21.力の正体
眼鏡の奥の青みがかった灰色の瞳が細められる。
息を呑むと同時、トザカは言い放った。
「――スキル名は、"略奪虚王"」
「リゲイン……」
「《略奪》の効果として、相手のリミテッドスキルを奪える。
今までに奪ったのは、カワムラくんの"魔物玩具"。自分より強い魔物でも従わせることができるスキルだね」
俺は恐る恐るリブカードを取り出した。
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鳴海 周 “ナルミ シュウ”
クラス:剣士
ランク:E
ベーススキル:"言語理解"、"言語抽出"
アクティブスキル:"片手剣初級"
リミテッドスキル:"略奪虚王"、"魔物玩具"
習得魔法:《略奪》、《魔物捕獲》
パーティ:鳴海 雪姫乃 “ナルミ ユキノ”
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「どう? 合ってるでしょ?」
大して得意げでもなさそうにトザカが駄目押ししてくる。俺は信じられない思いだった。
あれほど切願していたリミテッドスキルがカードに記されている。
しかも魔法までふたつも!
でも――ハルトラに食われて死んだカワムラのスキルを、何で俺が?
「……俺も今カードを見るまで知らなかった。何で……」
「リミテッドスキル"矮小賢者"。あたしの《分析眼》は、相手の属性やスキルを覗くことができる。リミテッドスキルだろうとお構いなくね」
自分の奥の手とも言えるスキルの詳細を簡単に口にして、トザカは付け足した。
「あたしはマエノくんたちのスキルについて誰かに話すことはできない。そういう制限を受けてるから。でも自分のスキルについて話せないと、仲間内での情報共有に困るから……自分のスキルに関してなら説明できる」
「なるほど……その能力で俺のリミテッドスキルを?」
「そう」
トザカは頬杖をやめ、下から覗き込むようにして俺の顔をまじまじと見つめる。
「マエノくんに目蓋を切られた直後のキミを《分析眼》で視たの。驚いたよ、さっきまで無かったはずのリミテッドスキルを持ってたし……それにカワムラくんが持ってたはずのスキルまで、いつの間に所有してたから」
だからハルトラが、俺の言うことを聞くと分かっていたのか。
しかし納得を覚えると同時に疑問も残る。
トザカも違う方向性ながらそれは同様らしく、間にある机の存在もお構いなしにぐいぐい身を乗り出してくる。
ち、近い近い。
「あれって一体どういうこと? 隠蔽系の魔法で隠してたとか? それとも特殊なアイテムでも」
「違うよ。俺は何も隠してなんていない。……最初から話すよ」
俺は城を出てから起こった出来事を、事細やかに話し出した。
カワムラたちに囚われたユキノを助けに行ったこと。
洞窟脱出の直前、女神さまと会話した出来事まですべてを、包み隠さずだ。
危険とは感じなかった。何故かそうすべきだと素直に思えたのだ。
「ははぁ、なるほど。……リミテッドスキルはその人物の願望そのもの、なのか。その願望を正しく認識できないと、スキルは使いこなせないってことかな」
話を聞き終えたトザカはブツブツと呟き、顔を上げる。
「これはあたしの想像だけど……ナルミくんは《略奪》をカワムラくん相手に使ってたんだろうね。あくまで無意識に」
《略奪》――相手に負わせた一撃の度合いにより、所持しているアイテムや金品を奪うことができる技だ。
見たことも使ったこともない技のはずなのに、そんな知識が頭の中に宿っている。
「ああ、じゃああのとき……」
「そう。例の顔面キックのとき、だろうね」
先ほど語ったときもかなり愉快そうだったが、トザカはまたニヤリとした。
「その時点で彼のスキル"魔物玩具"を手に入れたあと、あの猫型モンスターの隷属印を消した。《魔物捕獲》はその後、戦ってる最中にでも発動したのかも。これまた無意識に」
そうか。
あの時点で、俺はハルトラの捕獲に成功していたのだ。
ハルトラは俺ではなく最後はカワムラを狙っていた。
それにカワムラを食べ尽くした後、俺とユキノには手を出さずに帰っていった。
でも、無意識下で使った魔法では完全に従わすことができない。
あの【ザウハク洞窟】でようやく、ハルトラは俺のことを主と認識して助太刀に来てくれたのだろうか。
「つまり、俺の願いは……他人から奪うこと、だったのか……」
少し笑えてくる。
それなら、やはり、カワムラを殺したのはハルトラじゃない。俺自身だ。
スキルを盗んだ挙げ句、魔物の所有権まで略奪し、カワムラの命を奪ってしまった。
女神さまから指摘されて認めたつもりだったけど――俺の本当の願いは、俺が思っていた以上に汚いものだったのだ。
「ユキノのスキルは、俺を守ってくれる純粋なものなのに……自分が情けないな」
「それ、本気で言ってる?」
「え……?」
知らず伏せていた顔を上げると、トザカはむっと頬を膨らませている。
普段無気力っぽいのに珍しく、怒っているような表情だ。でも、その理由がわからない。
「癒やし系のスキルならさ、もっとマシなネーミングがいくらでもあったでしょ。監獄なんて趣味が悪すぎる」
「そうかな」
「そうかなではない。本人がすやすや寝てる横で悪口言うのもどうかと思うけど、ナルミくんはもう少し真剣に、この子との関係を考えたほうがいい」
「はは、関係って。家族なのに?」
「実の兄妹じゃないでしょ」
呼吸が一瞬だけ止まった。
その隙をトザカは見逃してはくれなかったらしい。
「あたしの観察眼を舐めない方がいいよ。こんなスキルもらうくらいなんだから、人間観察はお手の物だし」
しかしそれ以上は追及しようとしない。
ただ真剣な双眸で、静かに述べる。
「"兄超偏愛"の助けはキミが戦う上で不可欠だと思う。でもね、失礼を承知で言わせてもらえば……背中を預けきるのは危険だよ。だって彼女の願いは、もしかしたら…………」
そしてトザカはその続きを言った。
冗談でも、嘘偽りでもない。
トザカは純粋に俺のことを心配してそれを口にした。
だから俺はその言葉を静かに聞いた。
その上で、首を左右に振って答えた。
「……いや。いいんだそれでも」
「は?」
「ユキノになら別に、何をされてもいいしね、俺は」
トザカの小さな口がポケッと半開きになってしまった。
それから脈絡なく立ち上がると、俺の肩をピシッと打った。全力っぽいがまったく痛くない。
「ここまで来てノロケかっ」
「そ、そういうわけでは」
「ああ、もう。……いい、わかった。余計なお世話だった。この件については何も言わない!」
ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟って、さらに「ああ、もう」と苛立たしそうに呟く。
それでも小さなクラスメイトは気を取り直してか椅子にキチンと座り直し、指を一本立てた。
「もう一つ。キミのスキルのことについて今のうちに話そう。その様子じゃ、キミの女神さまは何も教えてくれてないんでしょ?」
「うん、まったく」
「"略奪虚王"は反則級のスキルだ。何せ相手のリミテッドスキルを半永久的に奪って自分の物にできるんだから。でもその代わりに大きな制約がかかってるみたい」
「大きな制約?」
「そう。奪ったスキルに関連する魔法しか、覚えられないこと」
あれは武器屋に行く前くらいだったか。そういえばユキノが話していたことがある。
リミテッドスキルには二つの制約がある。
一つ目は、他に習得した魔法の性質を変化させる場合があること。
二つ目は、捨てることができないこと。
俺のスキルは、その一つ目の制約がかなり厳しい部類に入るだろうとトザカは言った。
「もう少し汎用性のあるスキルを奪えれば、覚える魔法の種類も豊富になると思うけど」
俺はトザカの言葉に何となく思った。
存在する魔法属性に対応しない灰色のリブカードの意味だ。
俺のスキル"略奪虚王"が、相手のリミテッドスキルを奪うことに特化しているってことは――あらゆる属性の魔法を習得できるってことじゃないか?
だから、既存の魔法属性で表せない。
逆に言えば、やりようによって八つの属性魔法すべてを習得できる可能性もある。
そう考えると、不謹慎かもしれないが――少なからずワクワクしてしまう自分が居た。
「って言っても、スキルを授かってる人自体が少ないか。城でリミテッドスキル所有者は来いって言われてついていったのって、確か五人くらいだったもんな」
ユキノ、マエノ、それにホガミ。あと二人ほど居た気がするが誰だったろう。
しかしトザカは俺の言葉を聞くと呆れたように溜息を吐いた。何で?
「今さらながら断言しておく。キミの考えている以上にリミテッドスキルを持つクラスメイトは多い」
「えっ」
「あの場面で周りに手の内を晒すのは問題だ」
よくよく考えれば、実際はスキルを持っていたトザカもカワムラも、あのメンツには含まれていない。
俺がラングリュート王の話を訝ったように、他にも疑いを持った生徒は多かったのだ。だから言われた通りに名乗り出なかった……。
「あの用心深いナルミさんが自主的にそうするとは思えない。ナルミくんが無理に急かしたりしたんじゃないの?」
「う……」
ジト目で見られた。バレてる。
しかも勝手に気まずくなって急かしましたごめんなさい。
「まあ済んだ話は仕方ない。で、クラスメイトの誰がスキル持ちか、どんなスキルか、あたしからは話せないけど……でも有用なスキルは多いよ。会うたび積極的に奪うといい」
「はぁ……」
「それにこれは仮説だけど、リミテッドスキルを持ってるのは何もあたしたちのクラスメイトだけじゃない」
「……? …………あ!」
その言葉を聞いて思い出す。
俺たちはラングリュート王から重要な話を聞いている。
あのときはあまり深く考えていなかったが、貴重な情報だ。
「三年前……いや、三年以上前にも、この国には別世界から勇者候補が召喚されてる」
「そういうこと」
トザカは満足そうに口端を上げて頷いた。
確かに手がかりも何もないが、俺たち以外の勇者候補の存在も考慮すべきではある。
「では前置きはここまで。あたしはキミと取引がしたい」
もう少し話したいこともあるように思えたが、トザカは急に話を切り上げてしまった。
そして何を言い出すかと思えば、
「あたしはキミに、あたしのリミテッドスキルをあげる」
「え?」
「その代わり、あたしの願いを叶えてほしい。いや……あたしのスキルを奪ってくれれば、それでほとんど目的も達成できる」
「えっと……ちょっと、意味がわからないけど?」
真顔で告げられた言葉に、俺は戸惑った。
無二のリミテッドスキルと引き換えにしてまでの願い?
とてもではないが予想がつかない。何かとんでもないことを要求されそうだ。
「結局、その願いって?」
「……外に出ようか」
ここでは言いにくいのか。
そう訊くのは何となく憚られた。
立ち上がったトザカに大人しくついていく。
ドアを閉めると、トザカは小屋の周りの柵に寄り掛かって外を眺めていた。
「あの魔物のこと、ハルトラって呼んでたね」
目線の先を追うと、うたた寝しているハルトラの姿を見ているようだった。
身体を丸めて、くうくうと寝息を立てている。ときどき耳のあたりがピクピクと動いていた。
「うん」
「中一のとき……殺された猫と、同じ名前だったりする?」
「……うん」
トザカは俺と一・三年生で同じクラスだった。
当時、俺と同じ班だった彼女は、机に放り投げられたハルトラの死体を見て無言で席を立った。
それを覚えている。
あの日のことは、忘れようと思ってもなにも忘れられずにいる。
「…………そっか」
ほとんど無声音でトザカが相槌を打った。
その遣り取りが、彼女の心理にどんな影響を与えたかは分からない。
あるいはそう、その先を口にする覚悟を得るための、他愛ない世間話だったのか。
「あたしを殺して、ナルミくん」
聞き間違いではなかった。
トザカは真っ直ぐ俺の目を見つめ、確かにそう言ったのだ。




