第4話 「遺跡探訪」
リナたちが宿を立ってから聖国に渡り、さらにその辺境、大森林にほど近い組合に着くまでに9日を要した。
冒険者組合に着くと、遺跡探索の装備を整えながら出来る限りの情報を集めた。
リナの勇名も国が変わると流石に通用しなかったが、一方でガヤルドはここでも顔が利き、かつて世話になったというパーティーから大森林についてのかなりの情報を手に入れることができた。
大森林とは聖国の南方に位置する、その名の通り極めて広大な森林地帯である。
一年中枯れることのない背の高い木々が生い茂り、森の中は昼間でも薄闇が晴れることはない。
森林の中には多種多様な害獣・魔獣が巣食い、中には近隣の農村に被害を出すほど性質の悪いものもいる。
群れをなす魔獣もいて、全滅したパーティーの話も珍しくない。
ガヤルドのかつての仲間というある男は、大げさな身振り手振りを交えておどろおどろしく語った。
リナのような少女が組合にいるのが珍しいのか、いっちょ怖がらせてやろうという魂胆が見え見えである。
リナは何でもない風にふんふんと頷きながら、遺跡に着いたあとの皮算用を始めていた。
帰りはあまり多くの宝は持ち帰れそうにないわね。
†
リナのパーティーは翌朝早くに大森林へ向かった。
組合で男から聞かされた話とは裏腹に、遺跡までの道中は平和なものであった。
魔獣との遭遇は散発的で、このパーティーにとってはさしたる困難ではなかった。
そして組合を立って5,6時間ほどたった頃、一行はついに目的とする遺跡に到達した。
情報屋の話していた通り、遺跡は森の木々よりも高くそびえる建物であった。
一面が蔦や苔に覆われていたが、その隙間から覗く純白な壁面からは、遙か古代にはこれが真っ白な建物であっただろうことが窺えた。
なるほど、これは確かに特別な意味を持つ建造物だったのかもしれない、リナとその一行は揃って深く頷いた。
建造物の頂には周囲に知らしめるかのような大きな古代文字が書かれた看板が見えた。
考古学に多少の造詣があるリナには、その字が遺跡でたびたび見受けられる象形文字の一つであることまでは判別がついたが、その意味についてはとんと見当がつかなかった。
古代文字はこう記してあった。
『武山市立 武山市民病院』
周囲を一通り探索するが壁を覆う蔦に人が通れるほどの隙間は見当たらず、少なくとも近年はこの遺跡に立ち入った人はいないように思われた。
壁面を這う蔦をより分け、入り口と思われる部分を見つけて、ガラスを割って遺跡の中に入った。
構造からは引き戸のように見えたが、取っ手に当たる部分が見当たらなかったのだ。
まさかこれが、人が正面に立つだけで自動的にドアが開く仕組みになっているとはリナたちには思いもよらなかったし、そもそもその機能は遙か昔に停止していた。
†
遺跡に入った一行の誰もが、その信じがたい光景に息を呑んだ。
遺跡の中は古代から過ごしてきたはずの悠久の時を感じさせないほど綺麗なもので、そして何より、まるで昼間のように明るかった。
大森林では背の高い木に太陽の光を遮られて、昼間でも黄昏のように薄暗いのが普通である。
遺跡の一歩外の世界とはまるで別物で、リナたちはまるで自分たちが異世界に迷い込んだような感覚を覚えていた。
リナの一歩前を歩いていたガヤルドが静寂に耐えきれず、誰に話しかけるともなくつぶやいた。
「おいおい、こりゃとんでもねえぞ。こんなもん、聞いたことすらねえ」
リナもまた興奮を抑えられない様子で声を弾ませた。
「まだ日暮れまで時間があるわ。二手に分かれて探索しましょう。私とガヤルドは右手を、ソニアとレヴェ爺は左手をお願い。何があってもなくても一時間後にここに集合で」
本来、魔獣の類いを探知できていない新しい遺跡で戦力を分断することは危険な行為ではあったが、パーティーの誰からもリナの提案に反対する声は出なかった。
遺跡の保存状態からは凶暴な大型生物が住んでいないと推測できたし、何より、確実に歴史を塗り替えるであろう発見に皆が浮き足立っていたためだった。
リナとガヤルドは、かつて外来総合受付と言われたホールから、右手奥に続く救急外来診察室へと歩きだした。
†
リナが最初に探索に当たった場所は、3つの小部屋が等間隔で並んでいる所だった。
大きな取っ手のついた引き戸があり、それぞれの戸の中央に大きく古代文字が書かれている。
リナはその字に見覚えがあった。
確か、古代のあらゆる地域で使われていた、数を表す文字だ。
左から順に“1”“2”“3”とある。
1から順番に見てみようと、ゆっくりと戸を開けた。
いきなり当たりを引いた。
部屋の中央にある椅子に、白いなにかが座っていた。
息を殺し足音を消してゆっくりと近づくと、それは人の形をしていた。
白いローブのような服を着た何者かが、椅子に座り、机に腕と頭を投げ出していた。
古代人の死体かもしれない、とリナは考えた。
冷静に考えれば死体がミイラ化や白骨化せずに肉付きのいいまま残っているはずはないのだが、その時は緊張からかそれしか頭に浮かばなかった。
思いっきり腰が引けた姿勢で、ゆっくりと肩を揺さぶってみる。
確かな重みがあったが、反応はなかった。
今度はその頬を指でつついてみた。
信じられないことに、体温を感じた。
何度か確かめるように突いていると、死体に反応があった。
その死体は身じろぎしたかと思うと、ゆっくりと上半身を起こした。
何事かをぼそぼそと喋りながらこちらを見た。
痩せた頬、薄く開かれた目に生気は無く、目の下は薄黒く変色している。
ぼさぼさの髪がてっぺんで四方に跳ね、口の端からは体液がこぼれ落ちて白い服を汚している。
実はそれは生きた人間の過重労働の果ての姿であったのだが、リナには今まさに死体が蘇ったようにしか見えなかった。
「っきゃあああああああああ!」
矢も楯もたまらず、リナは悲鳴をあげながら逃げ出した。
†
その時、ガヤルドは大きなベッドが何床も並んだ大部屋を調べていた。
どのベッドにも足に車輪がついている。ベッドを取り囲むように、得体の知れない古代の装置が並んでいる。
ここはいったい何をする場所なのか。謎だ。
どれかを動かしたら隠された部屋への扉が開いたりするかもしれない。
突飛な思いつきにもかかわらずガヤルドは大真面目で、よっこらせとベッドの下に潜り込んだ。
ちょうどその時、すぐ近くからリナの悲鳴と駆け出す足音が聞こえた。
すわ魔獣か遺跡の罠か。
ガヤルドは俊敏にベッドの下から這い出すと、悲鳴のあがった方向に走り出した。
大部屋の向こうからリナが駆け寄ってくる。
半泣きで飛びついてくるリナの体を受け止め、ガヤルドは落ち着いてゆっくりと、何があったのか、とリナに問いかけた。
「死体が温かくて動いた!」
息を切らせながら涙声で話すリナは明らかに混乱していた。
「それは、リビングデッドがあっちに居たってことか?」
リビングデッドとは、死体に乗りうつって生者を襲う霊型モンスターの一種である。
「違う! リビングデッドよりもっと生きてるっぽくて! まだ温かくて! なにかしゃべってて! それで……」
「……それは、生きてるんじゃないか?」
「……。……そうだったかもしれない」
ガヤルドの冷静な指摘に、リナはばつが悪そうに俯いた。