鉄面皮
そして、木崎が嘆息し雰囲気が変わる。月光に伸びた影と光明が微妙なラインで木崎を覆いその表情に陰りを生み出す。
「おい、何か怖いぞ……いきなり、どうしたよ?」
俺は奥手を装うように躊躇いながら尋ねた。実際の心情が恐怖心なのか懸念だったのか、微妙だな。
興味本意が内心で勝っているのだろう。微妙ながら尋ねたその問いに気付けば九条さんも木崎を黙視していた。
目の色を変える、とだけ伝えれば真面目な表情をしていると捉えられるのだろうか。しかし、木崎は喜怒哀楽を露としていても本質を隠している。
それを知っているのは柔道部メンバーで俺を含んで島津だけだ。そんな木崎が俺の問いに数秒遅れて応える。
「取り敢えず、整理だ。どこぞのアニメや映画を例に置いて今から俺らは確実に最悪な事態に巻き込まれるだろう」
その言葉に起因して背筋を逆流するように冷たい冷気が脳を刺激した。これが恐怖なのか、それとも未だに俺は受け入れていないのか。微妙どころではない。
直ちに割り切らないと何だかいけない気がした。木崎は無機質な容貌のまま冷静な口調で冷淡に語る。
「それがどういった理由なのか、目的はどうなのかは知らないがとにかく俺達は逃げることを前提に行動する。良いな?」
そう木崎は告げ俺と九条さんを見渡した。俺から九条さんへ、九条さんからどこか虚空へと視線を滑らせていく。
「良いけど、何だか冷静だね。木崎君は?」
風船を間近で割られた時の様に反射的に九条さんを視野に入れる。陽気なその声調には怪訝な何かが含まれていた。
木崎が九条さんに向き直る。
「ここで取り乱しても仕方の無いことだ。それに何の為のアニメや映画だよ、伝えるものはしっかりと理解しているつもりだ」
常に苛立ちを込めた様なその口調には判別が付かない。棒読みで無感動なそれは言葉の意味を認知しようとしないと必ず喧嘩となるのだ。
故に木崎は映画やアニメが大好きなオタク系統の人格の持ち主なのである。て、あまりの寂しさについつい現実から逃避行に勤しんでしまった。
微妙な気恥ずかしさが微妙に頬を熱くさせる。微妙に意識してのことだが。
九条さんは頷き少し後退る。
俺はそんな九条さんを見兼ねて木崎へと口を開いた。
「あのさ、お前が冷静なのは常なんだけど正直に振り返ると……俺達、今日の深夜アニメ見れるのか?」
そう俺が木崎の趣味にアニメを追加した張本人なのである。俺達は互いに顔面蒼白となり唸った。




