怒りの要因と発端
視線が引き上げ作業に御供を強制されるような感じで木崎の表情が視界に映える。最早、浸透して剥がれ落ちそうにないと思える程の無表情でこちらを見据えていた。
その頬に入った一閃の傷口、そこからは今も鮮血が滴り落ち、肌を彩っている。
内心を未だに何かが燻っている。聞き及ばない呻き声が正面から流れるのに対して微妙が爆発しそうだ。微妙の爆発は理性の枷を無くす。
そんなファンタジー染みた設定を抱える事で俺は俺を保ってきた。今も背筋から流れ出る冷却された焦りが切磋琢磨に気を押し出す。
「……気にするな、この非現実では当たり前なんだろ。とにかく今は二人で何とかするぞ」
質素で低い声音と言葉が内心に漂う燻りに消火剤としての役割を担ってくれた。安堵した訳ではないが木崎自身が無機質にそう言葉を投げ掛けてくれたのだ。
「う゛ぅぅぅぅぅううう゛っあ゛っ」
頭髪が体の俊敏な動作に付随を余儀なくされ、瞬時に裁縫鋏が俺に猛進してくる。
腹部や両腕に力を込め、脳内を限界値まで回転させるように眼前の奇々怪々に集中した。行動が普段より早くなる。
誰でもそうだ。人間ならではの産物。
「人間様を舐めんなよ」
直線的な攻撃は一方通行で避けやすく対処しやすい。柔道で培われる肉体や動きはこのような場合に役立つのが取り柄だ。当然、微妙だけど。
目線の先から近付いてくる裁縫鋏を奪い取る勢いで真横から手を沿わせてみた。腕を突撃させてみたら案外、手のひらに伝わる衝撃は少なかった。
しかし、力を御しきれそうにはなかった。強すぎる力は慣性のままに俺に突進してきそうだったので体を左に旋回させ握り締めた裁縫鋏の刃ごと引きずり込む。
「……」
無言の鉄槌が数瞬の遅延と同時に女性の顔面を襲う。初動に勢いをつけすぎた為だ。女性の勢いに俺が引っ張り込む事で加速させてそこに準じる様に木崎が相手を殴り付ける。
女性の行動は柔道では愚かな方法であり、アニメでは確実に倒させる手法なのだ。
刃を掴んだ手のひらから腕へ重力が加算した方向へと導こうとする。もう一度、裁縫鋏を引き抜こうと試みるも全身を潤うと躍起になっていた汗にその行いが阻まれた。
怒りの微妙を発汗に突き付けておくことで得心する。
「う゛あ゛あ゛っあ゛ああああぁあ゛っぅぅぅぅう゛う゛っあ゛っあ゛あ゛っああああぁぁぁぁッ!」
女性は距離を置いた途端に呻き声を叫び声に変換してきた。




