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兄妹転生 ~チートだからって調子に乗らず、クラスメイトは1人ずつ私刑に処します~  作者: 榛名丼
第一章.兄妹の新生活編

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9.夜明け

 

「ッッギ、シャアアアア――!!!」


 凄まじい絶叫が迸る。


 一撃は、舌の表面を確実に貫いた。

 俺はナイフを引き抜こうとしたが、その前に獣がひどく暴れ出したので致し方なくそのまま手を離す。

 ばたたっ、と勢いよく降り注ぐ血液が視界を塞ぐ。しかしこんな近くで立ち止まっていては良い的だ。


 振り下ろされてくる前足を身をよじって避けて、さらにもう一本隠し持っていた――こちらはもっと小型のナイフだ――を、その深い毛に覆われた足に力任せに刺す。

 浅い。もう一本――と欲張ったところで、暴れ狂う獣の後ろ足をモロに食らってしまった。


「ングッ!」


 俺はぬかるんだ斜面を転がり落ちた。

 木の間に挟まって、何とか落下は止まったが、傷がひどくてそのまま動けない。

 特に食い裂かれた腹部、それに右足だ。ほとんど足首が奇跡的にぶら下がっているようなひどい状況だった。まともに視界に入っただけで意識が遠くなる傷口。痛いのか、逆に痛くないのかもよくわからない。


「兄さんっ!」


 ユキノが俺の名を金切り声で呼ぶ。何とか首を持ち上げると、カワムラに羽交い締めにされて身動きが取れないようだ。

 ああ、なんだ。ユキノを逃がすために挑んだのに、ユキノはカワムラに捕まっていたのか……そんなことにも気がつかず、俺は呑気に目の前の獣のことしか見ていなかった。何とかするからなんて息巻いておいて。


「離してッ。兄さんのところに行かせて!」

「誰が行かせるか。ユキノ、お前はオレと」

「それなら私はあなたを一生恨みます」


 凛と言い切られ、さすがのカワムラも少したじろぐ。


「……今生の別れってか。いいぜ、好きにしろ」


 自由を得たユキノが、息せき切って駆け寄ってくる。俺は血だまりの中に横たわり、その光景をもしかしたら幻覚かもしれないと思っていた。

 しかし違う。ユキノは汚れた俺の真横に躊躇いなく屈み込むと、すぐ先の獣を鋭く睨みつける。

 月光の下で尚、光り輝くような美しさを放つその横顔は、間違いなくユキノのものだ。


「何、してる……逃げろ……すぐにアイツが……」

「兄さん」


 ユキノは珍しく俺の言葉を遮ると、強い意志の滲む声で言い放った。


「私、強くなりたい」

「…………!」


 ――その言葉を知っている。

 泣いて、ぼろぼろで、喉も喘ぐような調子で絞り出す。

 ハルトラを埋めたあのときも、ユキノは同じ表情で、同じ言葉を口にしていた。


「兄さんが私を、ちっぽけで惨めな私を、ずっとずっと守ってきてくれたように……ユキノは兄さんを守りたい。それだけが、私の生きている意味だから」


 ユキノはそっと目を閉じると、俺の頭上に両手をかざした。

 スゥ、と息を吸い、形の良い唇から言葉が紡がれる。


「……聖なる光、清浄なる息吹をここに」

「……おい、何やってるユキノ」


 カワムラが背後からふらふら覚束ない足取りで近づいてくる。しかしユキノは口の動きを止めない。


 そのとき、驚くべきことが起こった。ユキノの手の平……否、全身が黄金色の光を纏う。

 昨日の、レツさんの魔法とは似ても似つかないほどの圧倒的な光量が視界いっぱいに溢れていく。

 沈黙した夜闇の森に清涼な風が呼び起こされ、ユキノの長い髪までもを遊ばせる……。


「八つ裂かれし痛ましき身に慈悲の抱擁を」

「戻ってこい、おい、ユキノお……?」



「彼の者の傷をあまねく癒せ……《半蘇生(リヴァイバル)》」



 ユキノの全身に伝う光が、解き放たれる。

 その両の手のひらを通して放たれた淡い光が、俺の肉体に吸い込まれていく。


 一秒後には、だった。全身の身体の痛みが嘘のように消え失せていく。

 最初から何事もなかったかのように、全身に血が戻り、傷が跡形もなくなっているのだ。

 恐る恐る動かしてみても、裂かれた皮膚も千切れかけた足首も元通りになっている。まさに奇跡のようだった。


「ユキノ……?」


 俺が信じられない気持ちで見上げると、ユキノは眉を下げたままたおやかな微笑を浮かべた。


「女神さまに授けられた、私のリミテッドスキルの効果です」


 女神!

 ユキノも出逢っていたのだ、あの不思議で異色な女神さまに。


 驚く俺の前で、ユキノは制服の胸ポケットから一枚のカードを取り出した。

 リブカード。闇の中でさえ黄金色に光り輝くカードを、ユキノは俺の前に差し出した。


「スキル名は“兄超偏愛(プリズン)”――兄さんの治癒と支援()()に特化したスキルです。それ故に私の使う回復魔法は、通常の三倍ほどの濃度と速度で兄さんの傷を治す……と、女神さまは言っていました。また、触れるほど近くにいないと使用できないとも」


 リミテッドスキル――“超兄偏愛(プリズン)”。

 刻まれた文字列を、呆然と辿る。

 強くなりたい、とユキノは言った。俺を守りたいと。そして言葉通りに俺のことを守ってくれたのだ。


 ――ああ、それなら、と俺は思う。

 前の世界に居た頃から、本当はずっと、答えは決まっていたのかもしれないけど。


 俺は、やさしい人になる。

 他の誰かにとってじゃない。

 ユキノにとってやさしい人になれれば、もうそれでいい。


 なあ、母さん、と幻影の中に留まる母に声を掛ける。

 母は答えない。あったのかも分からない幻聴を、遮ったのはカワムラの声だった。


「ユキノ、ななんで、お前はいつもそうなんだ……シュウばっかり……俺を、見ろよおッ! なぁッ!?」


 ユキノと同時に振り向く。

 俺の左手にはナイフが握られている。「ひいッ!」と転んだカワムラはそのまま必死の形相で後退った。


「おおお、オレを殺す気か? 犯罪だぞ、そんな、おれを殺したら、おおおまえ、逮捕されるぞっ! 死刑だ死刑!」

「……いや、()()()()()()

「え?」


 俺は小さなナイフを鞘にしまった。カワムラは一瞬、期待するように笑顔を作りかけたが、数秒後にはそのぎこちない笑顔の気配は消えかけていた。


「街で自慢しただろ。お前たちがダンジョンのことを聞いた喫茶店の店員が覚えてた。「俺には特別な《魔物捕獲(テイム)》の能力がある」って法螺吹きの子どもがいたけど、ろくに人の話を聞かなかったって。だから獣使い(テイマー)の特徴についても聞いたんだ。どんなに優れたスキルを持っていようと、変えられない弱点がある……って」


 んべー、と俺は舌を出してみせる。

 赤い舌べらの先端を、ぼんやり顔でカワムラが見遣った。

 その背後にゆっくりと迫る、


「捕獲された魔物の舌べらに浮き出る隷属印。これが消えた魔物の制御は一切効かなくなる」


 舌から大量の血を垂らした獣が、元主の肩をばくりっ、と食べた。


「……っはえ?」


 カワムラは気の抜けた吐息を発した。

 その次の瞬間、――カワムラは断末魔の叫びを上げた。


「……っい、い、痛いいいいいいッッッ! やめろやめろバケモノ、俺の言うことをきけ、やめろ、やめろおおッッ!」


 我に返ったカワムラは狂ったように叫び、無事な方の腕をブンブンと必死に振るが、そんな動きで獣の動きは止まらない。

 むしろ暴れれば暴れるほど、食われていく。大量の血飛沫を上げて、次から次へと小気味良く関節ごと呑み込まれていく。


「っイシさん? ハラケン……おい助けてくれよ、なあ、どうしたんだよどこ行ったよおい、え、あれ? あ、そうか俺が追い払っちゃったなぁあいつらだって邪魔だから――あ、」


 目が合った。俺は逸らせなかった。筋肉が凝り固まって、動かせなかったからだ。

 両方の眼球の奥から真っ赤な血液が溢れている。もうその時点で、その生き物は、人の形をうまく保ってはいなかった。


「い、いやだ。死にたくないッ! こんなところで……何で……俺はこんなところで死ぬようなタマじゃない! いやだ死ぬの! 死ぬのは!」

「……でも、お前は、ハルトラを、殺した」

「は、ハルト? はぁ? 何だそれ、何の話だよ、ふざけんな、それ誰だあ」


 言葉の形を留めていたのはその呟きまでだった。

 最後に残っていた頭の部分を獣が一呑みする。


 グチャッ、と、嫌な音が辺りに響き渡った。

 ユキノは目と耳とをぎゅうと塞いでいたが、その瞬間にぶるりと身体を震わせた。


 何回かの咀嚼を終えて。

 その黒い獣は、喉を鳴らして俺たちを一瞥すると、背を向け何処かに歩いていってしまった。 

 満腹だったのか。思ったより傷が深いのか。正確な理由はわからない。

 そんなことを冷静に考えられる自分が恐ろしくもあった。


「………………」


 生き残った。

 ほとんど紙一重だ。そもそもユキノが居なければ、俺が獣に食われたかもしれない。失血死していたかもしれない。


 今さらになって足が小刻みに震え出す。

 吐き気が込み上げる。目眩がする。真っ直ぐ立っていられない。

 意識があったのはそこまでだった。



 +     +     +



 ……のろのろと目を開ける。

 視界の先には、冗談みたいに青い空が浮かんでいた。

 夜が明けてきている。長い時間、意識を失っていたようだ。


 俺はゆっくりと首の角度を動かした。憔悴していて、起き上がる気力が湧いてこないのだ。


 枕代わりか、頭の下には折り畳まれた布が置かれていた。小屋にでもあったものだろうか?

 視線を動かすと、傍らにはユキノが礼儀正しく正座をして座っていた。ジッと黙って俺の顔を見下ろしている。

 先ほどから目が合っていたが、彼女が何にも言わないので、俺は自分からおずおずと口を開いた。


「ありがとう、ユキノ」

「…………」

「あの暗号も、助かったよ。ほら、『219』……中一の頃に作ったヤツだよね。『2月9日』が誕生日の俺たちの間に、嫌な人が『1』人居る。後ろから読むと、『6』に片仮名の『レ』、それに漢字の『乙』に見えて……『群れ』の中の『2』番目の人間、今回でいうとカワムラが厄介、って意味。おかげでカワムラに絞って情報収集できて良かった。結構無理やり作ったオリジナルの暗号だけど、こういうときは便利で」

「兄さん」

「…………は、はい」


 ユキノの表情も、声も、異様なまでに落ち着いている。

 それが逆に妙に迫力があって怖い。俺は頷く以外何もできなかった。


「ユキノは、今とても怒っています。何故かお分かりですか?」

「……俺が情けなかったから?」

「違います!」


 次は顔を真っ赤にして怒られてしまった。

 俺がびびっていると、ユキノは頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いてしまう。


「もう、兄さんは無茶をしすぎです……上手くいって相打ち、悪ければ殺される……なんて作戦、絶対にダメです。危険すぎます」

「……バレバレだった?」

「当たり前です」


 そっか。

 そりゃ怒られて当然だ。俺は苦笑した。すると、治してもらったはずの腹の傷が少し痛んだ気がした。


「っい、てて……」

「! まだあまり動かないでください。回復魔法は時間を巻き戻すわけではありません。血管や肉を元の形に正常に繋ぎ合わせただけなのです。激しく動くとまた皮膚が裂けてしまうかも」

「そ、そうなんだ」


 聞くだけでも空恐ろしい。意識が飛んでいたのもそのせいだろうか。


「あ、ユキノ。ほら見て、西の方角」

「む……。あのですね兄さん、まだお小言は終わってませ――」


 俺が指差した方角を見たユキノの言葉が、中途半端に止まる。


 既に闇が打ち払われた森の、その先。

 空気が澄み渡っているから、朝日を受けるハルバニア城がよく見える。

 そして、


 ――そこに広がっていたのは、壮大としか言いようのない光景だった。


 その城は、巨大な湖の中心に建っていた。

 それぞれ高さの異なる塔と塔の間から洩れ出でた朝日の色に、赤く染まった湖。ほとりには水色と黄金色を混ぜ合わせたような縞が棚引いて、そんな赤色を薄く溶かしている。


 水面には、反対になった格好の城が浮かび上がっては、時折輪郭を揺らめかせている。

 まるで湖の中と上に、反転した二つの城が建っているかのようだった。

 その光景は、おとぎ話の中でもお目にかかれないほど幻想的で、この世のものではないようだった。


「この景色をユキノと見たかったんだ」


 夢中で口にする。……あ、でもこの言い回しだと口説いているみたいになるんじゃ?

 しかしユキノはそれどころではない様子だった。大きく目を見開いて、眼前の光景に釘づけになっている。


「綺麗……ですね。本当に……」


 声が震えている。その頬を涙が伝った。

 幾筋も幾筋も、零れていく。

 彼女が零れる涙をすべて拭いきるのを待ってから、俺は口にした。


「この世界で幸せになろう」


 爽やかな風が湖面を緩やかに滑る。

 ゆっくりと、二人の間をも駆け抜けた。木々が静かにざわめく。小鳥のさえずりがきこえる。


「ユキノを幸せにするためなら、俺は何でもできるから」

「――」


 言葉を失ったユキノの白い頬が、見る見るうちに紅潮していく。

 やっぱクサかったかな。と今さらながら反省する。でもそれ以外にうまい言葉が見つからなかったのだからどうしようもない。中三男子の限界だ。

 ユキノはしかと頷いた。


「はい。ユキノも、ユキノは――ずっと、兄さんと一緒に居たい。ずっと二人きりで」


 それから少しだけ自信が無さそうに眉を下げて、


「……だめですか?」


 ユキノが昨夜言いかけたのは、そのことだったんだろう。

 俺は微笑んで応じる。答えは最初から決まりきっていた。


「一緒に行こう、ユキノ。世界の果てまで」


 出会ったばかりの頃からは考えられない。

 人形のように表情がなかった女の子は、今では誰もが見惚れる花咲くような笑顔で頷いた。


「――はいっ!」



 ふと、俺の胸ポケットが微かに光った。

 だがこの輝かしい朝焼けの中にあっては、ユキノも俺も、その僅かな変化に気づけるはずもなかった。






読んでくださりありがとうございます。次からようやく新生活? が始まります!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公が獣の隷属印を破壊する→獣が自由になる→なぜか敵だけを都合よく食べる さらには、都合よくも敵が弱点を喫茶店の店員に語っていて、またまた都合よく主人公はテイムの弱点を聞き出してい…
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