第27話 「蝋燭の火」
渡瀬は司教の話を自分でも驚くほどにあっさりと受け入れていた。
司教の話に矛盾はなかったと思う。
何も知らない自分を作り話で騙すのは簡単だろうが、彼は信じがたいほどに大仰な話を時間をかけて自分に語ってくれた。
その話ぶりから、司教の覚悟と誠意が見えたような気がした。
しかし司教がどれほどの誠意があろうが、やっていることはこの世界ですら時代錯誤に思える生贄の制度そのものだ。
結界の聖女になると、その子の余命はおよそ6ヶ月で尽きる。
この美しい国の内実は少女の命が燃え尽きる前にその火を次々と移し替えることでなんとか生き延びているような歪なものだ。
そして自分も今まさに、その罪深い行為に手を貸そうとしている。
渡瀬は、あてがわれた自分の部屋に戻ってからも悩み続けた。
†
――悩み続けて夜が明けた。
渡瀬の思考は堂々巡りを重ね泥沼にはまっていた。
このまま自分の部屋で考え続けても何も変わらない。
ソフィアが起きるはずの時刻まで少し早いが礼拝堂に場所を移すことにした。
礼拝堂には、昨日ソフィアの部屋を去る際に渡瀬を追い出したシスターがいた。確かテスラとかいう名前だったか。
昨日と同じ簡素な修道服を着て、礼拝堂の床を掃いている。
「こんにちは」
渡瀬の挨拶をすると、テスラは小さく会釈を返して掃除を続けた。
渡瀬が話を続ける。
「テスラさんはこちらに来てから何年ぐらいになるんですか?」
テスラは渡瀬に目もくれずに淡々と答えた。
「3年ほどになります」
「……じゃあ先代の聖女もご存じなんですね」
ばっと音が出そうなほどの早さでテスラが渡瀬の方を振り返る。
その驚いた顔を見て渡瀬は微笑ましく思う。無愛想を装っているだけで以外と素直な人なのかもしれない。
テスラは渡瀬を睨み付けながら話す。
「もう知ってるんですね」
「ええ。昨日、ドレイク司教から伺いました」
テスラは先ほどの大げさなリアクションを恥じるように目をそらして掃除に戻った。
床を見つめながら渡瀬の質問に答える。
「私がここに来たのは、ちょうど42代目の聖女様がそのお役目に就かれた日になります」
「42代っていうと、ソフィアさんの4代前ですね」
「はい」
答えながらテスラは掃除を続ける。
渡瀬は頭の中で計算した。
司教は、一人の聖女はもって6ヶ月と言った。
ソフィアの4代前ということは半年×4人で2年ということになる。
……計算が合わない。
「ちょっと待ってください。テスラさんは3年前にここに来たんですよね。で、4代前だと長くても2年半しか――」
テスラが渡瀬の方を振り返った。
そんなことも知らないのかと呆れたような目をしている。
「ソフィア様はすでに丸一年の間、聖女としてのお役目を果たしておられます」
テスラはわずかな感情を覗かせてそう言った次の瞬間、礼拝堂にベルの音が響いた。
テスラがパッと笑顔になってソフィアの部屋の方へ走った。
渡瀬も後ろからついて行く。
その部屋には白い寝間着に着替えて、ベッドから上体を起こしたソフィアがいた。
あら、とソフィアが意外そうな顔をする。
「おはようございますワタセ先生。待ってらしたんですか?」
「いや……」
渡瀬の頭の中ではついさっきのテスラの言葉が渦を巻いていた。
通常ならば半年しか生きられないはずの状態で、既に一年に渡って魔法を使い続けている。
「君は……」
大丈夫なのか? とっくに限界を迎えているんじゃないのか?
そう聞こうとした。
しかし、言葉にする前にソフィアがぼそりと呟いた。
「ああ、もう知ってしまったんですね」
ソフィアは悲しそうに目を伏せたが、すぐに正面に向き戻り、努めて明るく言った。
「すいません。朝食、いや昼食かな? 食事を取らないといけないので、礼拝堂の前で待っていてもらえますか?」
渡瀬はテスラに半ば追い出されるようにしてソフィアの部屋を出た。
†
ソフィアを待つ間、渡瀬は礼拝堂の椅子に座ってぼんやりと聖女の像を見つめていた。
30分ほどしてテスラが部屋から出てきた。
「どうぞ、ソフィア様がお待ちです」
言われるがままに立ち上がってソフィアの部屋のドアを開ける。
ソフィアの食事は既に片付けられていた。
昨日と同じ修道服に着替えてソファに座っている。
「すいません。先に食事を取っておかないとまたいつ寝てしまうか分からないもので」
ソフィアが謝りながら手振りで渡瀬にソファの対面に座るよう促した。
「それで、何か聞きたいことがあったんじゃないですか?」
「はい」
渡瀬が頷く。
「昨日、ドレイク司教からあなたの話を聞きました。聖女の役目についても……。他の聖女が半年で代わっているのに、ソフィアさんはもう一年間も続けられていると、これは」
ソフィアが渡瀬の言葉を遮って言った。
「聖女の生活についてはどのような些細なことも全て記録されています」
言いながら、ソフィアはソファから立ち上がって自分の机の引き出しから紙の束を取り出した。
「これが私の先代の聖女の記録です。期間は6ヶ月と22日。私の記録はこちらに」
ソフィアがテーブルの隅に積まれている紙を指さす。渡瀬が昨日見たものと同じものだ。
遠目から比べてみても、その厚みはすでに先代の記録の倍近い。
「確かに、私は聖女としては長続きしています。ですが、普段の過ごし方や食べているものは今までの聖女と何の違いもありません。ワタセ先生がそこに何か手掛かりあるのではないかとお考えでしたら申し訳ありませんが……」
「いえ、そうではなく」
渡瀬が否定すると、ソフィアは意外そうな顔をした。
渡瀬が続ける。
「ソフィアさんが大丈夫なのか、聞きたかったんです。魔力の消耗はとても疲れると聞きました。前例もないほど長く続けているのなら、もういつ限界が来てもおかしくない」
「大丈夫ですよ」
ソフィアが渡瀬の言葉にかぶせて言い切る。
両手でぐっと握り拳を作る。
「ドレイクさん曰く、私は歴代でも一番の天才だそうですから」
ソフィアはむんと胸を張った。
しかしその明るい態度も、渡瀬にはどこかこの少女が無理を続けているようにしか見えなかった。




