震撼
錆び付いた鉄を引っ掻いた後の爪を見たような異色の不快感が内心から滲み寄ってくる。
奇々怪々な女性から吐き出された怒号の嵐が発狂となり、室内を震撼させているので鼓膜への影響が肝をより縮こませていた。
「う゛う゛ぅぅぅッ、ア゛ッ!」
振り乱れる黒色の長髪は体の不用意なくねりや捻られる動作に追随して怒りの因子を振り払っている。
裁縫鋏を付録として親指と人差し指で挟み、両手で頭を包む女性は温厚になることを断絶していた。治まらない叫び声に半ば動揺し、足が即座に後方へと逃亡した。
そんな風に後退りしていると視界にそれが入った為か騒々しくなった室内で温もりと進行の途絶と合わさった感触が背中から伝わる。
危機の予兆が伝わり、俺は視線を滑らせ尋ねた。
「ギザ野郎、な、何だよ?」
出遅れた前足を力ませて後方への徒歩を促してみるも押し出しの力が強く抗えない。
「お前の彼女なんだろう? 慰めてやれるのはお前だけだ」
「何、さりげなく主人公の親友ポジションで話てんだ……っ、しかも、どさくさ紛れに押し出すなよ、アホ」
ぐぐぐ、踏ん張りが声となり全力投球の後押しをする。
「そうだ、俺はアホだ。だから、これを任せられるのはお前しかいないとそう信じた」
ぐぐぐ。女性は呼吸の続く限り怒りを露にしたいらいしい。苦悶し体が発狂と共に揺れている。
「そんな棒読みで嘘を付くなよ……っ、そんでもってさ、今の死亡フラグじゃね? その場合はお前にそれを一任したい……っ」
ぐぐぐ。木崎は女性を見据えながら片腕に全力を注いでいた。
「あっあ゛あ゛っああああぁぁぁぁあ゛っあ゛ああああぁぁぁぁッ!」
会話に割って入ってくるように声量が上がり不意にテレビの音量を上げられた気分になった。
刹那、それが踏ん切りだったかのように女性が前傾姿勢まで体勢を落とし、獣染みた息遣いで肩を揺らし睨まれる。
叫び散る中で長く伸びた黒髪が肩に流れを妨げられ晒される女性の半面からは恨めしい眼光が覗けていた。
首筋から忽然と除去された恐怖心がここで舞い戻ってきた。皆が要るから怖くない。そんな真理に浸っていたのだと思い知らされる。
「幸多、来るぞッ!」
木崎が傍らに置いてあった木製の椅子を持ち上げる。




