愉悦
薄暗い空間の中で首を傾け、不思議と待つ九条さんへと一瞬だけ怯んだ後、俺は告げる。
「九条さんは相変わらず、ですね……で、どうなってんでしょうね、これ?」
そんな呆れ混じりな敬意を評しながらの質疑に、九条さんが刹那に片腕を突き出しVの字を指で作り上げていた。
内心から吹き上がった焦りに一歩だけ後退りする。
「な、何です……?」
「二ヶ月になる!」
「はい……?」
室内を大きく振幅させる声量に溢れる疑問符が波風の如く振り払われた。
「幸多が部活動に来なくなってから二ヶ月がたつのっ!」
揚々と真剣な眼差しをしているのにも関わらず、その雰囲気は悠長的で飄々としていた。そんな九条さんと安易に話せなくなったのもつい先日の話で。
「つか、今の状況とどう関連したらそんな見せしめみたいな咎めを受けないといけないですかっ!?」
九条さんは再び刹那の早さでVサインを下ろし、その態度を改めない。むしろ、少し鋭くなった気もしなくはない。
「だって納得がいかないっ! 喧嘩で謹慎食らうなんてらしくないよっ!」
そんな筋すら通さない駄々は九条さん特有の人格。自分自身が納得いかない事柄があるならばそれを全て罪だと思い込む子供っぽさが柔道で俺が相手をさせられる理由。
そして、何よりも彼女自身が自分の強さを知らず俺が手加減していると思い込んでいる。
しかし、引っ掛かる点を放置していると思考が定着するので指摘は怠らない。
「喧嘩だからですよっ!? どんたけうちの学校を荒んでると思ってんですか?!」
「いい加減、黙れ」
突如、背後に感じた険悪な雰囲気に漂わせた嫌悪感が声として吐き出される。誰か、当然九条さんではない。
目前で「アハハ、木崎君だっ!」と陽気に挨拶をしていたからだ。
「ああ、同じクラスだとは思うがこうやって話すのは久しぶりだな、九条」
俺は振り返る。
「でも、意外だよね。木崎君も共倒れだなんて」
陽気なまま俺越しに返事する九条さんは木崎を見ているのだろう。耳を通り過ぎていく声がそれを物語っていた。
その対照の位置いる木崎も同様で俺の背後にいる九条さんを目視している。
「仕方がない、アイツの脚が遅かった。見捨てるのも憐れで面白いが謹慎をアイツのせいにするのも楽しいだろ」
(……)
「相変わらずだね、木崎君も」
木崎は明らかに俺を疎外していた。
「こら木崎、お前な……人を完全に居ないものにしやがって、つか何だっ、その愉悦はっ!?」
「アハハ」
木崎が俺を無視し続ける為に室内を揺るがすのは九条さんの笑声のみだった。




