血を引く者
なまぬるい。剣を握る手の感覚がにぶい。刃も指も血に濡れている。なまぬるいのは血か、あるいは吹き抜ける風か、それとも戦場を生き抜き精魂尽き果てた肉体の疲労か。どれでもいい。俺は生き抜いた。重要なのはそれだ。
赤光が顔を照らす。左手で遮る。翳る。こびりついた血潮。鉄錆の臭い。指の隙間に、巨大な夕陽が揺れている。積み上げられた屍。何人殺したのかわからない。何種族殺したのかわからない。人間、耳長、獣人、他にもいた。男もいた。女もいた。子供も老人も。だが、どうでもいい。俺は等しく殺す。頸を掻き切る。頭蓋を砕く。心臓を抉る。戦場を支配するのはとてつもない法則だけだ。いまごろ帝都では平民どもがあくせくと働き、貴族どもが美酒を交わし、皇帝は戦況に満面の笑みを浮かべているだろう。都には都の法則がある。ここにはここの法則がある。俺はそれに従うまでだ。
「とんでもないガキだ」背後からの声に、俺は振り返る。鎧の男が立っていた。帝国の騎士だろう。男は俺の周囲を見回し口笛を吹く。
「お前、傭兵か」
「ああ」
「ガキの傭兵なんざ珍しくもないが、ここまで腕が立つ野郎ははじめてだ。よほど地獄を潜り抜けて来たとみえる」
男はガキというが、俺はあんたより遥かに長く生きている、と思いながらも口には出さない。長く生きてきてわかったことは、正体をバラす必要などないということだ。俺は俺の血の為に酷い仕打ちを受けてきた。不当で、残酷な、罰というなの仕打ちを。そういう奴等は皆殺しにしてきた。俺は父上と母上の血を誇りに思っている。俺の魂を汚す者を俺は赦さない。俺は容赦をしない。男の睾丸を握り潰せる。女の子宮を抉り出せる。子供の頸を跳ね飛ばせる。俺の血を嗤う者には残酷な死が訪れる。だが、俺自ら被害者を増やそうとは思わない。今の俺は膿んでいる。退屈している。閉塞している。俺には目的がない。だからこんな戦場で殺しをしている。そして金を貰い、飯を食い、眠る。単純だ。無意味だとすら思える。
「どうした。殺しすぎてイカれちまってるのか?」
男は放心したような俺の顔を眺め、
「おめえ大丈夫か?」
「ああ。問題ない」
俺は男に嗤いかけると、そのまま男の頸をはねた。
血を吹きながら男は倒れ、ない。
頭を無くした男の身体は、なおも立ち続けている。
『これは驚いた。まさか私の術が気取られていたとは』
地面を転がる生首が俺に向かって嗤いかけた。
「そういうわけじゃないんだ。あんたの顔が気に食わなかったんでね。まさか死霊魔術の依り代だとは思いもしなかった」
『勘が良いな。さすがは英雄の血を引く者だ』
くつくつと嗤いながら、生首は俺を称賛した。
思えば死霊が俺の前に姿を現したのは、これが最初かもしれない。