夕涼み
BL要素は少なめですがお題投稿時にBLと表記したのでそちらの表記に倣ってBLとしました。ちょっと濃い友情くらいに思っていただければ幸いです。
蜩の鳴き声が木霊する。
夕暮れ時のひんやりした風が肌を撫でた。
涼しげな音色が響く。
気がついたら、僕は風鈴の音に誘われて、縁側に出ていた。
其処には彼が先に座っている。
「彩歌。」
「…蒼詩。どうしたの、こんなところで。」
「少し、涼んでたんだよ。」
ふわりと風が吹き、蒼詩の髪が靡く。僕は彼の隣に座り、彼と景色を眺めた。
「彩歌。」
「何?」
「今日で、最後だね。」
「え、あ、うん。」
そう。そうだ。蒼詩は明日、東京に帰るって言っていた。
蒼詩は中学三年生で、もう受験生だ。本当ならこんなところに居るべきじゃない。
なのに蒼詩は僕に会いにこの田舎にまで来てくれた。
嬉しかった。一つ違いだったけど、勉強もスポーツも出来た蒼詩は僕の憧れだったから。
「もう帰っちゃうんだね…。寂しいな。」
「しょうがないでしょ?俺受験生なんだから。」
「むー。」
「むーじゃない。ふふ、彩歌は本当に俺が好きだね。」
「そうだよ。僕は蒼詩が大好きなんだ。小さい頃は本気でお嫁になろうと思ってたもん。」
「ははっ!それは、とんでもなく幼い幼妻になるね。」
蒼詩はたまに僕には分からない言葉を使う。幼妻ってなんだろう?
「あーあ。夏休みが終わんなきゃいいのにな。僕勉強嫌いだし、夏休みにならないと蒼詩こっちに来ないし。」
「冬休みも来てるよ?」
「でも夏休みの方がいっぱい遊べるよ。」
「まあね。でも、夏じゃ雪で遊べないでしょ。」
それもそうだ。冬になればかまくらが作れるから。冬休みも捨てたもんじゃない。
でも、やっぱり一緒の時間は長い方がいい。
だから、僕は思ったんだ。この時間が永遠になればいいのに、と。
「それに、ずっと夏休みなんてつまらないよ。夏休みはその前に学校があるからいいんじゃないか。」
「えぇー。そんな事無いよー。」
「そんな事あるの。ステーキだって、偶に食べるから美味しいなって思えるんだよ。毎日ステーキじゃ、彩歌だって飽きるでしょ?」
「ん…確かに、飽きる。」
「だよね。だから、毎日のご飯は違うんだよ。それは時間も同じ。昨日と今日は全然違う。雲の形も、川の流れも、ね。」
蒼詩の言う事は納得できた。
今日が楽しいと思えるのは、昨日とは違う時間の過ごし方だから。
毎日が同じじゃ、つまらない。
「そっか…。なるほど…。」
チリン、
風鈴の音が響く。
夏の夕暮れに涼を添えてくれる。夕涼みにはぴったりの添え物だ。
「さて。そろそろ戻らないと、紅詩が乗り込んでくる。」
紅詩。蒼詩の双子の兄…らしい。
双子だから、兄とか弟とかは関係ないんだろうけど。
僕は紅詩のこと、嫌いじゃない。ぶっきらぼうで無口だけど、僕には優しいから。
「そういえば、紅詩は今日、どうしたの?」
「はしゃぎ過ぎて風邪引いたんだ。お婆ちゃん家で寝てるよ。お前に会えなくて拗ねてた。」
「そっか…。」
「もしかしたら…紅詩は今日帰っちゃうかもしれないな。此処夜間病院無いから。」
「会いに行った方がいいかな?てか僕が二人の所にお泊まりするよ?」
少し、残念になった。
紅詩とは昨日会って話して遊んだだけだから。
それじゃあまりに寂しい感じがして、ついこんな提案をしてしまったのだ。
「いや、あいつも風邪をうつしたくないだろうし、止めた方がいいよ。何か伝えたい事があるなら俺が伝えとくから。」
「そう?じゃあ、お大事にって、言っておいて。」
「わかった。」
蒼詩が縁側から家の中に戻って、僕もそれに続く。
僕は一度、縁側から暮れゆく空を見上げた。
日が沈む。そうすれば夜が来て、今日が終わる。
そう、終わる。終わってしまう。
僕と蒼詩の、最後の時間が。
明日、今日が来ればいいのに、と漠然と考える。
“ずっと夏休みなんてつまらない”なんてことは無い。今日を忘れれば、今日を繰り返しても楽しい。
全部忘れれば、昨日今日明日明後日明々後日が同じでも、楽しいんだ。
だから、想像してみた。永遠の夏休みって、どんな感じなのか。
何度も繰り返す夕焼け。
その日の空も、綺麗な夕焼け空なんだ。朝も夜も来ない、永遠の夕方。
夜が来ても、次気がついたら、その時は綺麗な夕日と涼しい風、小さな風鈴の音に、彼の姿。
そして、今日と同じように夕涼みをする。他愛ない会話を繰り返して、紅詩の心配をして…。
凄く、幸せ。
だけど、そんなの無理だって、ちゃんと分かってる。
そんなの、自分の心の世界でなきゃ、妄想の世界でなきゃ出来ない。
分かってるから、こんな事は忘れよう。
「彩歌?俺帰るからね?」
「あ、ごめん蒼詩。気をつけてね。」
「――ばいばい、彩歌。」
++++++++++++++++++++++++++
夢を見た。
怖いぐらいに赤い夕焼けが照らす花畑。
黒い人達と、白い長方形の箱。
僕はただそれを眺めていた。
『く…まが…から…らく…。』
『ほぼ…し…らしい…。』
『かわ…に…ま…だっ…に…っ!!』
ノイズがかかった様にはっきりしない言葉。よく分からないけど、何かを悲しんでるように感じた。
とても、聞き覚えがある言葉で、僕にも関係がある言葉。
『彩歌。』
『…。』
ノイズの中から聞こえた、蒼詩に似た声。でも蒼詩でない誰かの声。
…君は…誰?
僕は、黒く塗りつぶされる意識の中で、蒼詩に似た誰かを見た気がした。
蜩の鳴き声が木霊する。
夕暮れ時のひんやりした風が肌を撫でた。
涼しげな音色が響く。
気がついたら、僕は風鈴の音に誘われて、縁側に出ていた。
其処には彼が先に座っている。
「彩歌。」
「…蒼詩。どうしたの、こんなところで。」
「少し、涼んでたんだよ。」
ふわりと風が吹き、蒼詩の髪が靡く。僕は彼の隣に座り、彼と景色を眺めた。