プロローグ
「主人公とはなんですか?」
雪のように真っ白な少女は、手を後ろで組んでほんのわずかに口角を上げる。
「どうでしょうか、コウ=シュジンさん。いえ、コウさん」
「コウとは俺のことか?」
「はい」
「…………」
コウ――黒髪の少年は黙りこくる。かすかな息遣いが聞こえてきた。
「あ、フィクション作品のストーリーの中心となり物語を牽引していく登場人物、なんてものはつまらないので認めません」
少女の口角が下がり、ふてくされたような顔になった。見ているだけで微笑ましくなりそうだった。
コウはとりあえず考えてみた。…………。
「死なない存在?」
「さすがコウさんすばらしい解答です! まあ、不正解ですけど」
「…………」
「正解はですね」
でゅるるるる、と口を突き出したあと、じゃん、と言い、
「都合のいい存在です」
ではなぜそうなったのかを説明しましょう、とそこに存在しない眼鏡をくいっと上げた。
「その前に」
「その前に?」
「君の名前を教えてくれないか?」
「そうですね。私の名前はコノヨハ=フシギ。いつでもどこでもいつまでも、あなたのおそばにフシギちゃんです」
「それは困る」
「ですよねー」
本題に移ることにした。
「都合のいい存在とはつまり、何でもしてくれる何でも屋さんです。たとえそれが天変地異だろうと世界征服だろうと、何でも屋さんはいとも簡単にやってのけます。ですが」
子供に教えを説くようにして、フシギは人差し指を立てる。
「こうなると人は、逆に何をさせるか迷ってしまうのです。ただ、自分がしたいことをさせればいいだけなのに」
フシギは改まってコウを見た。澄んだ瞳がコウのぼんやりとした目を射抜く。
「それはたとえばモテたいとか、魔法を使いたいとか、謎を解きたいとか、そういった今の自分じゃできないことを代わりにさせればいいんです。だからコウさんが言った、死なない存在というのも、あながち間違いではありません。だって、死にたくないでしょう?」
「あぁ」コウはうなずいた。
「つまり死なない存在と主人公はイコールです」
理屈はわかった。が、それがどうしたというのだろうか。
コウには今この状況がわからない。それどころか――。
「そしてコウさん。あなたはその主人公なのです。いえ、もっと具体的に言うのならば勇者なのです」
「勇者?」
「はい。魔王をたおして村を平和にする、あれです」
「俺は魔王をたおす勇者なのか?」
「はい。その通りです。さすがはコウさん」
こほん、とフシギは一度咳払いして、
「コウさんには、これから行く世界で魔王をたおしてもらいます。ちなみに魔王は一人ではありません。無数にいます。まあ、有限なんですけどね……ぷぷ」
何が面白かったのか、フシギは頬をふくらまして笑った。「あ、いえ。お気になさらず」
「もし魔王をすべてたおしたら?」
「さぁ。それは神の――いえ、魔王のみぞ知るところですかね」
「そういうものか」
「そういうものです」
「君は何者なんだ?」
「私ですか。私は……そうですね。付き人、とでも言っておきましょうか」
「付き人?」
「えぇ。まあ、名称なんてものはどうでもいいのです。私はただコウさんのそばに居続けるだけですから。というより、それしかできないといったほうが正しいかもしれませんね」
「……わかった」
ピンと来なかったが、この先ずっと一緒に居るのならば、いずれわかる時が来るのかもしれない。
「さて、茶番はここで終わりです。そろそろ旅を始めましょう。いえ、旅なんて立派な言葉を口にしてはいけませんね。言い直しましょうか」
フシギはふわりと軽やかに、コウに手を差し出した。真っ白くて儚くて細くて小さい腕がコウの目の前に差し出される。手が開いた。
「参りましょう、都合のいい世界へ」
コウがその手に導かれるようにその手をとった瞬間、二人は風に吹かれたように消えた。