チュートリアル・手ヲ伸バセ
「よう。これでお前さんが撃たれた数は見事に三回になったな」
そうだな。俺は最初からラスボスと戦っている気分だよ。
「.....もういい。飽きるまで付き合ってやんよ」
「飽きる前に終わらせてくれよ?」
景色が灰色に変わる。それによって、俺も思考をすぐ切り替えた。
奴まで五メートルくらい。超長い距離だな。
右斜めに行って初弾を避けながら奴に近付く、次に体勢を低くして・・・
『START』
その音声と同時に銃声が鳴る。だが、俺の身体には当たらない。二秒前に考えた事が実行されていく。
開始直後に撃たれた弾は、俺が右斜めに移動した事によって当たらなかった。
「ほう」
それを視界で確認しながらも、脳は、思考は、二秒先を行く。
少しずつ前へ行こう。
二発目。狙われたのは心臓部。
俺は膝を折り畳んで低い体勢になったので、心臓では無く頭に当たりそうになったが、ギリギリの所で当たらなかった。髪が数本消し飛んだ感覚がする。
あぶねぇ.....ギリギリだったな。
だが、そう思ってほんの一瞬安心してしまった俺を、仮面野郎は見逃さなかった。
「ふむ、四回目で二発避けたか」
仮面野郎は、銃声を響かせる。
「まだ飽きる事はなさそうだ。逝って来い」
........難ゲー。
身体の感覚が消えていった。
暗転。
視界が戻ると、【you die】の文字が迎えてくれた。
そりゃ、あぶねぇなんて思っていたら、普通は撃たれるか。
これは、視界に気を取られてたら撃たれる。
だが視界を参考にして、少しでも、二秒後の動きを的確にしなければならない。
ただでさえ目を閉じて行動してるような物だけども。
もっと正確に予想し、避けなければ。
それなら........
トゥ ビー コンテニュー。
視界には、再び白い背景と黒仮面の奴が写し出される。
「五回目だな。....これの大体の事が分かってきただろう?」
何一つとして分からんわ。
「いやいや。まだ操作もままならない。このクソチュートリアルにはチュートリアルが必要だと思うな俺は」
二秒ラグって貰いますよ空間って馬鹿なの? 苦情が殺到するよ? 主に俺から。
「俺も実にそう思うぜ?」
やったぁ、僕たち気が合うね。(棒読み)
「だったら攻略法くらい教えてくれよ」
ほんとこのクソチュートリアルの攻略法を教えて貰いたい。マジで。二秒先も見えない状態なんだよ。言ってくれれば少しは見えるようになるから。
「そうだな。攻略法は俺も知らないが、折角のチュートリアルだ。この世界の事を少しばかり教えてやろう」
「どうでもいいが、少し興味もあるな」
っていうかチュートリアルって普通はそうじゃないの?
「では少しだけ話をさせて貰う。もしかしたら、これが今後どこかで役に立つかもしれないからな」
どこかで....それにはここも含まれるのか? まぁいいや。聞けば分かる。
「この世界は、あっちの世界と似せて作られている。所詮は電脳という幻想であるが普段の世界感は幻想っぽくない」
インターネット上に出来た第二の地球って感じかな。
「まぁ、普段じゃない時には.....期待してくれ。やりたいようにやればいいさ」
普段じゃない時? .........イベント的なやつか?
「それと、この世界は、あっちの世界と違ってしまった事がある」
奴は一息ついてからまた続ける。
「この世界は、『心』が『エネルギー』として定義された事だ。正直、それが何になるかは知らないけどな」
心がエネルギーですか。何? 念動力的な?
「熱ではない熱を持つ、人を動かす力を確かに持ってる。よってエネルギー。最新コンピューター様にそう定義されてしまったんだよ」
「そのコンピューター様、修理に出せよ」
俺の心は熱くはない。乾いた血で固まった鉄の心だ。(胸部を右手で抑えて左手を右眼の前にかざして言うと厨二っぽくなるから、やってみてね!)
人に嫌悪感を与える程度のエネルギーならあるかもしれないけども。
「まぁ、そうした方が良いかもしれんな。...だが、信じる価値はあると思うぜ?」
本当かどうか怪しい。胡散臭くもある。
「それを俺に信じさせてどうするつもりだ?」
嗤う黒の仮面が邪魔で奴の真意がイマイチ探れない。
「確かめるんだよ。お前さんを使ってな。だから諦めないでクリアして貰いたい........だが同時に、もう少しお前さんのくたばる様を見ておきたいとも思う。だから....」
白いで包まれた空間が灰色に切り替わる。
奴の言葉についてを考える暇など無い。奴自身も、考えさせないつもりなのだろう。
『START』
「始めよう」
奴は銃をこちらに向けた。もちろん、撃つつもりなのだろう。
だが、俺はそれを予想した上で、真っ直ぐ、堂々と歩いた。
嗤う仮面に対して俺の口角も上がる。発砲音は聞こえない。毎回、開始直後に撃っていたが、今回は撃たなかったのだ。
駆け引きに持ち込んだ。
ただ俺は、笑いながら、ゆっくりと真っ直ぐ歩いているだけ。
だが、奴はこの言動の理由を考えて、悩んでいる筈だ。最初に撃つ事を止めたのがその証として足り得る。
今まですぐ死んでた奴が、攻略法的なものを聞いた途端、不敵に笑いながら、ゆっくりと歩いたのだ。少しぐらいは脅威を感じ警戒するだろう。
こうなるよう、攻略法を言うように煽ったのが上手くいった。
あと三メートル程度。その時、奴の声が聞こえた。
「今の話を信じたのか? ....心の力で避けようとでも思っているのかい?」
そう言った直後、奴は銃の引き金を引いた。
銃弾が俺の眉間に飛び込もうとするが、ギリギリの所で俺の身体は半身になって避けた。喋り始めた時から回避行動を自分の体に命令したのだ。
「ほう?」
奴が、ここに来て初めて声を荒げた。驚きと感嘆が交じったような声だ。
少しでも脅威や不安を感じれば、何かに喋りたくなるものだ。撃つ前に喋るように誘導すれば、最初の一発は避けられる。
だが、確実なのは最初の一発目のみだ。俺は銃口に目線を集中させながら、奴の周囲を回るように走り出した。予めそうしようと考えていたので、走り出しは上手く行った。
的が自分の周りを回るように動いたら、命中させるのは難しいだろうし、狙おうとすれば銃口の向きが固定される筈なので、いつ撃つかが予想し易いと考えたからである。
だが、脳から身体への命令が二秒遅れると、走って何かの周りを回るという行動も難しい。どの程度曲がるかを予想でしか検討出来なかったので、思ったより大きく回ってしまった。
「そんなことっ、思うかよッッ!」
走りながらも、先ほどの質問に対しての返答を数秒遅れてした。心のエネルギーなどの不確かなものに頼ろうと思ったって仕方ないのだ。
だんだんと奴との距離を縮めながら回る。
だが、奴はポケットに左手を突っ込みながら三歩ほど下がり、俺が走る起動上に立って、右手で銃を構えた。
「お前さんは、やはり面白い」
そう愉快そうに言いながら。
くそッ、このまま行くと俺が銃口の正面に自ら行くようなものだ。
しかも、今から体に命令しようと間に合わないだろうタイミングで、もう回避出来ないだろうタイミングで、奴は行動した。
撃たれるまで、あと一秒も無いだろう。
そして、俺は刹那の間に思考を巡らせてから、一つの結論を出した。
まだ避けられる。
俺は、そう結論づけた。
脳からの身体への命令が二秒遅れる? そんなことはもう忘れた。
俺は、まだここにいる。避けろ、伏せろ、銃口の正面から外れろ。間に合う、間に合う。中枢神経様の指示だすぐ従えよ俺の身体。
俺の頭が銃口の沿線上に入る。引き金が引かれた。発砲音が鳴る。
俺の身体は、体制が低くなり、銃弾の軌道から外れた。
奴の懐に入り込んだ。走っていた勢いで、タックルのようになり、奴の体制を崩す。
そして、
体制を崩しながら、仮面野郎はポケットに入れていた左手を、二丁目の銃と共に出し、その銃口を俺の眉間に突き付けた。
「素晴らしいぜ、期待以上だ?」
それが聞こえた途端、
仮面に向かって伸びていた俺の手は、映らなくなった。