第十七話
次の日からも、馬車での旅が続いていく。
何度か魔物との戦闘もあったが、チェルシアとローレットが何故かやる気になって、凌馬の出番が大分減ってしまっていた。
そして、ようやく当初の目的地のロージアンの街に着くことができた。
「とうちゃーく!」
ミウが嬉しそうにそう言っていた。
「やっと着けたな。これでしばらくはゆっくり休める。」
「お疲れ様でした。凌馬さん、ミウちゃん。二人とも、私たちが拠点にしている家に来て下さい。歓迎しますから。」
ローレットがそう誘ってくれたので、有り難く受け入れることにした凌馬。
馬車は、途中商店で買い物をしてから住宅が建ち並ぶエリアから少し離れた場所へと進んでいく。
「あそこです。」
ローレットが指差す先には、築年数は相当経っているように伺えるが庭がありそれなりに広い建物が目に入ってきた。
馬車を建物正面に一時的に停めると、ローレットとチェルシアは建物の入り口を開ける。
「ただいま~。」
「みんな元気にしてた?」
「ローレットお姉ちゃん、チェルシアお姉ちゃん。お帰りなさい。」
「お帰りなさい。お土産は?」
バシッ!
「バカ! 開口一番になんてこと言うのよ! お姉ちゃんたちの無事をまず喜びなさいよ。」
「お帰り。二人とも良く無事に帰ってきたね。」
なにやら大人数の子どもたちと、一人の大人の女性が出てくる。
「ちゃんとお土産はあるから安心しなさい。ベネディア先生、ただいま帰りました。実は紹介したいお客さんがいるのですが良いですか?」
ローレットはそう言って、凌馬とミウの事を説明する。
その間、チェルシアは子どもたちを中へと連れていき、お土産等を渡したり冒険の話をしていた。
やがて、凌馬とミウの元にベネディアが近付いてくる。
「凌馬さん、ミウちゃん。ようこそいらっしゃいました。凌馬さん、この度はローレットとチェルシアがお世話になりました。大したおもてなしも出来ませんが、ゆっくりとして行って下さい。」
「ありがとうございます。久し振りにゆっくり休ませていただきます。」
「お世話になります。」
ベネディアに凌馬とミウがそう言うと、中へと案内をされる。
「みんなー、こっちに集まって。」
ベネディアが子どもたちを集めると、凌馬とミウの紹介を始める。
「こちらの凌馬さんとミウちゃんには、ローレットとチェルシアが仕事で大変お世話になりました。今日から、しばらくここに泊まることになりますが失礼の無いようにね。」
『はーい。』
子どもたちは声を揃えて返事を返していた。
「凌馬さん。今から夕食の準備をしますので、しばらく休んでいてください。」
ローレットがそう言って、何人かの子供たちと一緒にキッチンへと向かっていく。
チェルシアは、小さい子供たちの世話をするために部屋に残っていた。
すると、凌馬の手を握っていたミウの元に一人の女の子が近付いてきた。
「私フィリーア。」
「ミウ。」
フィリーアの自己紹介に、凌馬の体に隠れるようにしてそう答えたミウ。
「ミウちゃん、今からチェルシアお姉ちゃんが絵本を読んでくれるんだって。一緒に行こ?」
フィリーアはそうミウを誘うと、ミウへと手を差し出していた。
ミウは凌馬の顔を見上げる。
「せっかく友だちが誘ってくれたんだ。行っておいで。」
そう言ってミウの頭を撫でる凌馬。
「うん!」
元気に頷くと、ミウはフィリーアの手を取りチェルシアの近くへと向かっていく。
(良かった。ミウにもようやく同い年くらいの友だちが出来そうだな。)
凌馬はミウの様子を、離れたところから見守っていた。
「さあ、凌馬さんもこちらに来てお茶でもどうですか?」
「いただきます。」
凌馬はベネディアに誘われるままに、椅子へと座るとお茶をいただくことにした。
「凌馬さん。今回は本当にありがとうございました。貴方が居なければ、ローレットとチェルシアはきっとここに再び戻ってこれることは無かったでしょう。あの子達には、色々と苦労をかけさせてしまっていますから、幸せになってほしいと願っているのです。不甲斐ない私には、何もしてあげられませんでしたから。」
ベネディアが頭を下げてくる。
「頭を上げてください。本当に偶然のことですし、二人ともミウのことを可愛がってくれていますし、こちらこそ二人には感謝をしているんですよ。あの子の母親を見つけるまでは、寂しい思いをさせたくないと思っていましたので。」
凌馬はベネディアの頭を上げさせると、そう答えていた。
「ところで、ここにはたくさんの子供たちがおりますが、失礼ですがもしかして・・・。」
凌馬は気になっていたことを尋ねる。
「ええ、凌馬さんの考えている通りあの子達には親がおりません。皆、戦争や飢饉、虐待等の事情で親をなくした者ばかりです。」
「やはり、そうでしたか・・・。ローレットさんやチェルシアさんは、どうしてこちらで暮らすようになったのですか?」
凌馬の質問に、ベネディアが答える。
「ローレットは、元々この孤児院で育ったのです。そして、冒険者になってからチェルシアとパーティを組む事になり、チェルシアも孤児院に住むことにしたのです。二人は宿泊代と称して、お金や食べ物等を孤児院に入れてくれるようになりとても助かっていました。でも、そのせいで無理をさせてあの二人には危険な目に合わせてしまい申し訳ないことをしました。」
ベネディアの説明に、事情を把握した凌馬。
「別に、ベネディアさんが謝ることでは無いのではないですかね。多分二人とも、ベネディアさんや子供たち、そしてこの場所が大切なんだと思います。好きでやっていることに、ベネディアさんに罪悪感を持たせてしまったなんて知ったら、それこそ二人とも悲しんでしまいますよ。」
凌馬の言葉に、「そうでしょうか───。」と呟いたベネディア。
「二人がこの街に着き、この場所に戻ってきたときの表情を見ればわかります。あの顔は、自分たちの帰るべき場所に帰ってこれたことへの安心感なんだと私は思いました。」
凌馬が微笑みながらベネディアに告げると、やがてベネディアから「ありがとうございます。」と返事が返ってきた。
「みんなー、そろそろご飯が出来上がるわよ。」
ローレットの声に、別室で絵本を読み聞かせていたチェルシアと子供たちが戻ってくると料理を運ぶのを手伝い始める。
「パパ!」
「おお、ミウ。どうだった? 楽しかったか?」
凌馬に抱き付いてきたミウの頭を撫でながら聞くと、「うん!」と元気の良い返事が返ってきた。
「そうか! 良かったな。」
凌馬もほっと胸を撫で下ろしていた。
「ふふふ、本当に仲が良いのですね。」
ベネディアが、笑いながら凌馬たちに話し掛けてくる。
「うん、仲良しー。」
ミウの言葉に表情を崩した凌馬。
「皆さんも夕食にしましょう。」
ローレットがやって来て、そう促して来たのでミウを抱えると案内された席へと座る。
「うわー、料理がたくさんだねパパ!」
テーブルの上には、皿がたくさん並べられており量も山盛りに乗せられていた。
「ミウちゃん、たくさん食べてね。パパほど料理は美味しくはないかもしれないけど。」
「そんな事ないですよ。家庭的で、何だかとても懐かしい味がします。とても美味しいですよ。」
凌馬がローレットにそう答えると、嬉しそうに笑いながら喜んでいた。
凌馬はローレット達が作った家庭料理を堪能し、何だか胸に込み上げてくるものを感じていた。
夕食をご馳走になった凌馬は、お返しとしてデザートにケーキを取り出していた。
「凌馬さん、これは?」
ベネディアが、見たこともないものに戸惑いながらも尋ねてきた。
「私の国のデザートなんですが、皆さんのお口に合えば良いのですが。」
そう言って、全員の前にケーキを置いていく。
凌馬の出すものが美味しいことを知っているローレットとチェルシアは、早速口につける。
「ん~、甘くて美味しい!」
「本当、それにふわふわしていて優しい味がするわ。」
ローレットとチェルシアを見て、みんなも食べ始める。
「すげー。」
「あっまーい。」
「美味しい!」
皆が口々に喜んでくれているのを感じて、凌馬はニコニコとその様子を眺めていた。
「凌馬さん、すみません。このように高そうなものをいただいて・・・。」
ベネディアが申し訳なさそうにする。
「いえ、それほど高くもないんですよ。私の国では手軽に食べられるものなので。」
凌馬の言葉を聞き付けた子供たちがやってくる。
「いいな~。」
「お兄ちゃんの国に行ってみたい。」
そんな声に苦笑する凌馬は、子どもたちの頭を撫でながら「ちょっと遠くにあるから難しいけど、食べ物はまた出して上げるからね。」と言って、みんなにアメを配っていった。
『ありがとう!』
子どもたちはお礼を言うと、片付けの手伝いをしていく。
凌馬は、もう帰れない故郷を思いながらアメ玉を口に含めた。