第32話 「迫る終焉」
渡瀬がソフィアへの贈り物を始めてから2週間が過ぎた。
最近はプレゼントを選ぶのにも苦労するようになった。
現代から持ってきたモノもそろそろ無くなりそうで、ボールペンやシャーペンなどといったその場しのぎのものを一つ一つ差し出すことも増えてきた。幸い、ソフィアはどんなつまらないモノでも満面の笑顔で喜んでくれているが、こちらが心苦しいのは変わらない。
自分の私物が次々となくなっていくのと同時に、ソフィアの机には様々な異世界の遺物が所狭しと並ぶようになった。
リナのような考古学オタクからしたら垂涎の光景かもしれないと渡瀬は思う。
それにしても――渡瀬がソフィアの部屋の変わり様を思い返して頭を抱える。
一番参ったのは12回目のプレゼントだった。
あの日、自分は贈るもののネタに困ってリュックの底にしわくちゃになったままの白衣をソフィアの部屋に持って行ったのだ。
ソフィアはいつものようにとても喜んで、その場で上から白衣を羽織ってポケットに両手を突っ込み、さらには渡瀬の使っている聴診器を奪って首に掛け、フフーンと謎のドヤ顔を決めてみせるまでした。
そこまでは良かったが、それ以降、ソフィアは寝るときに白衣を着て寝るようになったのだ。
実際に仕事で使っていたもので、汚れているからやめたほうがいいと言っても聞かず、おそらく今日も寝間着の上に白衣を羽織って寝ているはずだ。
起きたときは丁寧に皺を伸ばしたりしているから大切にはしてくれているのだろうが、あんなごわごわしたモノ寝づらいだろうに、と渡瀬は首をひねる。
昨日そのことを尋ねると
「もらったモノをどう使おうが人の勝手だ」
と子供じみた言い訳をする始末だった。
いや、あの子は実際に子供だ。時々それを忘れそうになる。
なお、その白衣はソフィアが寝ている間はハンガーで部屋の壁に掛けられている。
クローゼットがあるのだから仕舞って欲しいと渡瀬は思う。ただでさえ自分の私物がソフィアの部屋にあふれてきていて、まるでこの少女と同棲しているようで落ち着かないのだ。
時刻は正午を少し過ぎたところ。
渡瀬は特にすることもなく、大聖堂の中を当てもなく散策していた。
大聖堂や礼拝堂は聖都の中心部でも少し小高いところにあり、窓から外を覗くだけで広場や大通りを眺める事が出来る。
窓の向こうに広がる広場には今日も多くの人が思い思いの時間を過ごしている。
初めて会った頃、ソフィアは昼過ぎには目を覚ましていた。
渡瀬もそれに合わせてソフィアの部屋に向かうようにしていたが、最近は彼女が起きる時間はさらに遅くなってしまった。
この少女が起きている時間は一日辺りですでに30分を切っている。すでに通り一遍の診察をしている暇はなく、テスラが食事などの身の回りの世話を済ませるだけで時間が無くなってしまう状況だ。
聖都に来てからの日々を思う。
この少女の担当になって16日。
ソフィアはずいぶんと明るくなったように思う。
初めの頃はどこか人間離れした神聖さを纏っていた。笑うときも一歩引いて静かに微笑んでいるような印象があった。
しかし、ここのところは年相応の幼さを覗かせることも増えてきた。
信頼されているのだと嬉しく思うと同時に、渡瀬は無性に悲しくなる。
毎日、部屋に通って少しずつお互いのことを話す。
そうして二人の距離を縮めていっても、先に待ち構えているのは避けようのない別れだ。
まるで治癒の望みのない末期の癌患者を担当して、熱心に延命治療を続けているときのような先の見えない辛さ。
渡瀬は医師としての仕事の中で既に何十人もの患者を看取ってきている。
だが、これほど若い子供が徐々に衰弱していく様を目の当たりにするのは初めてだった。
日に日に食は細くなり、もともと軽かった体重はさらに落ちていく一方である。
10日ほど前から高カロリー輸液を始めているが、これも体重を元に戻すほどの効果は期待できないだろうと思う。
自分の無力さが恨めしい。
下唇を噛みしめる。
右手で拳をつくって、大聖堂の壁を叩いた。
その瞬間、廊下の奥からしわがれた声が響いた。
「おお、やめてくれ。もうこの建物もいい加減古くなってきとるんじゃ」
廊下の奥から姿を現したのは、聖都の主、教皇その人だった。
教皇がお付きも連れずに歩いているのを渡瀬は初めて見た。
あっけにとられて挨拶も忘れていた。
「ひさしぶりじゃな。どうじゃ、ここの生活には慣れたかの」
まるで好々爺のように優しい口調で話す。
聖都に来たその日に会ったときのあの厳しい目をした老人とはまるで別人だった。
「は、はい。おかげさまで」
渡瀬が慌てて姿勢を正して頭を下げた。
「よいよい。おぬしの話は聞いとるよ。するべき事をやっとるんなら文句など言わん。それで、聖女の様子はどうかね。時間があればわしの部屋に行って話さんか?」
渡瀬は雰囲気に呑まれて頷いた。




