偽装のテスト日
疾走し汗を浮かべた先に遅刻した。と言っても微妙な一、二分程度で内外へと蒸発した汗が頭を冷ましていくのを感じ取れた。
柔道部としての練習がここにきて実をつけ花を咲かせたかの様な喜びが俺を包む。
事実、家から学校まで通勤時間は十分。出始めに襲った焦燥感に弛緩を余儀なくされると思ったが道中の信号が味方してくれた。
俺の走行にまるで意を唱えなかったのだ。日差しが強くとも空気の冷たさが肌を包む冬の余韻を残した春が信号に気紛れを起こさせたのだろうと想像する。
しかし、校内へと侵入出来たからといって胸を撫で下ろしていたのでは滑稽そのものだ。
誰かに嘲笑されるのを免れる為と俺は教室が垣間見える廊下まで駆けた。
風が俺を制止させようと同時に冷静さを取り戻せと体温を下げてくる。駄目だ、止まってはいけないのだ。
テストが始まっているせいなのか馳せた階段や廊下は極度の静けさに包まれ焦りを促進させる。
肩に掛けた鞄が重荷となる事は無くそれからは一瞬だった。脚は蝸牛の神経に心酔することなく教室前まで平穏無事に活動してくれた。
その反面、肺の活発な運動が喉を乾燥させ食物を納付しなかった胃が怒りに体内を苛めている。
「ああ……ぜぇ、こりゃ微妙止まりで済みそうに、ぜぇ、ない……着いたぞ」
眼前にあるのはいつもと変わらないスライド式の両扉。彩りは訳の解らない肌色に鉄の窪みがある教室の入口だ。
俺は間髪入れずにそれに手を掛けて扉を左に滑らせた。
広がる景色や光景に俺は意外性に包まれた室内に欺瞞的な言葉を漏らしてしまう。
「どうなってんだ……何だ、あれ」
開けた扉から垣間見えたのはあらぬ実状だった。誰一人としてテストを開始していないのだ。
いつもなら佇んでいる筈の教師でさえいまは居ない。
当然、時間はテストが始まっていてもおかしくない時間帯。規律が微妙に厳しいこの学校で教師が怠けてしまっては。
「おお、幸多?! あれ見たかよ」
話し掛けてきたのは木崎と同様に小学時代からの友達で、もうどうでもいいか。
「島津、これどうなってんだよ? 理解が追い付かないんだが……」
そう辺りを見渡すとテストである筈の今日に限って机と椅子が全て後ろに下げられている事だ。
そして、仲がいい連中同士が群れを作ってあるものに疎らに結集している。
丁度教壇の位置。
黒板があるそこに大きな“黒の固まり”が威厳を放ちながらそこに設けられていたのだ。
頭を微妙な痛みが襲い眠気を誘って来たのは言うまでもないかな……。




