不可解な不安
“―――!”
俺は何かを渡した。彼女に。
“え? 幸多が……わたしを”
俺が渡して、何かを言ったんだ。彼女に。
“―――!”
何だ。何なんだ。何を俺は言ったんだ。
何で“顔も思い出せない”!
「はっ!」
微妙に残った口内の粘りけで気付く事が出来た。もう朝なのだと。
お世話になっていた椅子は元の位置に帰宅し、机が友好的にその身を覆い隠していた。
そんな俺は微妙に差し掛かった朝日に夢での胸くそ悪さが光合成したようで気分が害されていた。
いつの間にか就寝の糧に引き寄せられた俺はそのまま突っ走ってしまったようだ。ベッドから上体を起こして学校へ行く意を固める。
朝なので殺伐とした脳内は未だ活性化されない。そんな最中に茫然と立ち上がり、ベッドから見て奥の方。
出窓が合ってその下の空いた空間にそれは設けられている。要するにタンスがそこにあるのだ。
そこを目指して歩を進めいくとあるものが視界に入った。
机上に散らばった勉強道具と時計だ。その時、溢れ出た焦燥感に一瞬で全てが活性化される。
「……ち、遅刻じゃ、テストじゃ、大遅刻じゃああああっ!」
絶叫し、無意識に覚えてる全てを自然にこなし俺は下の階へと降りた。
そこには母さんがいつも通り力まない――遺伝だな――んなことはどうでもいい。
「ああ、あんた?」
足に前進を促した俺は母の突拍子な言葉に制止する。しかし、急いでいるのには解ってほしい。
「な、何だぁ!」
リビングと階段、その分け隔てた唯一の道から母が出てきて「ほれ」と何かを突き出してきた。
それを一瞥すると、小さなストラップが母の摘まんだ指先から垂れている。
「また、何でそんなもん?」
質疑に応答はしてくれず、無造作に母はそれを投げ放って来た。反射的にそれを受け止めて俺は母を垣間見る。
しかし、母は数瞬として背をむけてしまい表情までは窺えなかった。
「……時間」
そう言われて俺の緊急性は促される。
「ああっ! いってきます!」
俺は疾走する短距離走者の如く走り続けた。
そして省みる。
今日、話し掛けてきた母が見せた不穏な様子。あからさまに見せた虚ろな表情に胸が締め付けられたように苦しかった。
余談だが、これは恋ではない。絶対。
微妙な過程などそこには存在しないのだ。あと。
「ストラップ何で動物の“きりん”何だよっ!」
そして俺は大いに蹴躓くのであった。




