第11話 「勇者と姫君」
パーティーメンバーがリナの病室に揃った頃、外はとうに日が暮れて空一面に星が瞬いていた。
渡瀬は窓から顔を出して夜空を見渡した。
月はあの頃と変わらず一つしかない。ここはどうやらハルケギニアではないようだと、渡瀬は一昔前のアニメを思い出してはどこか残念に思う。
ちなみに、リナの病室は病院で最も高価な特別個室である。1泊2日で入院した場合、なんと部屋代だけで20万円かかる。ベッドの他に、大きなソファや液晶テレビなど、高級ホテルのような家具が並んでいる。
病院全体が使い放題なら、これを機に思いっきり贅沢をしようとする渡瀬の貧乏性がにじみ出た結果だった。
ソファに座っているガヤルドが、夕飯のスープをすすりながら呟く。
「何度見ても信じられねえな。もう夜なのにこの部屋の中はまだ昼間みてえだ。この天井についてるやつも持って帰りたいんだがな」
一同は天井の蛍光灯を見上げる。
「すいません。これは電気っていうエネルギーがないと動かないんですよ。そこから取り外すと光りません」
渡瀬が説明すると、一同はさほど残念でもなさそうに頷く。
こんな道具があることがいまいち実感できていないのかもしれない。
しかし、相手の技術が信じ切れないのは渡瀬も同じである。
「それにしてもすごいですね魔法って。リナさんの怪我も一瞬で治っちゃいましたしね」
「ワタセのいたところじゃあ、魔法って誰も使ってなかったの?」
「ええ。あんなものがあったんじゃ、僕みたいな医者は商売あがったりです」
あはは、と渡瀬は力なく笑う。
自信を喪失した渡瀬を励まそうと、リナが声をかける。
「でも、ワタセには本当に助かっちゃった。治癒魔法使えるの私だけだから、私が詠唱できない状態だとどうしようもなくなっちゃうのよね」
「……ああ、なるほど」
「それに、治癒魔法も万能って訳じゃなくて。もちろん切った腕は生えてこないし、毒とか、流行り病でも効かないことも多いのよ」
「へえ、そんなもんなんだね」
治癒魔法は怪我は治せるが、毒や病気には効かないことも多い。
もしかしたら、と渡瀬は頭の中で仮説を立てる。
治癒魔法が効果があるのはあくまで自己治癒力が及ぶ範囲だけなのかもしれない。
怪我は出血多量で死ぬ前に傷口さえ塞げば命は助かる。傷は大概のものなら時間をかけて自然と治っていくからだ。
しかし病気は自己の免疫力だけでは防ぎきれないものもある。毒も、肝臓での解毒が間に合わなければ魔法だけでは防げないのかもしれない。
リナが治癒魔法で自身の傷を治してから、渡瀬は半ば絶望していた。
現代の医師など、この世界では必要とされていないのではないかと思っていた。
しかし今、この世界で自分が医師として生きていくための、一筋の光明が見えた気がした。
リナは、渡瀬がちょっとだけ自信を取り戻した様子を見てほっと息をついた。
部屋の中が和やかな空気に戻る。
リナはハッと思い出して、ソファに置いていた自分の布袋を取り出した。
「そうだ! さっきワタセとお宝集めてきたの。少ししかなかったけど」
リナはそう言って布袋の中身をテーブルの上に並べていく。
腕時計であった。
渡瀬がリナを医局(※医師の詰め所)に案内して、机に置かれていにしていたのを片っ端から持ってきたのであった。
「こういうのあるんならもっと早く教えてくれればよかったのに」
リナは上機嫌にウリウリと肘で渡瀬の肩をつついている。
一方、渡瀬は浮かない顔だった。かつての上司や同僚の持ち物を盗んできたことへの罪悪感が拭えていないのだ。
†
時計を机の上に一つ一つ並べながら、リナは考える。
魔法が使えない世界。
機械が発達した世界。
半日の間、ワタセに病院を案内してもらって、この文明が私たちの世界と異なるルールで発達していたことがわかってきた。
古代文明の遺跡から持ち出された遺品は、既に自分たちの世界でもある程度の恩恵を生み出している。
太陽にかざす限りは永久に、そして常に正確に時を刻み続ける道具。
引き金を引くと火を噴いて、鉛の玉を遙か遠くの物に打ち出す道具。
どちらも一流の鍛冶や宮廷細工師でも再現すらできておらず、極めて高価なものとしてごく一部の王侯貴族に独占されている。
しかし、これらの道具はワタセの世界では珍しくないもののようだった。
古代文明の残した遺品の中で、使い道が判明している物は少ない。
車輪のついた鉄の箱などはそこそこの数が発掘され、古代人が移動に使っていたのではないかと推測されているが、実際に動く物が出たという話は聞いたことがない。
しかし今、私の目の前には古代文明の生き証人がいる。
一体どうやったのか想像もつかないが、大変動の後の世界をその知識を保ったまま生き延びてきたのだ。
彼がこの遺跡から出て表の世界に姿を現せば、今まで正体不明だった道具の本来の使途が明らかになるかもしれない。
もしかしたら、思いもかけない使い道が明らかになって、いままでガラクタとしか思われていなかった遺品が大きな役に立つことになるかもしれない。
それどころか、彼の知識は世界そのものに変革をもたらすことすらできるかもしれないのだ。
その時、彼は私の味方でいてくれるだろうか。
私の正体を、悲願を知ってなお、力を貸してくれるだろうか。
神に使命を授かった勇者が魔王を倒し、囚われの姫を助ける童話を思い出す。
今は自由の身を謳歌しているが、復讐に囚われているという意味でなら私はあの童話のヒロインそのものだと思う。
ワタセは、私の勇者様になってくれるだろうか。
†
翌朝、一同は病院を出発した。
リュックを背負った渡瀬だけでなく、全員が大きな荷物を抱えている。その殆どが渡瀬が指示した医薬品や医療機器である。
渡瀬はオオカミに襲われたことを思い出しておっかなびっくりといった様子で歩いているが、その他の面子は昨日よりもむしろ堂々としているように見える。
後ろを歩いていたレヴェ爺が渡瀬の肩を叩いて話しかけた。
「そんなにビクビクせんでも大丈夫じゃよ。昨日、ハウンドウルフを追っ払ったばっかりじゃろ。彼奴らは一度狩りに失敗して痛い目にあった相手にまた襲いかかるほど馬鹿じゃない。彼奴らの縄張りの中を通っている内は、逆に安全という訳じゃ」
そう上手くいくのかと渡瀬は半信半疑だったが、果たしてレヴェ爺の言った通り、道中は獣に襲われることはほとんど無かった。
安心しきった渡瀬はふと気になって、左手を歩いていたリナに声をかける。
「そういえば、リナはなんで姫様って呼ばれてるの?」
なんでもない疑問だったが、リナは露骨にしまったという顔をした。がそれも一瞬ですぐにいつもの涼しげな表情に戻る。
「それはほら。私ってまだ若いじゃない。こんな冒険者のパーティーで私みたいなのがリーダーやってるって珍しいから、ガヤルドたちがふざけて言い始めて、いつの間にか定着しちゃったの」
おおむね予想通りの回答に渡瀬はなるほどと納得した。
リナが渡瀬の表情をちらちらと伺い、ホッと息をついていたことには気づかなかった。
†
4時間ほどたった頃、森の切れ目が見えてきた。草原の向こうに木でできた背の高い柵が長く連なっているのが目に入る。
「もう街が見えたか。行きよりも早かったな」
先頭を歩いていたガヤルドが振り返って言った。
「道が分かってたからね」
リナが答える。
涼しげな仲間たちの隣で、渡瀬はぜぇぜぇと息をついている。
大きな荷物を担いで遠足なんて、ここ10年はやってこなかった。
足が引きつって太腿が痛い。リュックに詰まった医薬品の箱が背中に刺さってそれもまた痛い。
なんでこんなところに来ちゃったんだろうと嘆いていた某登山アニメの主人公の気持ちが今なら痛いほどよく分かる。
運動不足は早いところ解消しないと命に関わると半ば本気で思った。
ぐっと唾を飲み込んで息を整え、渡瀬はリナに問いかける。
「あのー、ご存じの通り私は身寄りがなくてですね。リナさんさえよろしければ、もう少し一緒に行動させていただけたらと……」
渡瀬はリナを正面から見据えられず俯いている。声が尻すぼみになっていく。
異様に腰の低い渡瀬に苦笑しながらリナは答えた。
「当たり前じゃない。まだまだ聞いてないこといっぱいあるし、あなたの商売道具持ってくるのも大変だったんだから」
リナと仲間たちは揃って実に重たそうに医薬品が詰まった布袋を掲げた。
「借りを返してもらうまでずっと一緒だからね」
第1章 『貴様共の勇者を選べ/Choose Your Champion』 END




