第九十六話
あれっ? 凌馬ってロ○コンじゃなかったのか? そう思った君、それは完全なる誤解である。
そもそも、凌馬はおっぱいに貴賤なしという素晴らしき格言の信奉者であったが、決して小○生は最高だぜ! などという性癖はない。
ならばなぜそんな不名誉な称号を与えられるようになったのか。
それは海よりも深く山よりも高い理由があった。
実は凌馬が一人暮らしを始めてからしばらく、会社の先輩や数少ない友人を頼りに幾度となく彼女を作ろうと努力はしたのだ。
しかし、何故か凌馬は女性と付き合うところまで進展はしなかった。それはまるで世界に拒絶されているような、呪いもしくは天罰のような人智を超える力のようなものが働いているかのようであった。
何故、聖人君子のような心の持ち主である凌馬がこのような目に遭ってしまうのか本人にも分からなかった。
そして、彼にはもうひとつの見えざる力として何故か小さな子どもには好かれやすいという体質があった。
最初は皆、そんな凌馬の事を微笑ましく見てくれていたのだが、流石に26歳童貞男にもなってくると、いまだ彼女が出来ないことにあらぬ疑いの目が向けられることになる。
まるで、世界の悪意が凌馬を社会的に抹殺しに来ているかの如く。
それでも、勤めていた会社のブラックぶりに嫌気が差して来ていたことから、もういっそこの特性を活かそうと友人に保育士を目指そうか相談したこともあったのだ。
その彼は真面目な顔をして、友人が犯罪に走るのを止めるのは友の役目だと、訳のわからんことを言って凌馬の夢を諦めさせたということがあった。
だが、凌馬の事を真剣に考えて進言をしてくれた友には深く感謝をしていた。その証拠に、彼が当時付き合っていた彼女にフラれた時には励ますために一緒に飲みに行き愚痴を聞いたものだった。
何でも、彼女に見知らぬメールが届き彼のパソコンの隠しフォルダの存在を示唆していたらしい。
彼女は半信半疑で調べてみると、そこには小さな女の子の画像がこれでもかというようにてんこ盛りに保存され、ランク別に分けられていた挙げ句、卒論並みのレポートがまとめられていたらしい。
彼はそんなものは知らないと訴えたのだが、彼女の蔑みと怒りは治まらなかった。
結局、破局してしまったと愚痴っていたがパソコンに詳しくない彼に凌馬は、ウィルス対策のソフトを入れておかないからこうなるんだと忠告までしておいてあげた。
その日深夜まで友人に付き合った凌馬は、翌朝には先日新規に獲得していたフリーメールのアドレスを削除すると、清々しい顔をして出社していったという。
このように、友人思いの優しき凌馬が世界に嫌われているなど何かの間違いに違いなかった。
それでも凌馬は、いつかは報われる日が来ることを信じて清く正しく生きていた。
だが、そんな願いも虚しく隕石によってまるで天罰のように命を落とすことになる。なんと憐れな男なのだ。
全米の人が知ったら号泣してしまうレベルの悲運な男であった。
凌馬の秘められた哀しき過去が明かされたことにより、その場に居たものたちは声を掛けることも出来なかった・・・こともなかった。
この場で比較的常識を持っているのは、ルドレアとウィリックであろう(ナディは気絶中で、他は凌馬の肩を持つ者たちのため)。
だが、ルドレアは人に仕える立場のため空気を読めるのに対して、凌馬の友にして次期皇帝となるウィリックはその辺の機微に疎かった。
「なあ、凌馬。いまいち話の流れがわからんのだが、つまり初恋の人を他の男に取られた挙げ句、弟にまで恋人が先に出来たことに嫉妬していたって話なのか?」
ウィリックは父親の容態も落ち着き余裕もできたためか、空気も読まずに凌馬に向かって真実と云う名のダイレクトアタックをかましていた。
「ちっ!」
瞬間短く舌打ちをした凌馬は苦虫を噛み潰したような、てめえ空気読めよと言わんばかりのどす暗い視線をウィリックへと向ける。
その雰囲気になにか触れてはならないものを感じ取ったウィリックは、「いや・・・、なんでもない。」と気まずそうに凌馬から視線を逸らして謝っていた。
いや、どう考えてもウィリックが謝る必要などないのだが・・・。
ていうか、ちょっと待てよ? さっきの過去話からすると気になることがあるんだが?
確かウィリックと皇帝が戦っていたときに、己のプライドすら捨てて国のため、姉の願いのために行動したウィリックを認め、皇帝に対してお前にその覚悟があるのかと問い質していたよな?
『俺には無理だった。自分と同じ血を分けた兄弟に対してすら、意地が邪魔をしてあいつを認めることが出来ずにいつしか疎遠になってしまった。』とか言ってたよな?
お前、弟に恋人が先に出来ただけでもショックなのに、Gカップだったことが羨ましくて妬ましくて認められなかっただけってことじゃねーか。
実家に帰れば母親から「あんたは何時になったら結婚するんだい。長男だっていうのに彼女すら居ないなんて・・・弟はもう婚約だってしているっていうのに───。」とか言われるのが嫌だから帰れなかっただけだろ?
なんか意味深に語っていたからよほど深い理由があったと思ったのに、めちゃくちゃ浅い理由じゃん。
良くあんなシリアスな場面で恥ずかしげもなく皇帝に対してあんな啖呵が切れたよな? その神経、逆に尊敬するわ。
それと、『今思えば随分と下らないことだったと言えるが~うんぬんかんぬん~それもミウやナディ、大切な二人に出会えたから。今なら分かる~』
とか言ってたけど要するに、かわいい娘も出来たし、なんかいい感じの女性とも知り合えて自分もリア充の仲間入りになれるかもって思っただけだよね?
弟と同じ、もしくはそれ以上の優越した立場になれたから許せただけだよね。お前ホントに全然成長してねーじゃねえか。
下に見ていた魔王に実は奥さんが居ることが分かった瞬間、なんかマウントポジション取られたようなそんな重圧にやっぱりリア充爆発しろってぶちギレてるし───。
もう通算百話に届くんだよ? 少し位は成長した姿を見せてくれよ。
しかし、そんなツッコミの声が届くはずもなかった───。
「・・・なにか話が見えてこないのだけれども、そろそろ本題に戻って良いかしら?」
ヴィネはしばし呆気にとられていたが気を取り直しそう話し掛けると、漸く脱線から軌道修正されていく。
「ふっ、待たせたな。少しばかり興奮しすぎたようだったな。しかし、お前に確認したいことができたのだがさっき魔王の妃と言っていたが、魔王は確か死んだはずだよな? 封印されたとかではなく、勇者によって命を落としたと歴史書には書かれていたと思ったが違うのか?」
凌馬は冷静になると、ヴィネの言葉に違和感を覚えていた。それは旦那が殺されたという割には、その恨みの念が感じられなかったからだ。
「そのはずだ。帝国の図書館に秘蔵されている書物にも記されていたが、数百年前に魔王が死んだのは確かなはずだ。それは各国に形は違えど言い伝えられている。まさか、新たな魔王が誕生したというのか・・・。」
凌馬の言葉にウィリックが答えると、己の考えを口にする。
「くくくく、あっははははは! まったく人間というものは何処までもおめでたいわね。魔王様は確かに過去に忌々しくも勇者によって殺されたわ。でもね、魔王様とこの世界はコインの表と裏の存在。この世が存在する限り魔王様は不滅。例え肉体が滅んだとしてもその魂が消えることはないのよ。」
ヴィネは高らかに笑い声をあげると、人間たちに残酷な真実を告げた。
(そういうことか。道理で人間に対する怒りなどの負の感情が無いわけだ。いや、魔王を殺した勇者に対しては憎しみも持っているだろうが、人間は奴等にとっては都合のいい駒程度にしか思っていないのだろう。とすると、こいつらの行動の目的は・・・テンプレだな。しかし、不死身の存在か、少しばかり面倒だな。ミウの為にも魔族の皆殺しは必須なのだが・・・はぁーどうしたもんかな。)
ミウの為に魔王を完全に消滅させるには、世界を滅ぼさなくてはならない。健康のために命を懸けるという類いの矛盾したロジック。
少しばかり面倒くさいことになったなとため息をつく凌馬であった。
─???─
時は少し遡る。
「こいつはまた、予想外の展開だな・・・。」
その男は冷たい目を眼下に向けると、帝都の遥か上空より城の様子を窺いながらそう呟いていた。
「ぎぃやあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
それは、今まさに凌馬が魔族どもを殲滅しようとする場面であった。
「どういうことだ? この国にこんな真似の出来る人間など居なかったはずだが・・・、いくらザコとはいえあの魔族どもを一人で殲滅するなどSランクだとしても不可能に近いはず。」
男は予定外の出来事に僅かばかり驚愕をしていた。
ザシュ!
「一体───ナニ・・・ガ。」
最後の魔族も倒され、その男が死体の処理を始めていた。
「黒髪・・・そうか、アイツの言っていた男がヤツだということか。ならばこの状況も納得は出来るが・・・。」
男は以前に、この世界に現れた危険な存在について忠告を受けていたのだった。
「しかし、そうなるとアイツのところだけでなくこちらにも手を出してきたということになる。単なる偶然で片付けるには些か無理があるか。これは、いよいよあのお方の危惧されていたことが現実になって来ているということか・・・。」
男は凌馬を目を細めて観察する。
「まあ、多少計画に邪魔が入ったがそれならば排除すればいいだけのこと。それにしてもアイツも随分と警戒していたようだったが・・・・・・この程度の力ならば対した問題はないだろに。さっさと片付けてしまえば済む問題を、何故わざわざヤツを見逃したんだ? まさか、裏切り・・・いや、そこまでバカではないか。そんなことをしてもヤツにメリットもないし、第一───絶対に敵うはずのないあのお方を敵に回すなどただの自殺願望者だ。まあいいさ、邪魔者にはここでご退場願おうか。」
そう一人呟いていた男は、凌馬が仲間たちと合流するところを見届けるとその場から消え去っていた。