーちゃん! うでのとこけがしてるよ」
「ああ、さっきのボス猪の……でも擦っただけだから」
まぁそれでも、ユキノはいつも念入りに回復してくれるのだが。
かと思いきや、その日はいつもとパターンが違った。
ユキノよりはやく、ふわふわの金髪を揺らしてコナツがハルトラの背から飛び降りたのだ。
「わっ!?」
すぐ近くに立っていた俺は慌ててそれを受け止める。
驚くほど軽い。
コナツは俺の耳元で、明るい声で唱えた。
「ひかりよ、ちょっといやせ。《えーど》!」
舌っ足らずな詠唱。
俺とコナツの身体が黄金色の光に包まれる。
一瞬の奇跡の光が去ると、俺の腕の傷は跡形もなく消えていた。
「あ、ありがとう……」
「えへへ。どーいたしまして」
コナツは小動物のようにぐりぐりと額を押しつけてくる。子ども体温で暑いくらいだ。
傷の程度は異なるものの、トザカの《小回復》より回復の精度は高いかもしれない。なかなか優秀な回復魔法の使い手だ。
コナツのステータスを覗いたときから、その可能性を考慮しなかったといえば嘘になる――ひとつの考えが、より明確に頭の中に浮かぶ。
しかしそれよりも無視できない問題が目の前にひとつ。
「ゆ、ユキノ……?」
「…………」
俺は傍らのユキノに恐る恐ると声を掛けた。
俯いたまま沈黙している。怖い。
日本だったら涙目になってそのまま部屋に閉じ篭もっていただろうし。
最近のパターンで言うと泣いて怒り出すヤツだろうか。いや、それとも……などと真剣に考えていたら、ユキノが深く頭を下げた。
高く昇った太陽の下、艶を流す黒髪が、その表情を余すことなく覆い隠してしまう。
「申し訳ございません、兄さま」
「え? ええ?」
「会話に気を取られ、兄さまの状態の確認・そして即座の回復を怠るなど……兄さま専属の神官として許されざる愚行です」
「あはは、ぐこー」
「こ、コラ」
手の中のコナツがはしゃいでいる。頼む、追い打ちをかけるのだけはやめてくれ……!
「次からは、これまで以上に気をつけます」
「いや、もういいからそん…………うん?」
アレ?
顔を上げたユキノは泣いても怒ってもいなかった。
何と言えばいいだろう。無表情だが、冷静だ。必要以上に自分を追い詰めてもいない。
……そうか、ユキノも日々成長しているのだ。俺はじんわりと胸に広がる感動を覚える。
問題を正確に把握し、今後の反省点として活かす。これぞパーティの醍醐味だ。
そもそもミスでも何でもないのだが、それは今となっては言わぬが花だろう。
「う、うん。それでいいよ。ていうかいつも助かってるから」
「ありがとうございます。それではお時間を取らせてしまいすみません、先に進みましょう」
「そうだね!」
「いこー!」
俺たちは笑顔を交わし、頷き合った。
珍しくユキノが先頭に立ち、歩き出す。何だか頼もしい後ろ姿だ。
「ぴゃんッ」
「「あ」」
その矢先、魔猪の死体に引っ掛かってユキノがスッ転んだ。
そしてそのまま動かなくなる。ちょっと嗚咽がきこえた。
年下の女の子がいる手前か。
なるほど、いつも以上に静かに落ち込んでたのかぁ……と俺は深々と息を吐いたのだった。




