柔道部
その先端が鼻先を掠める。俺は左腕に重心を片寄らせてハサミの軌道から体を反らしていた。
頭髪が瞬時に振り乱れ、数秒の最中に奇々怪々な女性は両刃を重ね合わせて劣化した刃を突き出してきた。
脈動が激しさを増す。
「幸多ッ!コイツはヤバイッ!一旦逃げるぞッ!」
木崎の型破りな低音での怒声と椅子が空気を引き裂き俺の鼓膜と網膜を振動させた。木崎の指示と共に飛来した木製の椅子は低く身構えていた女性の頭頂部に激突する。
女性はそれに怯んだか呻き声で喘いだ様に裁縫ハサミを片手に頭を支えながら後ずさっていった。
刹那、前もって力ませていた左腕を軸に立ち上がり二個目の投擲を行おうとする木崎を一瞥しつつ俺は教室の扉を目指した。
「九条さんッ岩崎ッ!」
“殺し合い”
罪悪感は追々感じ始めるだろう。腹の底に濁り淀んでいた水を掻き回す様に俺は慣れない言動に勤しんでみる。
しかし、そんな状況を垣間見て流石に動揺していたのか。はたまた、木崎の非道さにあっけらかんとしたのか。微妙だ。
とにかく二人はその場を定位置にして動く兆しを見せない。薄暗がりが要因で脚が動かせない訳ではない。
激しく脈打つ心臓や血管が焦燥感に煽られて余裕を無くしたみたいに俺は腹立たしさを二人にぶつけていた。本当かどうかは微妙だ。
「何やってんだッ!さっさと動けッ!」
「あ、うん」
「……木崎君は」
九条さんが動き出した後に岩崎が躊躇いに脚を引かれ再び立ち止まっていた。
「アイツなら俺らが出ていけば着いてくるッ!万が一は俺も協力するから、さっさと逃げんぞッ!」
喉が内から吐き出される空気に嫌悪感を抱いたか要所要所に差し掛かる度に掠れてしまう。
その時、ドンッと肝を鷲掴みにされた様な不安感に内心が畏縮した。岩崎の背中を押し出しながら振り返り、木崎を一瞥する。
「おい……幸多、早くしろ……こいつ、本気でおかしい……ッ!」
声調は変わらないモノも流石の木崎もそれには動揺を隠しきれなかったか眉間に少しばかり皺を寄せていた。
柔道の試合以外ではあまり見ることのない表情に内心が騒然となり、躍動感溢れる大喝采となる。要するに恐怖心が俺の中で根付いたのだ。
木崎の言葉の終始を聞き及んでいたかのタイミングで女性が木崎へと猛進する。
「駄目っ、開かないっ、何これ……幸多っ開かないよっ」
俺は奥歯を噛み締め地を蹴り上げた。




