2、予期せぬ贈り物
――どうしてくれようか。
思いがけない贈り物が直に届くとの知らせに、日和は眉を潜めて腕を組んだ。
ふと見やれば、須鞘もまったく同じ表情で同じように腕を組んでいて、まるで銅鏡を見ているみたいだと、ついつい可笑しくなってしまう。
こうして二人で膝を突き合わせて座り、己をさらけ出すことができるのは、限られた場所だけだった。北の内郭に建てられた、ひときわ高い建物。その最奥の薄暗い部屋で二人は息を凝らし、お互いの次の言葉を待つ。
部屋には窓が無い。麻布で仕切られた部屋の入口から僅かな明かりが射し込んでくる他、この部屋の出入りを許されるものは日和と須鞘の二人だけだった。外界の音すら聞えない。
長い沈黙の末、堪えかねたように日和が身じろいだ。
「穴でも掘ろうか」
「掘ってどうするの?」
「落ちてくれれば、儲けものでしょ?」
「贈り物なんか届いていないって、しらを切るつもり?」
「そうそう。途中で事故に遭ってしまったら仕方がないわよね。ほら、よくあるでしょ? 賊に盗られたとか、川で水没したとか」
「それは荷が荷だけに難しいかもね。それに、途中で失われたと聞けば、父王は再び送り付けてきそうだよ。父王には僕の他に何人もの息子がいるのだから」
「そうなのよねぇ……。あーもぉー、どうしよう」
日和は贈り主である須鞘の父親の顔を思い浮かべ、両手を床に着いて項垂れた。
須鞘の父は、投馬國の王、武尊だ。投馬國と言えば、その集落の内に五万を超す家族が住む大國である。集落は二重の環壕で守られ、敵を見張ると同時に権威の象徴でもある物見櫓が四方に建てられている。
日和は須鞘と共に、武尊の庇護のもと投馬の集落で幼少期を過ごした。十二歳になって投馬の集落を出た後も、武尊が自ら土地を選び拓いた豊津原の集落で暮らしている。
日和にとっても武尊は後見人であり、実の父親にも等しい存在だった。疎かには扱えない。故に、途轍もなく厄介な相手なのである。
「父王の贈り物に意味が無かったことなんて今までに一度もないよ。今回だって、きっと」
「きっと?」
「渡来の丈夫な苗や鉄農具を贈られた時は、大喜びしたよね。漢国の学者が送り付けられてきた時は、最初、父王を疑ったけれど、文字を習って、その価値が分かったら父王に感謝したでしょう?」
「それは漢国の薬学書や天文書を自分で読めるようになったからよ」
「それら渡来の書物を贈ってくれたのも父王だよ」
「分かってる。いつだって武尊には感謝しているわ」
「だから僕が言いたいのはね、今回の贈り物も何かの役に立つかもしれないということだよ」
「どうだか」
日和は両腕を広げ肩を竦めた。そして思い至ったように、すっと流れる動作で立ち上がり、須鞘に背を向ける。ここで二人がああだこうだ言っている間にも、武尊からの贈り物は着実に二人のもとに運ばれて来ていた。
背後で須鞘も腰を上げる気配を感じながら日和は部屋の入口の麻布をめくる。部屋の外は更に別の部屋になっていた。奥の部屋が寝室で、手前のこちらの部屋は居室だ。
居室の中央には武尊からの贈り物である渡来の座卓が置かれ、その存在感を主張している。それを横目に居室を突っ切り、葦で編まれた御簾をめくり上げて居室を抜ければ、がらんと広い長方形の部屋に出た。
この長方形の部屋は館の入口から数えて二つ目の部屋であり、ここまで入ることを許されている者はごく限られている。日和と須鞘、そして、武尊。――女王に許された少数の者だけだった。
長方形の部屋と次の部屋を仕切る麻布の前で、はたと日和は歩みを止める。すると、すぐに須鞘が追い付いて来て、何も言わずに日和を抜き前に立った。
須鞘が麻布をめくり上げると、その外は細長い部屋で、両脇に一人ずつ等間隔に女たちが胡坐を掻いて座っている。彼女たちは須鞘が前を通り掛かると、床に額をつけるように深く頭を下げ、須鞘が彼女たちの前から完全に過ぎ去ると、ゆっくりと上体を起こした。
皆、麻裳を穿き、大袖衣の上に貫頭衣を被り、木綿の腰紐を締めている。豊津原における巫女の装いだ。
十二人の巫女たちの前を抜けて須鞘は戸口に向かった。日和も須鞘の後に続いて巫女たちの前を抜けようとしたが、不意に言い知れぬ違和感が胸を過ぎって、ピタリと足を止める。
日和は数歩戻って、ひとりの巫女の前に立った。
「見ない顔ね。懐に何か隠しているでしょう。出しなさい」
「何も持っておりません」
「持っているはずよ。輝くのが見えたもの」
日和が上から睨みつけると、その巫女は顔を伏せ、胸元を両手で押さえる仕草をした。
艶やかな黒髪に、小麦色の肌をした年若い巫女だ。いや、おそらく巫女ではない。日和は女の袖から覗いた腕に切り傷を見つけて、彼女が巫女ではないことを確信した。醜く引き攣ったそれは、どう見ても剣で負った傷である。
「どうしたの?」
木戸に手を掛けようとしていた須鞘が怪訝顔で日和の隣に戻って来た。
――と、その時。黒々とした前髪の奥で女の表情が醜く歪む。女は床を蹴るように立ち上がり、まるで鹿が野を駆けるように館の奥へ走り出した。
「捕まえて!」
仕切りの麻布が跳ね飛ばされる。葦の御簾に女の右手が伸ばされる。だが、女の手は御簾を爪先で掠っただけで大きく空を掻いた。
金属が擦れ合う音が響き、須鞘が払った鞘が床に鈍く落ちると共に、刃の煌めきが正確な弧を描いて散る。
どさり、と女の体が崩れ落ちると、その胸元から鈍い音を立てて小剣が転がり出た。背傷を負った女は慌てて赤く濡れた手でそれを拾おうと床を這い大きくもがいたが、須鞘の動きの方が早い。須鞘は女を退け、小剣を拾い上げた。
「あっ、待って。 駄目よ!」
「うぐっ」
小剣を奪われ、己の失敗を悟った女の奥歯がガチリと嫌な音を響かせる。須鞘が女の傍らに膝を着き、その口を無理やり開けさせようとしたが、既に遅った。だらだらと女の口から鮮血が溢れ出る。舌を噛み切ったのだ。
左右に頭を振りながら女を床に寝かせた須鞘が、拾った小剣を手に日和のもとに戻ってくる。
「ごめん、死なせてしまった。でも、これは耶羅國で造られた小剣だよ」
「……そのようですね」
ちらりと女の躯を一瞥して丁寧な口調で須鞘に応える。
「近頃、特に多くなったよね。何か焦っているのかな。十分に気を付けて」
「はい。皆にも気を引き締めるよう命じます」
差し出された小剣を受け取り、あちらこちらひっくり返し眺める。質の良い鉄で造られた小剣は、須鞘の言う通り、耶羅國で造られたものに違いなかった。となれば、女の正体は容易く分かる。あの者から送られた刺客だ。日和たちが仕える女王を暗殺するために、このようなところまで潜り込んで来たのだろう。
日和は傍らで腰を抜かしている巫女のひとりに声を掛け、正気に戻させると、小剣を預ける。生臭さが充満し始めた部屋から逃げるように須鞘と共に館から外に出ようとすれば、干からびた古木のような老巫女が駆け寄って来て、日和の貫頭衣の裾を掴んだ。
「日和や、日和や、大事ないかぇ?」
「私は大丈夫よ。オババこそ怪我はなかった?」
「このような奥にまで刺客を入らせてしまうなど、オババの落ち度じゃ。女王様に何とお詫びすればいいのじゃ」
骨と皮しかないような両腕でしがみついてくる老巫女の背中を優しく叩き、自分から離れさせると、日和は小さく微笑む。
「大丈夫よ、女王様もご無事だから」
「オババ、悪いんだけど、ここの片付けを頼むよ」
「須鞘様もお怪我はありませぬか?」
「うん、大丈夫だよ」
須鞘は老巫女に応えて木戸を押し開いた。
木戸の外はすぐに下へ降りる階となっている。この館が高床の建物であるためだ。穀物を保管する倉庫のように高く床を上げ、屋根を幾つも入り組ませて建てられていた。
「須鞘様」
須鞘が階を下りると、それを見計らっていたかのように矛を手にした青年が駆け寄って来る。
「何事ですか。騒がしかったようですが」
「いつものお客さまが来ていたんだよ。もう片付いたから大丈夫」
「お客さまとおっしゃいますと……?」
「鈍いなぁ、旭木は。例のあの人からの刺客だよ」
「なっ、なんですと!? 申し訳ございません! 我々が至らないばかりにそのような者の侵入を許してしまいました!」
「そうだね。皆、本当によくやってくれているんだけど、女王に何かあっては大変だから、もっと気を付けなきゃいけないよね」
にこやかに答える須鞘に生真面目な旭木は青ざめ、地面に両手を着いて伏した。
「申し訳ありませんっ!! 以後このようなことはけして!」
「うん、二度とないと良いな。それで? 何か僕に用があったんじゃないの?」
「あっ、はい。投馬の使者が到着しております」
「え、もう来たの?」
「須鞘様の許しがなくては集落に入れることができず、門の外に待たせております」
「許可を出すから急いで南の内郭に案内して。――あ、待って。やっぱり僕が出迎えるよ」
「須鞘様みずから使者を出迎えるのですか?」
「使者が使者だけにそうした方が良いと思うんだ。それに僕が女王の館で籠っている間にずいぶんと待たせてしまったのではないかな」
須鞘は言い捨てるようにして足早に北の内郭を出ていく。日和も須鞘の後を追って内郭を囲む城柵の外へと出ると、集落の南に設けられた正門に向かった。
正門は常に矛と盾を手にした男たちに守られている。彼らは自分たちの方へと急ぎやって来る須鞘の姿を認めると、矛で一度だけ地面を突いて礼の姿勢を取った。須鞘も彼らに視線を送り、労う。そして、門の外で待ちくたびれている一行を見つけると、慌てて駆け寄った。
「兄上! 覇玖兄上がいらしたんですね。お久しぶりです」
地べたに座り込み、うとうとと舟をこいでいた青年が須鞘の声に、はっと我に返って跳ね起きる。その尻を槍先で突かれたような動きに、須鞘の後を追ってきた日和は思わず笑ってしまった。
すると、青年の明るい瞳が日和を捉え、まるで悪戯を見つけられた子供のように、にかりと白い歯を見せて笑いかけてくる。
「お前、日和だろ。ひと目で分かったぞ。久しぶりだな!」
「えっ」
「須鞘、出迎えが遅いじゃないか。お前のせいで日和に笑われた。日和、ずっと会いたいと思っていたんだ。また会えて嬉しい」
「また?」
日和は首を傾げて、青年――覇玖を見つめ返す。覇玖は日和を知っているかのような態度だが、日和にはまったく覚えが無かった。会ったことなどないはずだ。
「兄上、日和は巫女です。からかわないでください」
「俺はべつにからかってなんかいないぞ。本当に会いたかったんだ」
「日和には身に覚えがないようですが」
「えっ、まさか?! ……そうなのか?」
がばりと全身で振り返ってきた覇玖に日和は、こくこくと素直に頷く。本当にさっぱり覚えがない。
すると、覇玖は絶望に顔を蒼白とし、その場で膝を折ると、頭を抱えて地面に伏した。
「うおおお。本当かよぉーっ。ありえねぇーっ!! 俺のこの熱い想いをいったいどうすればいいと言うんだーっ!!」
(どう、って……)
日和の方こそ、勝手に懐かしがられ、勝手に騒がれ、勝手に打ち拉がれている彼をどうすればいいと言うのだ。
助けを求めて須鞘を見やれば、須鞘も両腕を広げ肩を竦めていた。
そんな彼――覇玖は武尊の息子で、須鞘の異母兄だ。父親の生き写しだと言われる須鞘とは少しも似たところがないが、なるほど確かに覇玖も武尊の息子のようだ。武尊を彷彿とさせる底抜けの明るさと存在感を持っている。
美男子ではないが、ついつい目を惹かれてしまうのは、言動が騒がしいからではないはずだ。はっきりと墨を引いたような眉に、ぐっと引き結ばれた唇。人好きのする顔立ちである上に、何とも気さくな雰囲気を全身に纏わせている。
地面を両手で、バシバシと叩き続ける兄を哀れに思い、須鞘は呆れ気味に日和に振り返った。
「日和、本当に兄上と会ったことないの? 兄上はひと目で日和が分かったみたいだけど」
「ありません。本当に、まったく。一瞬もお会いしたことなどございません。たとえ会っていたとしても微塵も覚えていません」
「そっか。それならきっと兄上の一方的な『知り合い』だったのだろうね。――ええっと、兄上?」
須鞘は覇玖の腕を掴んで、地面から立ち上がらせる。
「日和は女王に仕える巫女です。女王が投馬の神殿で暮らしていた頃、彼女も一緒に神殿で暮らしていましたが、兄上は神殿のある北の内郭には近付けなかったではありませんか。会ったと仰せですけど、一瞬擦れ違っただけなのでは?」
「違う。ちゃんと会って話もした。――もういい。俺が今、何をどう言っても日和が覚えていないんだもんな」
覇玖はふて腐れたように日和に背を向けた。その陽に焼けた背中を日和は何とは無しに見つめる。横幅衣を腰に巻いただけの覇玖の体には、鷹を模した刺青が施されていて、鷹は覇玖の背中で大きく羽ばたき、今にも獲物を捕らえんと鋭い爪を光らせていた。
(この刺青、どこかで……)
ぼんやりと見覚えがあるような気がした。だけど、本当に見たことがあるのだろうか。過去に会ったことがあると覇玖が強く言うので、そのような気がしただけなのではないだろうか。
曖昧な記憶を手繰り寄せようとしていると、不意に妙な胸騒ぎを覚え、日和は胸元を抑えた。
どうしたというのだろうか、ひどく息苦しい。
(いったい……)
気持ちを落ち着かせようと、深く息を吸おうとした、その時。
――お前など生まれて来なければ良いものを。
日和の頭の中で女の声が響いた。硝子のように澄んだ美声だが、それは、はっきりとした憎悪と呪いの言葉だ。
――お前が憎い。お前など死んでしまえ。
――死ね! 生まれてきたことを後悔しながら、苦しみ、悶え、死ぬがいい!!
ぞくりと悪寒が全身を駆け巡り、日和は両腕で自身を抱き締め身震いする。
(怖い)
どす黒い感情が大きな渦となって足元から、いや、地面よりもずっとずっと下の方から迫り来ていた。
身に覚えのない恨みと憎しみ。隠そうともしない敵意と溢れんばかりの殺意。逃げ場など、どこにもない。暴力的な黒が、日和の誰にも犯されたくない心の聖域に容赦なく侵略して来て、何度も、何度も、二度と綺麗な白には戻れないように、汚らしい色を塗りたくってくる。
娼嫉。
唾棄。
厭忌。
そうやって追い詰められた日和は、あっという間に巨大な黒い渦に呑み込まれてしまったかのように思えた。
(――っ!!)
はっと日和は我に返る。大きく肩を揺らし、肺に空気を送り込んだ。もはやそこに女の声も黒い渦も何も無い。いやな汗だけが日和の額にじっとりと浮き出ていた。
(今のは、何? ……幻影?)
言い様にない不安に襲われながらも、黒い渦に呑み込まれなかったことに安堵する。
再び恐ろしい幻影に捕らわれないようにと、日和はドキドキと騒ぐ胸を押さえつけながら覇玖と須鞘のやり取りに意識を集中させた。
彼ら兄弟は軽く肩を叩き合い、数年ぶりの再会を喜び合っている。日和の異変など微塵も気付いていない、なんとも呑気な会話だ。
「元気そうじゃないか、須鞘。少しばかり背が高くなったか?」
「かなり高くなったつもりです。兄上もお元気そうで何よりです。父王はお変わりないですか?」
「ああ、相変わらずいけ好かないぞ。お前の姉君はどうだ? 一応、聞いておいてやるが、元気なのか?」
「ええ、まあ。女王も変わらずです」
「そうか。……ああ、そうだ! 女王と言えば」
思い出したかのように覇玖は指先を擦り合わせて弾き、ぱちんっと軽い音を立てた。従者に指示して荷物の中から木箱を出させる。それは片手でも持てるほどの大きさの、何の変哲もない木箱だった。やけに軽そうに見える。
「親父殿から預かってきた。女王への贈り物なんだとさ」
「え……」
須鞘は思わず兄の顔を凝視した。日和も覇玖と木箱、そして須鞘へと視線を移らせる。
武尊から女王への贈り物。それがいったい何であるか、事前にやって来た使者から聞いていた二人は、それが木箱に収まるような小さなものではないことを知っていた。しかし、どうやら覇玖は何も知らされずに豊津原にやって来たらしい。
須鞘は戸惑いながら木箱を受け取った。木箱は、手に取ってみると見ため通りに軽い。左右に振れば、カラカラと妙な音が響いた。いったい何が入っているのだろうか。
須鞘が木箱の蓋を開けようとすると、すかさず覇玖が非難の声を上げた。
「おい! それは女王への贈り物だぞ。なぜお前が開けてしまうんだ」
奪い返そうと伸びてくる覇玖の手から逃れながら須鞘は蓋を開ける。木箱の中はたったひとつ、木片が入っているだけだった。
覇玖の瞳が大きく見開かれ、大げさ過ぎるほどの驚愕を顕わにして悪態をつく。
「げっ……。やけに軽すぎると思ったんだ。なんだよ、その木片は。まさか俺はそんな木片ひとつのために五日もかけて舟で川を下ってきたのか? よほど大切な木片なんだろうな。でなければ、俺のこの苦労はいったい何なのだ! あの親父、ぶん殴る!!」
「物騒なことをおっしゃるのはやめてください。ええっと、文字が書いてあるようです」
「親父殿から女王への文か? なんて書いてあるんだ? 俺はさ、『火』とか『水』とか簡単な文字しか読めないんだよ。――よし、須鞘に親父殿から女王への文を読む栄誉を与えてやる。早く読め、早く!!」
「はいはい、今読みます。読みますって」
三つも年上だというのにまるで幼子のように落ち着きのない兄に苦笑を浮かべながら須鞘は木片に刻まれた文章を読み上げた。
「ええっと……、『確かに届けた』と書いてあります」
「は? 何を?」
覇玖は読めもしない文字を確認しようと、須鞘から木片をひったくる。
「書いてあるのはそれだけなのか? 本当に? 嘘をつくと、ひどいからな」
「こんなことで嘘をつく理由がありません」
「……んなら、贈り物は?」
「贈り物は……」
須鞘は押し黙る。須鞘は、そして、日和も木片に刻まれた短文に深く納得してしまっていた。心のどこかで、まさかとは思っていたのだが、武尊は本当に送りつけてきたのだ。
須鞘は利き手で門の方を指し示し、覇玖を集落の内へと促す。
「兄上の住まいをご用意します。とりあえず南の内郭に案内しますので、いらしてください」
「は? 住まい? なんで? 俺は女王に贈り物を届けたらすぐに投馬に帰る予定だぞ。住まいなんて用意する必要はない」
「兄上は帰れません」
「はぁ~?」
ぴしゃりと言い放って須鞘は覇玖の手から木片を抜き取ると、それを木箱と共に日和に差し出す。日和は自身の目でも木片の文章を確認し、小さく息を吐いた。そして、覇玖をまっすぐに見据える。
「投馬國王から女王様への贈り物は、覇玖様ご自身だからです」