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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第二章.兄妹の成長期編

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27.バトルの気配


 翌日の朝。

 ハルバンまで戻るにあたって、俺は街路を使おうと提案した。

 スプーに来たときと同じように、ハルトラの背に跨がって、森を突っ切っての長距離移動も選択肢の一つではある。

 が、とにかく今の俺たちには不足しているものがあるのだ。


「情報……ですね」


 ユキノの言葉に俺は頷く。


「あの後、マエノたちがどうなったのか……国内で、血蝶病のことがどう広まっているのか。確認しながら城下に向かいたい」


 田舎のスプーでも、そして隣町【モルモイ】でも大した情報は集まらなかった。

 スプーには《来訪者》を知っている人もほとんど居なかったし、それにどちらでも血蝶病の被害も出ていなかったのだ。


 だが恐らくは、ハルバンが近づくにつれ何かしらの噂は広がっているはずである。そもそもレツさんが洞窟に兵を集めていたのは、マエノたちを見かけた街の人とかが通報したからと考えるのが妥当だ。

 例えば、これはサイアクのパターンだが……今回の《来訪者》全員が血蝶病を発症したと誤った情報が発信されていることも有り得る。見かけ次第捕まえろとか殺せとか、そういうのっぴきならない状況だった場合、すぐにハルバンに近づくのはやはり危険なのだ。


 まずはあの日何があったのか。

 情報を少しずつ集めながら、ハルバンを目指して動いていく。

 道中いろんな魔物と戦いながら、アクティブスキルや魔法も増やせたらより良いだろう。


 俺は後ろを歩くユキノを振り返る。足元にはハルトラがてくてく歩いている。

 情報集めに、レベルアップ。

 そう、そしてそれ以上に急務なのは、


「それと、その間に回復魔法が使える仲間を増やしたい」


 ――ユキノを回復できる手段を確立させること。


 実はこの一ヶ月、モルモイのギルドでもちょこっと探してみたのだが、フリーの回復魔法の使い手は見つからなかった。

 そもそも回復魔法が使える冒険者自体が稀少で、いろんなパーティの間で引っ張りだこになっている現状らしい。


 しかしそう提案すると、ユキノは眉を顰めて呟いた。


「……兄さまとの毎日のデートが他人に邪魔されるのは、ちょっと」


 毎日の? デート? ……もしかして魔物狩りのことだろうか?


「トーマもしばらく一緒だっただろ?」

「トーマくんは良いのです。良い子なので」

「ハルトラは?」

「ハルトラも良いのです。ハルトラなので」

「トザカは?」

「私と兄さまの恩人ですから、まぁ良いのです」


 めちゃくちゃな理論を並べ立てている。それからユキノはぼそぼそと、


「だって、ずっと二人きりって……」

「え?」

「…………」


 何か言いかけたようが、途中で黙り込んでしまった。

 俺は頬を掻いてどうしたものかと思案する。ユキノは基本的に俺の言葉には「YES」と答えてくれるが、逆にそう答えないときはどうしても譲れないときに限られるのだ。

 彼女が納得しないまま、無理やりパーティのメンバーを増やすという手段は取るべきではない。


 なら俺にできることといえば、それもいつもの通り、誠心誠意その理由を伝えることくらいである。


 俺が道の脇で立ち止まると、後ろをつかず離れず歩いていたユキノも二歩遅れて止まった。

 振り返ると、不思議そうに見上げてくる。その青い瞳を見つめて、俺は精一杯の本音を込めて言い放った。


「でも、やっぱりユキノ自身の回復手段は必須だ。前みたいなことがあったらと思うとそれだけでぞっとする」

「兄さま……」

「回復役もそうだし、俺以外にも戦える仲間は必要だと思う。本当は俺ひとりでユキノを守れれば、それが一番良いんだけど――でも、そう言い切れるほど、今の俺は強くない」


 知らず、拳を握り込む。

 そうだ、俺がもっと強ければ、ユキノは危ない目に遭わずに済んだ。

 あのときもトザカが助けてくれなければ、俺一人ではどうしようもなかったのだ。


 ユキノは困惑したように胸に手を当て、唇をきゅっと結んでいる。


「痴話げんかはヨソでやんなー」


 膠着状態を続けていたら、モルモイの方からやって来た牛車のおじさんに注意されてしまった。


「いえ、兄妹げんかです」

「そうかー」


 俺とおじさん。


「いえ、痴話げんかで合ってます」

「ほおんー」


 ユキノとおじさん。


「ニャア」


 ハルトラ。


 静かな喧嘩は訂正合戦にまでもつれ込む。俺とユキノはさらに道の端っこに横移動した。

 厳しい顔つきのまま向かい合う俺たちの横を、ドッドッ……と牛車は通り過ぎていった。のどかだ。

 

「兄さま。たとえ兄さまがお望みでも、私…………」

「ユキノ」


 俺は敢えてユキノの言葉を遮り、告げた。


「ユキノが心配なんだ」

「! し、心配……ですか」

「当たり前だよ。たった一人の大切な妹なんだから」

「あうっ……」


 呻いたかと思うと、ユキノはその場でふらりふらりと回転し、やがて地面に蹲った。


「だ、大丈夫!?」

「はい、あの、大丈夫……です。ただの発作ですので」

「発作!? それって大丈夫じゃないんじゃ」

「大丈夫です、元気な発作ですので」


 ぜえ、ぜえ、と肩で息をしながらもユキノは微笑んで見せた。大丈夫というのは確からしい。

 一人で立ち上がってみせると、強い眼差しを向けてくる。来るぞ、と俺は身構えた。


「兄さまのお心遣いはよくわかりました。ですがどうか仲間の選定に関してご許可いただきたいことがあるのです」

「うん。何だろう?」

「……ユキノの眼鏡に適わなければ、だめですっ」


 なるほど。そう来たか。

 しかしありがたいくらいの譲歩案だ。俺は快く頷いた。


「わかった。それでいいよ」


 そのときはそれくらいの軽い認識だったのである。



 +     +     +



 それから一時間ほど歩き続けただろうか。

 俺たちはモルモイに辿り着いていた。


 ――夕暮れの町【モルモイ】。


 そう呼ばれるのは、町の高台からハルバニア城周辺の湖がきれいに見える、という理由からだという。つまり朝日の町でも夜明けの町でも相違ないのだった。

 落ち着いた町ですが、()()()()の特産品がないんですよね、と歯に衣着せぬ物言いをしていたのは眼鏡副執事長のエンビさん。

 ちょうど一ヶ月前、彼は新規事業の開拓のためモルモイのギルドまで出張してきていた。候補案をまとめると言って三週間ほど前にはハルバンに戻っていったが。


「どこかでお昼がてら休憩にしよう」


 炎天下の移動でさすがに少し疲れた。

 ハルトラを抱きかかえるユキノに声をかけながら、町の中を見回す。

 どこかで、と言ってはみても旅人が立ち寄るような料理店は、モルモイには一軒しかない。個人経営の小料理屋で、トーマを連れて食事に行ったことがある。


 俺とユキノはまばらな人の中を歩き、目当ての小料理屋を目指す。

 食事の後は、一度ギルドに寄って新しいクエストがないか見てこようか。報告はハルバンのギルドに行けばいいし。


 考えながら歩いていたら、腰のあたりに何かがぶつかった。


「あっ、ごめんね」


 小さな女の子だ。トーマより年下くらいだろうか。

 ふわりとなびく髪の色は淡い金色。

 白い肌に、ぱっちりと開かれた二重の瞳は桃色をしていた。


 人形のように愛らしい外見には似合わず、服はぼろぼろの布きれのような格好をしている。しかも裸足だった。

 いくつか周りの目線を感じた。俺は民家に背中を向けてその場にしゃがみ込んだ。


「どうしたの? 今日はだれかと一緒かな?」


 話しかけると、狼狽えたように視線を右往左往させる。

 やがて、どもりながらも上擦った声で言う。


「たしゅ、たすけ、て」


 泣きそうな顔で、さらに。


「おわれてる……」


 追われてる?

 俺とユキノは顔を見合わせた。


 何か事情がありそうだ。場所を変えて聞いてみるべきか。

 提案しようとしたとき、少女の開いた胸元に仄かに光るマークが見えた。

 それと同じ紋様を、俺は何度か目にしたことがある。


「この子……」

「おい、それはオレの所有物だぞ」


 狭い路地の間から声が聞こえた。

 首ごと視線を向けると、いわゆるチンピラ風の男が出てくる。男は忌々しそうに吐き捨てた。


「クソッ、ちょこまか逃げやがって」


 びくり、と少女の身体が震えた。

 明らかに、男に対して怯えている。俺は男に向かって訊いた。


「あなたは、この子とどういう関係なんだ?」

「ハ? 見りゃわかるだろ? ソイツは、オレが奴隷商に金を払って買い取ったんだ。今すぐ返せ」


 ああ、やっぱり。

 この子は奴隷なのだ。

 予想通りの答えに、煮えくり返るような怒りが湧き上がる。

 俺は怒気を抑えつけながら間髪入れず言い返した。


「いくら払えばいい?」


 男は少したじろいだ。

 少女はといえば、視界の端で目を見開き、俺の方を見上げているようだ。


「さ、最低十五万コールだ。買い取って、ここまで運んでくるのだって金がかかったんだからな」

「十五万……」


 今、俺の貯金は五万コールほど。ユキノに頼んで資金を借りたとしても、合計八万コール行くか行かないかくらいか。

 金額は思いきり不足している。だからって震える子どもを放置してハイそうですかと引き下がるわけにもいかない。


「悪い、金はない。それ以外の方法でどうにかならないか」

「なら、横の女を代わりに」

「絶対に無理だ。他は?」

「ちゅ、注文が多いヤツだな。それなら……って待て、何でオレがお前のお願い聞いてやらなくちゃいけないんだ。十五万コールだ、一コールも譲らねえぞ」

「そうか。…………あ、それなら」


 俺はぽん、と柏手を打った。


「指相撲とか、どうだろう」


 俺の提案に、男は首を捻る。


「指相撲って何だ。腕相撲なら知ってるが」

「えっと、こうやって」


 自分の腕だと説明しにくい。

 俺はユキノの片手を借りて、指相撲の構えの形を男に見せた。


「こうして親指以外の指は組み合う。合図と同時に、お互いの親指を動かして勝負するんだ。相手の親指を押さえ込んで、十秒カウントした方が勝ち。簡単だろ?」

「……なるほどな」


 男は俺とユキノの連結された片手同士をしげしげ見ている。意外にも指相撲に関心を持ってくれたようだ。


「だが何で腕相撲で勝負しない?」

「指はともかく、腕を折っちゃうと今後の生活が大変かと思って」


 わざと真顔で言ってみると、ビキリ、と男のこめかみに青筋が浮かんだ。


「……良い度胸だ。いいぜこの勝負ノッてやる。だがお前が負けたら――わかってるだろうな?」

「何でも言うこと聞きますよ」

「ハッ、言ったな」


 にこにこ安請け合いしておく。これくらい馬鹿っぽく演出した方が舐めてかかってくれそうだ。

 俺は傍らで突っ立ったままの少女に、男にはきこえない音量で話しかけた。


「大丈夫だよ。俺負けないから」


 その子はまだよく状況が呑み込めないのか、ぽかんと口を開いている。

 それから先ほどから一言も喋らないユキノに声を掛けた。


「ユキノは審判をやってもらってもいい? ……ユキノ?」


 ユキノは自身の右手を、それはもう愛おしげに見つめウットリしていた。


「兄さま。ユキノはもう一生、手を洗いません」


 洗ってくれ。風邪引くから。




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