おじライオン、それと夏
向かいから子羊が走ってきています。おそらくかわいらしいものなのでしょう。しかし、それに”子”なんていうものをつけるにはやや、少しばかり、いやしかしなんとも成熟しすぎています。
その顔は、年頃に応じた暗雲が立ち込めており、怒りがあり、不安があり、心の臓を抉り取り、どこかに、むやみやたら、どこかに叩きつけたいようなそんな感情が見えてきます。誰かにとってはスマホなのやもしれません。
天を仰げば、太陽がすでに昇り詰めています。そう、頂にです。しかし太陽もいずれは沈み、その姿を消します。ですが太陽なんてものはいつだって姿を現します。しばし耐えれば、いつのまにかその頂を昇ることになります。ですが今日という日の太陽は二度拝むことなどできはしないとも誰かは考えるのでしょう。
そんな太陽に照らされる公園の遊具は、こんな時代ですからさほどありません。強いて言うのであれば、背の低い・・・なんでありましょうかあれは・・ですがその得体のしれないそれは、その熱を反射させ、何となくではありますが光っています。そしてその下にも煌めくものがあり、粒、なんて言ったらよいのでしょう。岩より石、石よりも砂、砂よりも粉、細やかさを増していくさらつきのある地面が、きらきらと眩いています。
そこから視線を外せば、一人が座っています。ヒトとして何かが欠落したたようなものがどっしりと居座っています。さらに言えば、しっかりとツルの伸びるどこかその日陰で、こぢんまりと座っています。いったい何を見ているのでしょうか。
黄色の毛はごわつき、弛んでいるはずの毛皮が、内に蓄えられる贅肉によって張りを成しています。あまりに食うものですから、いまにもはち切れんばかりであります。伸びきる髪は、顔を円形に覆い、絵に描かれたような太陽に見えてきます。そんな太陽はもうすぐ地にめり込んでいくようで、汗とも油ともとらえられるものを纏い、彼の顔に汚らしく張り付いているところであります。言ってしまえば、まさに粘着なんて言葉が非常にお似合いといったところです。
そんな彼は巷で有名なヒト、おじライオンであります。
そして、そんな彼を見る者がいます。そう子羊です。太陽に焼かれる彼は、だらだらと汗を流しています。何を焦る必要があるのでしょうか。彼はいたって平常なヒトです。何を慄いているのでしょうか。彼は彼を手招いています。
緑のざわめきが、彼を、心拍を動かします。熱を運ぶ風が、彼の体温を高めます。順繰りの回しの臨戦態勢となります。
「第二の誕生だ。」
彼は彼の目下に溜まる隈を一目見た後、そう話しかけます。
「やさしいんだね。そうだな。きっと君は一度も怒ったことがないんじゃないか?」
彼は彼の受けの姿勢へとなります。
「人は二度、生まれらしいよ。だからこう思ってもいいとは思わない?人は二度死ぬって。」
彼は彼に言い聞かせます。
「いつ?そうだなぁ・・・僕はもう・・・一度死んだんじゃないかな。多分それであとは二度目を待つだけ。しかしなぁ、一番はその過程が怖いよ。」
彼の視線は、天を仰いでいます。ですから、雫なんてものが良く垂れています。ええ、涙ではありませんから、どうにかこぼれ落ちないように持ち堪えるなんてことはできないのであります。
「ああ、なんだか君は、見たことがある様な気がしてならないよ。」
彼は彼を諭します。
「そう・・・。私にも子供がいるんだがね、最近は・・・めっぽう・・・ねぇ。」
彼は、彼を通した期待を持っていたのやもしれません。
「・・・なぜ、服を着ないのかだって、だってライオンだもの、・・・そりゃぁさ、獣だもの。」
彼の手には彼の鼓動と荒ぶる動悸が掛かっています。
「ああ、二度死ぬのは嫌だよな。そう・・そうかい。分かってくれるのか・・・でもそれは仕方がないことだから。だから今を頑張って生きないと。・・・でないとなにも・・・、虚しいだけじゃないか。」
天を仰ぐ彼の視線は、彼の視線と交差するように交わっています。白い雲がユラリユラリと蒸気のように揺らいでいます。
彼の周りには誰の視線もありませんでした。
少しばかり騒々しくなっていきます。犬でしょうか。そ奴らですが、なにやらを追いかけているようで、舌を垂らし、涎を溢し、あらぶっています。ああ滑稽で仕方ありません、という風に彼は走っています。よほどうれしかったのでしょう。
しかしやがて彼は捕らえられ、犬に跨がられます。犬は、彼に何か話しかけていますが、彼にはなにとも届きません。ただ動悸が流すよだれが彼にこぼれるだけで。
その姿を、彼は、無心で見つめます。可哀そうなんてことも思うのかもしれません。
夏のあまりの熱で、彼の心は煮え滾り、ふつふつ、ぶつぶつと燃え砕けそうなほどでしたが、決してそうはなる見通しなどは見えず、ただただ今日という日が暑く、熱く、あつく彼を蝕みます。
そして彼の口元にべったりと纏わりつく、色彩の乱れた黒い、かの血が、ぶつぶつと彼の牙を蝕み、溶かし、渇きを与え、彼に終わらぬ刺激を与え続けました。
彼にとって甘ったるいほどである、かの血ですが、決して彼は舐め拭うことはしませんでした。蜜ほどの甘さを持つそれをです。
彼は、彼らに救いを、想定していた何かを求めます。彼がしてあげたように。しかし彼らは何も施しません。かえって少しばかり凶暴であったライオンを檻の内に閉じ込める算段をつけるだけで、手足を縛り、顔を壁へと磔にし、口を拭えないようにするだけで、まるでそれが当然の仕打ちのように。ましてや根拠のない無謀な慈悲でさえ与えようと試みるものもいました。
夏は腐敗臭を残し、慢性的なそれは日陰モノの心を腐らせ、鈍らせていきます。
飛沫の蒔かれたその公園は、美しき赤い花を咲かせていました。いたってこれは彼から見たものでありますが、それは、それは何とも恍惚で、若く、気高く、怯えのある赤でした。
赤に染まりかけている純な白は、モコっモコっと内を守るが如く丸みこんでおり、臓物は散らかされた様に、吐き出された様に、冷や汗にまみれた表情に繊維を毛立たせています。
しかしそれを見るヒトはいません。平時の昼間でありますから、めったなことがないと、こんな公園なぞに足を踏み入れるなんてことはありません、ましてその公園ですから、しかし言うのであれば、彼は、彼らはただひたむきに、己の涎をこぼれださぬようにと、努めていきました。




