第九話
翌朝、気持ちよく目を覚ました凌馬たちは、食堂に向かうと用意された朝食をいただく。
「それで凌馬様、今日はどのようにいたしましょうか?」
「まず、食糧を大量に保管できる場所と、そこまで運ぶための馬車をできるだけ多く用意してもらいたい。馬車への積み込みは、子どもたちの手を借りたいと思います。」
凌馬の説明に、メリーナはハンズへと確認をする。
食糧を大量に備蓄する倉庫が数ヶ所存在し、そこへ運ぶ手配をして、馬車と手伝いの人員も用意をすることになった。
朝食を終えた凌馬は、人目のつかない別荘の裏へとメリーナとハンズを伴ってやって来た。
子どもたちを連れてこなかったのは、なるべく秘密を知らないようにして巻き込まないための処置であった。
「しかし、本当に僕も一緒で良かったのかい?」
「構わないよ。メリーナには色々と無理を聞いてもらったし、もしお前の口から秘密が漏れたらどんな手を使っても殺しに行くからな。」
凌馬の答えにぎょっとしたハンズ。
「何で俺だけ?」
「姫様は綺麗だからな。殺すのはやっぱり惜しい。その時は、俺の恋人にでもなってもらうことにするよ。」
その言葉を聞き顔を赤らめたメリーナ。
「だが、お前は殺す。」
「ひでえ、差別だ!」
「違う、区別だ。」
そんな言葉遊びをする凌馬とハンズ。
凌馬はあらかじめジョブチェンジしていたため、スキルを発動することにする。
如月凌馬
ジョブ
・行商人
凌馬は『移動販売車』を発動し召喚をする。突然の見慣れないものに警戒をするメリーナとハンズ。
凌馬は気にすることなく荷台を開く。
メリーナとハンズが中を見ると、そこには食べ物をはじめ様々なものが詰め込まれていた。
「これは一体なんなのですか?」
メリーナが問い掛けてきたが、「俺のスキルのひとつです。」と説明すると、さらにスキルを使う。
『物品補充』
すると、先程までなかった食糧たちが姿を現していく。
あまりの出来事に、理解の追い付かないメリーナとハンズ。
「これが俺のスキルのひとつです。魔力を代償に様々なものを出すことができます。もちろん、制約はありますが。」
「しかし、こんな能力など聞いたことがありません。」
メリーナはハンズに確認するが、首を振るだけだった。
「まあ、気にするのは後にしてとりあえずどんどん出していきたいと思います。まずは、いも類や穀物、日持ちのする野菜、保存食を優先して出していきます。」
凌馬はそう言うと、次々と『物品補充』を使い裏庭には大量の食糧品が堆く積まれていった。
一旦、車を消して裏庭に馬車を移動させると子どもたちや使用人たちの手を借りて、次々馬車へと積み込んでは倉庫へと運んでもらう。
皆不思議がっていたが、メリーナの口止めにより何も聞いてくることはなかった。
大量の馬車が倉庫へと向かっている間、子どもたちや使用人には休んでいてもらい、その間にまた凌馬が物品を取り出すということを何度も行い、やがて日が暮れていった。
今日一日だけで、都市のひとつを優に賄えるだけの量を出した凌馬。
流石に魔力が尽きかけて、疲労がたまっていた。
「今日はここまでにしましょう。流石に疲れました。」
凌馬の言葉によって、本日の作業は終了した。
「ご苦労様です。この分だと食糧問題も一段落しそうです。」
「とりあえず何日かこれを繰り返せば、当面の問題は大丈夫だと思います。あとこれを。」
凌馬は、そう言ってメリーナに紙を渡す。
「これは?」
「俺の国での農業の基本知識です。これさえ守れば、作物の病気や不作等もある程度は防げます。それと、堆肥を使えば収穫量も今までより格段に増えると思います。」
凌馬の答えにメリーナは驚いた。
「いいのですか、この様な貴重な情報を。」
「構いませんよ。それに、メリーナには子どもたちの事をこれからも頼みたいですしね。」
凌馬の頼みを快諾するメリーナ。
「ええ、わかっています。使用人にもくれぐれもと私の名において頼んでいますから安心してください。」
メリーナの答えに頷く凌馬。
「みんな今日はご苦労様。今日のご褒美にみんなにお菓子をあげよう。」
凌馬はそう言うと、予め出しておいたチョコレートを取り出すと子どもたちや使用人の人たちにも配る。
「メリーナもどうぞ。」
「ありがとうございます。」
みんなが興味津々にチョコレートを見ていたが、やがて一口口に入れると大騒ぎになる。
「すごい! 甘くて美味しい。」
「こんなの食べたことないよ。何て言う食べ物なの?」
「本当です。こんなの食べたことありません。でもなんか癖になりそうな味です。」
子どもたちやメリーナがそう言うと、使用人たちも至福の時間を堪能していた。
「これはチョコレートという俺の国のお菓子なんだ。みんな頑張ってくれたからね特別のご褒美だよ。明日も頑張ればまた他のものを出してあげるよ。」
そう言うと凌馬の元にに子どもたちが集まり、明日も頑張るから絶対ちょうだいとねだってくる。
そこにハンズがやって来る。
「なんかうまそうなもの食べてるな。僕にもちょうだいよ凌馬君。」
そう言ったハンズに別のお菓子を差し出す。
子どもたちが羨ましそうに見つめるなか、ハンズはお菓子を口にいれた。
「かっらー! 辛い辛いっていうかもう痛い! なんだこれ!」
凌馬は笑いながら答えた。
「俺の国で一番辛いお菓子なんだ。でも、癖になる味だろ?」
「なんねーよ。ていうか俺辛いの苦手なんだよ! 水水水!」
そう言って慌てるハンズに、みんなが笑い声を上げていた。
仕方なく、ジュースを渡したあとチョコレートも渡した凌馬。
すごい勢いでジュースを飲み、チョコレートで口の中を中和したハンズはようやく落ち着いた。
「たくっ! ひどい目に遭ったぜ。なんで俺ばっかりこんな目に。」
ハンズがそう口をこぼしていた。
「悪かったって。まさかそんなに辛いのが苦手だとは思わなかったんだよ。結構美味しいんだけどな。」
そう言って、ハンズの残したお菓子をボリボリ食べる凌馬。
その様子を、化け物でも見るような目で見ていたハンズ。
そんな凌馬を興味深そうにメリーナが見ていたので、凌馬は尋ねた。
「メリーナも食べる?」
「お止めくださいメリーナ様。あれは人間の食べるものではありません。」
結局、メリーナは食べることができず凌馬が全て食べきった。
その次の日からも、同じ作業が繰り返された。食糧は順次、様々な街や村へと輸送されていき、段々と食糧難は解消されつつあった。
一番焦ったのは、他国からの食糧を買い付け高値で利益を貪っていた商人たち。
食糧が無料や格安で配布されるようになり、全く売れなくなった食料品等を値下げせざるを得なくなって、その事によりこの国から飢饉の脅威はほとんどなくなっていった。
ただ、皆この食糧がどこから運ばれてきたものなのか不思議がっていた。
どこまで遡っても、とある領主の街からは辿れなくなっていたからだ。
ただし、王家の通達によりそれ以上探られないように箝口令がしかれたため、結局真相にたどり着くものはいなかった。
メリーナは、凌馬との約束を果たすことができたのだった。