開始への余韻
事態の悪化で緊迫する教室内で木崎と俺ぐらいだろう。動揺を露とし判断に迷っている素振りを見せ押し付けの行いに勤しんでいるクラスの連中。
話を要約するに今は校長の指示に従うしかない。それが思案出来る唯一の無難な判断なのだから。
だから、俺を尋ねてきた木崎が何を言おうとしたのか理解した。
『十……』
着々と進行しようとする数字に俺は焦燥を感じながら、何だと返事をする。
「幸多、島津、これがどういった事態なのか解らない以上、従うしか無い。冗談は抜きで手上げるぞ」
微妙に冷めた低音な口調で木崎は促してきた。俺は妙にそわそわしている島津へ目線を配り、頷きあった。
思考が端的になる。これは絶望からなのか、愉快なだけなのか微妙だが。
俺は『八』の数字が言葉となる前に片手を高らかに露見させた。途端に静寂するスピーカーからの音声は数瞬の間をあけて再び振動する。
『おやおや……人数がオーバーしてしまいましたね』
要求した以上の事が起こったので眺め回す様にそんな抜けた声が辺りを沈黙させて俺はそれらを見回した。
群れを成していた連中の中に一つと教室の後ろ側の扉に立っていた生徒が一つ。見知った女子の存在に驚くも別に焦りはしない。
(九条さん……)
俺は木崎へと目線を向かわせる。
『……ええ、誰か譲るという寛大な方は居られませんか?』
そんな疑問符に視線が再びスピーカーの方へと逆戻りし、呆れ混じりなその声に微妙ながら危機感を覚えた。
「焦るな、俺が下ろす……」
「いやっ俺が降ろすっ!?」
どのような懸念があってか自己主張で率先する木崎の言葉に重ねて島津の手が降下した。
『また数を……ああ、決まりましたね。それでは準備お願いします』
最後の一文は俺達に向けられていない彼方に向けられた言葉だった。
(何が起こるってんだ)
木崎や島津、群れを一瞥し九条さんを見た。挙動不審な行為な最中に俺は彼女の切なげ表情を垣間見る。
「え?」
そんな腑抜けた疑問符が言葉として漏れた途端に視界に映る光景が一変する。
歪むことさへなく、変異を感じさせることもなく視野に映えた窓ガラスの光明が暗幕に遮られたかの様に辺りは暗い。
教室で群れていた連中も今は霧散し、居ない。
誰一人として居ない古びれた教室の中心に俺は佇んでいた。




