となりのとなりのとなりの席さん
教室に入るとすでに一つの輪ができていた。
その中心にいるのは何を隠そう僕の婚約者(暫定)である。
高校一年生の時から整った顔立ち、くりっとした大きな瞳
髪は肩ほどのミディアムで同学年だけでなく他学年からも
注目を浴びてきた彼女。そして美人なだけでなく
人当たりもよく、誰とでも友だちになる性格は新学年、
新しいクラスでも健在な様子である。むしろ周囲の
クラスメイトは彼女を中心に、いかにコミュニティを
つくれるか考えているようにも見える。
新しいクラスで席も特に決まっていないので僕は
比較的空いている廊下側の席に荷物を置いた。
……本当はもちろん彼女のいる窓側に座りたかったのだが
周囲のクラスメイトがすでにそこは占拠していたのである。
また、同じ理由で彼女のところに行くのも憚られていた。
いくらテンションが上がっても友だちの少ない僕にとって
あそこは戦場にしかみえない。
席に座ってこの状況をどう打破しようかと考えていた時
隼人が僕の後ろに座った。
「あの約束、楽しみにしてるよ。婚姻届け」
調子に乗ってしまったと若干後悔したが
約束は約束。
「わかったよ。とりあえず今戦場に足を向けることは
できないから落ち着いたら聞く」
「戦場?」と隼人は不思議がっていた。
彼は何も見えていないらしい。というか
隼人も友だちは比較的多い。妬ましい。
ー キーンコーンカーンコーン ー
チャイムが鳴った。今からホームルームが始まる。
人だかりになっていたところも各々荷物を置いた席に戻っていく。
賑わっていた窓側は女子グループが占拠していたらしい。
そして、この時になって初めて気が付いたのだが
僕の隣にも荷物だけ置いてあった。
そこに今荷物の主が帰ってきた。やけに視線を感じるなと
思ったら、隣に座ったのはなんと!輪の中心にいた
飯能 柊、その人であった。
「あら、隣なんて奇遇ね」
彼女は凛とした姿でそう言った。
「あれ?なんであっちにいたの?」
僕は話しかけられて内心ドキドキしたが
気になっていたことを素直に聞いた。
「そんなの簡単よ。荷物をおいて
向こうにいた友だちと話をしていたの。
そうしたら段々と友だちが増えてきて」
と彼女は話した。もっともな話である。
昔と変わらず彼女は美人だ。しかし
昔とは話し方も変わって僕に対しても
なんか「他人」のように接している。
僕はなにかそのことが悲しくて
やりきれない気持ちになった。すると
後ろから「おい」と声がした。
振り返ると隼人が小声で楽しそうに言った。
「今がチャンスじゃないか?俺に婚姻届け見せてくれよ?」
僕はハッとしたね。このやりきれない気持ちを
晴らすためには証拠(婚姻届け)を確認するしかないと
心の中で「隼人グッジョブ。そして何よりその賭けを
提案した僕グッジョブ」と言いながら彼女の方を向いた。
「ねぇしゅうちゃん」
「なにかしら?……あとその呼び方は恥ずかしいからやめてくれる?」
いきなりちょっと辛辣だが僕は構わず続けた。
「昔書いた婚姻届けってどこにある?久しぶりに見たいんだけど……」
「……え」
彼女は一瞬硬直し、その後みるみる顔が赤くなっていった。
そして普段よりも興奮気味にこう言った。
「そそそんなものはもう捨てたわよ!シュレッターでガガガって
やったもん」
「……え」
今度の「え」は僕の発言である。そして僕は彼女とは正反対に
青ざめていった。人間って大きいショックを感じると何も
考えたくなくなるんだね。
「おいおいホントに飯能さんって……」
後ろで隼人が何か言っていたが僕の耳には何も入らなかった。
読んで頂きありがとうございました。