悪魔、嫁ぐことになる
私は呼び出されて父の書斎にいる。目の前には私を呼び出した張本人である機嫌の悪い父。いつもの2割増しの鋭い視線が私を襲ってくる。
居心地が悪い。とても。
「お父様、ご用があるのなら早くおっしゃってください」
どうせこの間の夜会のことだろう。もう分かっているから早く終わらせて欲しい。
「メルリア、良い話と悪い話どっちを先に聞きたい?」
そんなことを言うなんて珍しい。いつも有無を言わさず怒るのに……。でも、良い話もあるのか。予想外。
「……では、悪い方から」
「この間の夜会で公爵家のご令嬢に失礼なことを言ったらしいな、メルリア」
「失礼なこと? 言った記憶がありません」
あっちが先に喧嘩を売ってきたのだから、私は悪くない。
父は私のことを睨みつけ何かを探っている。
「…………。まあ、今回は多目に見てやる」
「ありがとうこざいます、お父様」
父が優しい。いつもならもっと長時間お説教を垂れ流すのに。
何かおかしい。
「それで、良い話とは何ですか」
いつも怒られてばかりだから少し楽しみだ。一体どんな話なんだろう。
「魔国の第一王子……つまり、次期魔王に嫁いでもらいたい」
「お父様、頭に虫でも沸きましたか?」
『魔国』魔力の高い人間達の国。
そことアルベル王国は遠い昔から冷戦状態が続いていたはず。
「…………魔国との和平が正式に決まった。お前はその証として嫁ぐ」
「どうして私なんですか? 他にもっとふさわしいのがいるでしょう。…………あの頭がスカスカの公爵令嬢とか」
あのご令嬢なら見た目だけなら国内随一だし、媚びを売るのも上手い。悪い噂しかない私が嫁ぐよりずっとましだと思う。
「私もそう思ったんだが魔力の高い令嬢のほうがいいのでは、と公爵が言って……」
なるほど。
このままでは自分の娘が嫁ぐことになってしまうから、邪魔な私を嫁がせようってことか。
子が子なら親も親だ。
でも、国内で結婚するより楽しいかもしれない。
「分かりました、お父様。嫁ぎます」
「そうか。これまで多目に見てきたんだ。魔国ではおとなしくするんだぞ」
「心配はご無用です。ではスカスカ令嬢に茶会に誘われているので失礼致します」
父が部屋を出るときに何か言った気もするが、茶会に遅刻しそうなので無視させてもらった。
玄関で執事のマークから手土産のクッキーを受け取り、馬車に乗り込む。
「いってらっしゃいませ、メルリア様」
「いってくるわね」
今日もあのスカスカ令嬢に一泡ふかして差し上げるわ。
会場である公爵家自慢の温室には、既に私以外の二人のご令嬢は着いていた。
「メルリア様、遅いから心配していましたわ。さあ、早く座って」
うかべているのは『天使令嬢』の名に相応しい天使の微笑みだが、騙されてはいけない。
私も微笑み返す。
「ごめんなさい。お父様に呼び出されてしまって……」
「もしかして、魔国との縁談のことかしら?」
スカスカ令嬢の目が爛々と輝いている。今回はこの話題で私を苛めようとしているのか。
「魔国だなんて……とても恐いわ。あ、でもメルリア様なら大丈夫ね。もう仲間みたいものですし!」
スカスカ令嬢はそう言うとクスクスと笑いだした。二人の令嬢も、とても面白いというようにクスクス笑っている。
こんな低脳な台詞のどこが面白いのかとても疑問だ。
「あら、そう言って頂けるとうれしいわ。でも、とても光栄なことよね。私のような普通の令嬢が和平の手伝いができるなんて」
ご令嬢達は虚を突かれたような顔をしている。
貴方達のような凝り固まった考えの令嬢と私は違う。
「そういう考え方もできますわね。でもそうすると、貴方のような悪い噂を持った方と結婚するのでは魔国の方が可哀想だわ」
先程まで魔国を蔑むようなことを言っていたのに、相変わらずスカスカ令嬢は変わり身が速い。
「酷いわ。私は少なくとも親の権力を使って気に入らない人を蹴落としたり、粘着質な嫌がらせをする貴方よりましだと思うわよ?」
「なっ!」
「私、色々準備があるのでこれで失礼しますね。あ、よろしかったらクッキーどうぞ」
あんなことしか言えないスカスカ令嬢ともお別れだと思うと寂しいような気もする。
「このっ……悪魔令嬢のくせに!」
「そんな顔、天使令嬢と呼ばれているあなたがしていいのかしら?」
お父様に叱られたあとなのでいつもより軽くなってしまったがスッキリした。
後ろからスカスカ令嬢の喚く声がする。
また『悪魔令嬢』メルリア・フライローズの悪名が高まってしまいそうだ。