5、夜這い
麻布を外し、代わりに戸板をはめ込んだおかげで、入口からの雨の侵入を防ぐことはできたが、葦を葺いた隙間の多い屋根からは絶えず雨水が流れ落ちてくる。それは、まるで天から連なった細く長い針に屋根を貫かれているかのようだ。手当たり次第に器を並べて雨水を受け止めているが、まったく間に合わなかった。床はいずれ腰を下ろすこともできないほどの泥水の溜まり場となるだろう。
須鞘は剣を胸に抱き、じっと嵐が過ぎ去るのを待っていた。びゅうびゅうと風が吹き荒れている。その風がガタガタと大きく家を揺らすため、今にも家が壊れてしまうのではないかと、気が気ではなかった。副王である須鞘の住まいでさえこの有様なのだ。下戸たちの住まいはもっと悲惨な目にあっているに違いない。
だいぶ夜も更けて来たが、おそらくこの嵐の中で眠りにつける者はいないだろう。
(嵐が去ったら、まず被害を把握して対策を練らなくては。住まいを失う者もいるだろうし、怪我を負う者もいるだろう。ああ、それに畑の様子も気になる。穀物庫は無事だろうか)
高床の倉庫は、屋根も床も木材を丁寧に組み合わせ造られている。須鞘の住まいなどとは比べものにならないほど頑丈で、この程度の風ならばびくともしていないはずだ。
女王の館も高床の頑丈な建物だ。そうと信じていればこそ須鞘は、たとえ自分の住まいが風に大きく揺さぶられ、今にも壊れようとしていても安心していられた。
この嵐の中で須鞘が護るべきものは、彼の住まいにはただひとつ。幼い頃に武尊から授けられた鉄剣だけだった。女王を護れ、と授けられたその剣の柄に額を押し付け、じっと息を凝らして外の様子を窺い続ける。
はたして、どのくらいの時が経っただろうか。不意に、戸板を荒々しく叩く音が響いた。ますます雨が強くなったのだろう。――そう思った須鞘だったが、すぐにそれが雨音ではないことに気が付いた。自分の名を呼ぶ声を聞き取って、須鞘は慌てて戸口に駆け寄る。
戸板を外せば、たちまち傍若無人に吹き荒れる風雨に襲われた。目も開けられない。
「須鞘、ここに八潮は来ていないか?」
「えっ、何事ですか?」
眉間に皺を寄せ、懸命に瞼を開こうとしている須鞘を押し退けて覇玖は入口に立ち、住まいの中を素早く見回した。低く声を漏らす。
「来ていないみたいだな。なら、やっぱり女王のところか」
「どういうことですか? 女王がどうかしたのですか?」
女王と聞けば、須鞘は顔色を変えて覇玖を問いただす。須鞘は言いようのない不安感を覚えた。
「須鞘、よく聞け。富彌國の八潮がいない。この嵐だろう? 気になって来賓所まで様子を見に行ってみたんだ。そうしたら、もぬけの殻だった」
「もぬけの殻? では、八潮殿はどちらに行かれたのですか」
「おそらく女王の館だ」
間髪入れずに答えて覇玖は須鞘の腕をがしりと掴む。
「来い! 女王が危険だ!」
掴まれた腕が、ぐっしょりと濡れた。驚いて覇玖を見やれば、彼は甕の水を頭から被ったかのように全身ずぶ濡れだった。髪とは言わず、顎や耳、肘や腕から絶えず流れるように雫が滴っている。
「昼間、日和には忠告しておいた。日和がそれをちゃんと女王に伝えていればいいんだが」
「忠告? それはいったい?」
「鈍いなぁ。夜這いだよっ! 夜這い! 既成事実を作ってしまえば、どんな頑なな女だって、婿を迎えなければならなくなる。王族なら尚更だ!」
「――っ!!」
最後まで聞いていられなかった。須鞘は覇玖の手を払い退けると、外へと飛び出す。とたん、小石を投げつけられるような激しい雨が須鞘を襲った。顔、頭、腕、胸、背中、足。すべてが瞬時に重たく濡れそぼつ。冷たいというよりも、痛いと感じるような大粒の雨だった。
四方八方から吹きつけてくる風に、時には行く手を阻まれ、時には背を押されながら、須鞘は女王の館のある北の内郭へと急いだ。武尊から授かった鉄剣を握り締めて、地を這い、または転げるように。
背後から覇玖の声が追ってくる。追って来るな、追って来てはいけない、と念じながらも彼に振り返り大声を上げてやる余裕が今の須鞘にはなかった。
その頃、女王の館では、嵐の強さがいよいよ増してくる気配に、常には館の周辺を警護している兵士たちに対して帰宅命令が出た。彼らと、彼らが案じている家族への配慮である。
同様の処置が巫女に対しても行われた。年若い巫女たちはそれぞれの住まいに帰され、老巫女と次に年長の二人の巫女だけが細長い部屋に座して控えている。
日和は女王の牀台に腰掛け、灯明皿に灯された炎の揺らめきを見つめていた。牀台は渡来品だ。鳳凰の透かし彫りが施された長方形の台の上に鹿の毛皮が敷き詰められている。
獣油で満たされた灯明皿を膝の上に置き、日和は嵐の唸り声に耳をそばだてた。館の最奥の部屋まで届くその声は、まるで死霊たちの強い怨念を含んだ呻き声のようで、今にも生者を黄泉の国へと連れ去らんばかりだ。
窓がないため、実際、どれほどの木々がしなり、どれほどの家々が押し潰されようとしているのか、日和にはまったく分からなかったが、おそらく翌朝になれば、惨憺たる集落の光景を目のあたりにすることになるだろう。そして、死霊に囚われ、連れ攫われてしまった者たちの報告を聞くことになるのだ。
(須鞘は大丈夫かしら)
気を揉むことはいくらでもある。集落の人々のこと。穀物庫のこと。畑で育ちつつあった作物のこと。唯一の救いは、田植えを急がなかったことだった。この嵐では苗などひとたまりもなく根こそぎ飛ばされてしまっていただろう。
(眠れない)
女王の館が嵐で壊れてしまうということはないが、集落のほとんどの家が崩壊の危機にある。そのことを思えば、日和だけが安穏と眠りにつくわけにはいかなかった。
日和は牀台から立ち上がると、寝室を出る。堆黒の机の前に腰を下ろした。
(住まいを失う恐怖がないのなら、せめて明日に備えて薬学書を読んでいよう。ひとりでも多くの怪我人を救えるように)
書物の紐を解き、机の上に広げる。机の端に置いた灯明皿の炎が書物の文字を橙色に照らした。
その時だ。日和の耳に絹を裂くような悲鳴が届いた。それは一度ならず二度。重みのある何かが壁や床に叩き付けられる鈍い音も響いて聞こえる。
(何?)
日和は灯明皿を手に持つと、辺りを照らしながら立ち上がる。だが、不用意に外に出て行くようなことはせず、入口の御簾に視線を向け、固唾を呑んで辺りの様子を窺った。
呻き声と激しく争う物音。只ならぬ事が起きていることは疑いようにない。
「女王様、お逃げください!」
「女王様!」
「どけっ。邪魔だ!」
「ぎゃぁー」
乱暴に麻布が跳ね上げられる音が響いた。そして、どかどかと床を踏み鳴らす音。それは奥へ奥へと突き進み、日和に向かって近づいてくる。
老巫女たちを押し退けた声は、男のものだった。そして、迫り来る荒々しい足音も男のものだ。日和は、ぐっと体を固くして暗闇に目を見張った。喉を鳴らすことを恐れて呑み込めない唾液が口の中に溜まっていく。
どくどくと胸が警告音を響かせ、跳ね上がるように騒いでいた。握りしめた拳を胸元に押し付け、日和は奥歯を噛みしめる。奥まった部屋に逃げ場などなかった。ただ息を詰めて、恐怖が姿を露わにするのを待つしかない。やがて――。
(来る!)
ひゅっ、と日和の咽が鳴った。ばさりと御簾が跳ね退けられ、日和はこの場にいてはならぬ者と目が合ってしまう。時が止まってしまったかのように、いっさいの身動きを取れなくなった。
「貴方は……。貴方が、なぜ?」
信じられなかった。なぜなら、ここは女王の館だ。女王の館には、許された者しか入ることができないはずであった。女王は彼の入室を許可していない。それなのに、なぜ彼はここにまで入って来てしまったのだろう。
未だかつて、このような暴挙に出た者はいなかった。そのため、日和には彼――八潮が理解できない。
(なぜ。何のために。こんな夜中に。こんな嵐の中。どうして?)
訳が分からず立ち尽くす日和に八潮はぎょろりとした視線を向ける。その大きな眼球は異様なほどギラギラと輝いていて、白眼が闇に浮き上がって見えた。
怖い、と日和は身を縮める。相手は刃物を持っているわけではない、掴みかかってくる様子もない、それなのになぜか日和は、八潮によって自分が害される気がしてならなかった。体が震える。
「お前は女王の弟子巫女だな。女王はその奥の部屋か」
ガラガラと質の悪い銅鐘のような聞き取りにくい声で、まるで怒鳴っているかのように言い放つ。灯明皿の炎に照らされた日和の顔を確認すると、八潮はつまらなそうに日和から視線を外し、さらに奥の部屋へと足を向けた。
――その先は女王の寝室だ!
はっと我に返った日和は八潮の行く手を阻もうと、彼の前に回り込んだ。両腕を大きく広げる。
「ここから先はお通しできません! 無礼にも程があります。女王の寝室ですよ。こんな嵐の夜にどういうつもりですか。お控えください!」
「こんな嵐の夜だからこそ忍んで来られたのだ。邪魔だ、退け! もったいぶって姿さえ見せない女王のすべてを俺が見てやろう。この俺が手に入れてやるのだ。女王も、豊津原も、すべての國々も。誰もが俺に傅くようになるのだ!」
ぐっと腕を掴まれる。痛いと思った時にはすでに日和の体は八潮によって彼の後方へと吹っ飛ばされていた。日和は滑るように床に転がる。濡れた床に体を伏してようやく八潮が全身びしょ濡れであることに気が付いた。彼が濡らした床に、日和もまた濡らされる。
おそらく彼は風雨の中で館に忍び込める機会を窺っていたに違いない。そして、兵士たちが自宅に引き上げ館の警備が手薄になったのを見て、押し入ってきたのだ。
何のために?
――女王を手に入れるためだ!
日和の瞳に、八潮が寝室に続く麻布に手を伸ばす様子が映った。
(だめっ。絶対に駄目! それだけは、やめてっ!!)
――姉上!!
もう駄目だ、どうすることもできないと、絶望を覚悟した時だった。ぎゅっと瞼を閉ざした日和の耳に須鞘の声が聞こえた気がした。いや、違う。気がしたのではない、聞こえたのだ。
けたたましく足音が響いてきて、御簾を払い飛ばす音が鳴り響いた。御簾は須鞘の背後に叩き落ちる。日和は床から体を起こし、須鞘を見上げた。
「須鞘っ!」
「日和! 大丈夫なの!?」
「私は大丈夫だけど、八潮が寝室に!」
さっと須鞘の表情が強張る。ぐっと抜き身の鉄剣をきつく握り締めると、女王の寝室の入口に下がった麻布を睨みつけた。
「分かった。僕が始末をつけてくる」
「相手は他國の王子よ」
「そうだとしても、けして見られてはいけないものだ」
まるで自分自身に言い聞かせるようだった。言って、須鞘は寝室へと飛び込んで行く。
その直後、自分と須鞘以外の者の声が響き、日和は驚いて居室の入口に振り返った。荒く息を乱した覇玖がそこに立っている。
「日和!」
「覇玖、どうしてここに!?」
「日和、無事か? 女王は? 八潮は? 須鞘はどうした?」
答えようと薄く口を開いた。だが、日和が言葉を発するよりも早く、鈍い音が響き渡る。
湿った音。それはまるで、ぱんぱんに水で満たした皮袋を鋭い刃物で切り裂いたような音だった。続いて、重みのある何かが床に打ち倒れる音が響き、覇玖が瞳を見開く。
「いったい須鞘は何をしているんだ。まさかっ」
「駄目よ! 行っては駄目!!」
日和は瞬時に、寝室に駆け込もうとする覇玖の腕を両手で掴んでしがみ付いた。
だが、止められない。覇玖は腕に日和をぶら下げながら、寝室の入口に下がった麻布をめくり上げてしまった。
「須鞘……?」
暗闇の中、何者かが立ち尽くし、何者かが床に討ち倒れていることが分かった。覇玖が恐る恐る寝室の中に足を踏み入れると、ぬるりと生暖かく濡れたものが彼の素足に触れる。むっと籠もった臭い。胸を焼くような不快感。
「お前、いったい何をしたんだ……」
何をと聞きながら、覇玖は既に理解しているようだった。声が震えている。灯明皿に炎を灯し、淡い光を須鞘に向けた。
炎は、鉄剣を握り締め、感情のない表情を浮かべて立ち尽くす須鞘の姿を照らし出す。彼の足下にはぐったりと力なくうつ伏せに倒れた八潮がいて、その首元は、ぱっくりと大きく割れていた。どくどくと、割れ目から絶えず血が溢れ出ていて、床に大きな血だまりをつくっている。
「須鞘……」
再び覇玖が声を掛けると、須鞘はゆっくりと振り返って、鉛のように冷たく沈んだ瞳で覇玖を射ぬく。
「兄上、なぜこんなところまで追って来てしまったんですか? 自分の住まいに戻るべきでした。でなければ、せめて館の中には入るべきではありませんでした。女王の館は許された者以外、立ち入り禁止だと何度も教えたはずです。なぜ許可なく入って来てしまったんですか?」
須鞘は血に濡れた鉄剣を、かちゃりと持ち直して、その剣先を覇玖の首元に向けた。
「兄上も、八潮殿と同じですね」
「……っ!!」
日和は息を呑んだ。須鞘は覇玖を殺す気だ。おそらく須鞘は女王のためなら僅かな躊躇いもなく覇玖に切りかかるだろう。そして、武器を持たない覇玖には須鞘の剣を防ぐ手立てがない。
日和は眩暈を覚えた。血だまりに沈む八潮を見つめながら、その姿に、首を切られて倒れる覇玖の姿を重ね合せる。覇玖が死ぬ。覇玖を失う。よりにもよって須鞘が覇玖を殺すのだと思うと、日和は全身の血が一気に下がる思いがした。
「須鞘、やめて……」
「なぜ? この寝室を見られてしまったんだよ? 見られてしまったからには殺さないと。彼のように」
「覇玖は八潮とは違う。須鞘の血の繋がった兄でしょ」
「でも、女王とは他人だ」
「武尊の息子よ。武尊から女王への贈り物だわ。武尊の贈り物が役に立たなかったことはないと言っていたのは須鞘じゃないの。まだ何の役に立つのか分からないものを、須鞘が勝手に処分してしまってもいいの!?」
なぜこんなにも必死に覇玖を庇っているのか、日和自身にも分からなかった。須鞘の言う通り、見られてはならないものを見られたのだ。八潮のように覇玖も切り捨てるべきだった。そうやって今までずっと日和と須鞘はお互いにお互いだけを信じて、この女王の寝室を守ってきた。それなのに!
日和は血だまりを踏みつけて須鞘に歩み寄ると、彼の鉄剣を、それを握る手ごと自分の両手で覆うように押さえつける。
「女王のためになると思って武尊が覇玖を送ってくれたのなら、こうなることは武尊の予測範囲内のことなのよ」
「……」
「ねぇ、須鞘。そうでしょ? 武尊は無駄なことをしない人よ」
「仮にそうだとしたら、覇玖兄上を生かした後にどういう事態になるのかも、父王は予測していたということだよね?」
「どういう事態?」
「日和と僕が必死に隠してきたことを覇玖兄上に打ち明けなければならないっていうことだよ」
日和は思わず言葉を失った。だが、須鞘の言うことはもっともだった。覇玖を殺さないということは、彼の口を彼の意思で塞いで貰わなければならないということであり、そのためには彼に理解して貰う必要があるということだった。
日和は無言で寝室の惨状をぐるりと見渡す。
血だまりに沈む死体。
その傍らに剣を手にした須鞘。そして、日和。
天上や壁に夥しい赤い血が飛び散っている。女王が横になるのであろう牀台も赤で汚れていた。
この寝室で起きたことは一目瞭然だ。富彌國の使者であり、王の息子である八潮を、須鞘が殺した。――だが、須鞘と日和が隠したがっていることは、明らかにそれではない。それが何であるのか、空の牀台を見れば察することができるだろう。
日和は覇玖を振り返った。何か言って貰いたかったからだ。
何か。――覇玖を助ける理由になる何かを。
日和の想いが通じたのか、覇玖は空の牀台を見つめながら口を開いた。
「許可なく館の中に入ったことは謝るよ。悪かった。それを理由に殺されても仕方がないと思う。けど、さっきから須鞘と日和の話を聞いていれば、なんて言うか……、ずっと二人だけで、この誰もいない寝室を守ってきたわけだろう? すっげぇ大変だったんだろなって思う。なんで女王がこの寝室にいないのか、納得できる理由を聞きたい気持ちはあるけど、そんなことよりもまず、俺は須鞘の兄貴だぜ? そんでもって、俺は日和が好きだ。もっと頼ってくれたっていいじゃないか! 俺って、そんなに頼りにならないか? 豊津原に来て七日も経つんだぞ。なんでもっと早くに打ち明けてくれなかったんだ! 水臭いじゃないかっ!!」
途中から怒鳴り始めた覇玖に日和は瞳を瞬く。さりげなく想いを告げられたような気がする。須鞘も少々面食らい、剣を握る手から力が抜けたようだった。
「兄上、ご自分の立場をもっとよく理解してください」
「いいんや、俺はすっげぇ理解している。これ以上にないくらいに分かっている。その上で敢えて言おう。俺は日和が好きだ。巫女であることをやめて貰いたいくらいに好きだ。ぶっちゃけ俺の妻にしたい。須鞘も大事な弟だ。兄弟の中で一番信頼している。二人のためなら命も懸けられると俺は思っているわけで、今ここで俺が死ぬことが二人のためになるというのなら仕方がない、死んでやろうっていう気持ちだ。だけど、それって二人が俺を信用できないってことだろ? むちゃくちゃ悲しいんだけど! だから、よし、こうしよう。今から腹を割って話そうじゃないか。俺だって二人の力になりたいんだ。だいたい、豊津原での生活は暇過ぎる。日和が用意してくれた仕事は、こう地味過ぎてさ。武器庫の剣を研いでおけだの、矛の数を数えろだの。面倒臭い。本当に面倒臭い。俺でなくともできるじゃねぇーか」
当たり前だ。誰にでもできるような仕事をわざわざ選んで用意したからだ。
覇玖はずかずかと歩み寄ってくると、須鞘の首根っこを掴み、もう一方の手で日和の腕を掴む。そして、二人が呆気に取られているうちに血だらけの寝室から引っ張り出すと、居室の茣蓙の上に二人を放った。
澄んだ空気が肺の中を流れ込んでくる。寝室を出ただけで淀んでいた頭が晴れていくようだった。
「ここは俺でなければ駄目なところじゃねぇ? なぜなら俺以上に信頼における男が他にいないからだ。外は嵐。盗み聞きをする者もいない。絶好の打ち明け時じゃないか。さあ、聞かせてくれ」
自らも床に胡坐を掻いて座り、どんどんと床を叩く覇玖に、日和と須鞘は顔を見合わせる。
何やらすっかり調子が狂わされてしまった。