第3話
僕らの国はね、世界でも一、二を争う機械大国だったよ。なんていったって全自動、独立思考型の機械人形なんて作れるレベルだからね、開発技術だけはそこらの国を圧倒していた。政府直属の機械技師として、それは僕の誇りでもあった。
戦争は避けられなかったよ。三年くらい前かな。上の人たちがそれを望んでいたからね。僕らはただ命令通りに機械を作り続けた。生身の人間を殺すための、殺戮兵器だよ。朝から晩まで、それこそ召使いのようにね……。
もともと僕は兵器なんて専門外でね。十二で大学を卒業して、そのまま政府の研究所入りして、手掛けてたのはもっぱらオートマタの開発だった。戦争が始まっていきなり兵器部門に異動になって、馬車馬みたいに働かされた。それがある日、急に上から呼び出されてさ。機械兵の製造が間に合わないから、オートマタもどうにかして戦争に投入しろなんて言うんだよ。
なにそれって思うでしょ? いくらオートマタっていったって、やれることは家事手伝いが関の山なのに。もちろん無理だって言ったよ。でも上がそれで納得するわけないんだよね。爆弾でも搭載して自爆させればいいとか言いだしてさ。それなら簡単だろうって。いい案思いついたぞ、みたいな顔で、笑いながら……。
見た目がどんなに人間そっくりでも、オートマタに感情は宿らない。作るこっちも感情移入なんかしない。少なくとも僕はしたことなかった。それでも戦場へ行って木っ端微塵になるだけの彼らを見て、何も思わなかったわけじゃない。今まで作ったオートマタは顔の造詣から身体的特徴まで、試行錯誤を兼ねて個体ごとに変えていてね。もちろん性別も。僕の意向なんだよ。そっちの方が早く人間社会に溶けこめると思って。ちょっとした親心だったのかな……でも、失敗だったね。兵器庫にずらりと並べられた彼らは、その無機質な目で睨むように僕を見つめていたよ。
オートマタを戦場に、なんてその場しのぎの作戦が実行された時点で、国の未来は決まっていたんだ。隣国の機械兵が首都まで侵攻して、政府はありったけの兵器を投入してそれを食い止めようとした。まあ、結局無理だったけどね。
もう助からないことは分かりきっていたから、僕は自分の研究室で最期を迎えようと思った。機械馬鹿だからね、どうせなら死ぬ前に最高傑作を作ってやろうと思ったんだ。
天才技師ティムロットが手掛けた、最後の機械人形。それが君だよ、シャーリー。
でもね、僕はどうやら、天才ともてはやされるほど優秀じゃなかったみたいだ。
充電を終えて、核電源を起動させて、目を開けた君が初めて言った言葉は何だと思う?
『はじめまして、マスター。シャーリーです。……お腹が空いたわ、ティム。朝食はまだ?』
起動時にプログラムしてある口上のあとで、君は実に感情豊かにそう言った。空腹なんて感じないだろうに、まるで自分が人間であるかのような口ぶりで、いや、実際にそう思いこんで、僕のことをティムと呼んだ。ごはんなんてないよって言ったら、君はひととおり文句と小言を並べると……そう、シャーリー。君はね、目を細めて口角を上げて……表情を作ったんだよ。
『まったく、しょうがない召使いね』
笑ったんだ。シャーリー、君はあの、今にも崩れ落ちそうな研究所で、ひとり死んでいこうとしていた僕に、笑いかけた。
信じられるかい? 君はオートマタなのに。呆然としてる間に、賢い君は状況をすばやく理解して、僕を抱えて外に飛び出した。機械兵の攻撃を縫って、君はものすごいスピードで首都を駆けていったよ。途中で怪我を負っても、日夜走りっぱなしで周りの風景はどんどん変わっていって、僕は夢でも見てるんじゃないかと思った。そもそも設定したプログラムを放り出して、完全に自分の意思で動いてるわけだから、夢だった方がまだ説明がついた。
それで、たどり着いたのがここだよ。政府の旧研究所。戦争が始まってすぐの頃に襲撃を受けてから、ここにいた研究者は全員首都に引き上げたけど、ライフラインはまだ通ってた。なんでそんなことを君が知ってるんだろうね? 聞く暇もなく、ずっと活動し続けた君は充電が切れて動かなくなった。慌てて研究所の備品をかきあつめて充電装置を作ったんだ。君がベッドと呼んでる、あの電力槽だよ。酷使した腕と足は、ごめんね、中はどうにかできたけど、人工皮膚のサンプルが足りなくて。
目覚めた君は当然のように食事を要求した。食べる必要なんかないのに。掃除も洗濯も僕に任せはするけれど、でも僕はそういったことはてんでダメだから、見かねた君が結局全部やってくれるんだ。そう、召使いのオートマタとしての本質は失くしていなかった。ただ、自分を人間と思いこんでいて、あるはずのない感情が存在していることをのぞけば、君は普通のオートマタとなにも変わらなかった。
そう、ほんの少しだけ壊れている以外は、なんにも……。




