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タクシードライバー、宇都宮たけしの日報

掲載日:2026/03/22

俺の名前は宇都宮うつのみやたけし。


 タクシー運転手をしている。


 昔から堪え性がなく、飽きやすい性格の為、転職を繰り返して数十回。


 前職は夜職をしていたが、肝臓を悪くして辞めた。


 今年で27歳になる。今の仕事のタクシー運転手が天職であってほしい。


 車の運転は好きだし、今はカーナビや携帯のアプリもあるから道に迷うこともないので、この仕事は自分に向いていると思っている。




 タクシー会社の朝は早い。


 7:00に出社、車の点検、点呼、アルコール検査を経て8:00に出庫である。


 いつもこの時間は駅のロータリーのタクシー乗り場で列にならぶのだけど、今日は指名をもらっている。いつも指名してくれる高橋のおばあちゃん。


 月に一度の病院の送迎で指名してくれる良客だ。


 時間よりも少し早めにおばあちゃんの家の前で待機する。


 時間よりも少し遅く、おばあちゃんが家から出てくる。


 俺はタクシーから降り、姿勢を正して、笑顔でおばあちゃんに挨拶する。




「おばあちゃん、おはようございます」


「たけしちゃん、おはよう。今日もよろしくね」




 おばあちゃんのためにドアを開き、乗り込んだことを確かめて静かにドアを閉める。




「中央病院までお願いします」


「かしこまりました」




 俺は高橋のおばあちゃんと天気やテレビのニュースの話なんかをしながら運転する。


 高橋のおばあちゃんは80代のわりには、若く見え、その佇まいや言動などどこか上品さがあった。


 いつもきちんとした格好をして、化粧をうっすらして、はにかんで笑う。かわいいおばあちゃんだ。


 何度か病院の送迎に呼ばれたあと、俺を指名してくれるようになった。


 なんでも、お孫さんに似ているらしいのよ、俺。俺もこんな上品なおばあちゃんが欲しかった。




 中央病院について、また終わったら電話をするということで、そこでおばあちゃんと別れた。


 軽く流して他の客を拾うのもいいけど、いつも1時間ぐらいで診察が終わるので、俺は病院の近くの喫茶店でコーヒーとロールケーキを注文して一休みする。ここのロールケーキは分厚くて甘さ控えめで美味い。


 喫茶店に置いてある、新聞や雑誌にざっと目を通す。




 1時間少し過ぎて、おばあちゃんから携帯へ電話があったので、病院の出入り口まで車をまわした。




「おばあちゃん、お疲れ様でした」


「はい、おまたせしました」


「じゃあ、ご自宅へ向かってよろしいですか」


「……」


「おばあちゃん?」




「あの、ちょっと、寄りたいところがあるんだけれど」




 おばあちゃんは街から少し離れた桜の名所に行きたいと言ってきた。


 いつも自宅と病院の往復、たまにスーパーとか寄るときもあるけど、遠出するのは初めてだ。




「まだ少し寒いから、桜はまだ早いかもですね」




 高速を使って、桜の名所の川沿いに来たが、やはり桜はまだ咲いていない。ほとんどが蕾で、咲いていても1輪、2輪だ。




「やっぱり咲いてないですね。来週か再来週ぐらいに咲き始めるかな」


「そう……見ておきたかったのに残念だけど、家に帰りましょう」




 バックミラーで後部座席のおばあちゃんを見ると、しょんぼりしている。




「おばあちゃん、ここの近くにもう一本有名な桜があるから、そこに行ってみませんか?」




 俺はさっき喫茶店でみた観光案内の雑誌の記事を思い出した。


 たしかこの近くに早咲きの桜があったはずだ。


 少し山を登ったところの寺に枝垂れ桜があるはず。


 車でぐんぐん山を登っていくと、視界の中に、桜の木が入ってきた。




「あっ!咲いてる!咲いてる!」




 淡いピンクの桜の花をたくさんつけた枝が、地面に向かって垂れ下がっていて、まるで花の滝のようで、俺は仕事中にもかかわらず、はしゃいでしまった。


 駐車場に車を停めて、おばあちゃんをエスコートして桜の木の下までいく。




「わあ、綺麗ですね!」


「ああ、本当、綺麗」




 おばあちゃんが笑顔になった。




「主人が生きている時に、毎年桜を見るのを楽しみにしていたの。実はもう年だし、遠方に住む息子のところに近々引っ越すことになってて。こっちで桜を見るのは今年が最後になりそうだったから、最後に見ておきたくて」




 ばあちゃんは、照れながら言った。




「実はね、たけしちゃんの事、孫に似てるっていったけど、あれね、嘘なの。本当はね、あなた、どこか若い頃の主人に似ているのよ。あなたと最後に桜が見れてよかったわ」




 ばあちゃんは、少女のようにはにかみ、笑った。


 俺は、そんなばあちゃんと桜の花に一瞬見とれてしまった。










 おばあちゃんを家に送り届けた後は、軽く流して何人か客を乗せて、本日の営業は終了とした。


 タクシー会社に帰庫して売上を渡し、洗車と車内清掃をする。




「よお、たけし。今日は売上どうだった?」




 先輩の今村さんが、声をかけてきた。




「まあまあっすね。ちょっと長距離走りましたんで、1日の予算はいきました」


「おー、やったじゃん」


「そいでお客さんと桜見にいきました」


「お?もう咲いてるんだ。どこの桜?」




 俺は早咲きの枝垂れ桜の場所を教えた。俺達タクシー仲間は、こうしてお互い情報を共有するのだ。


 今日の仕事はうまくいった。仕事続けられたらいいなと思う。








 本日の日報、「遠足あり」と記入。



タクシー隠語で「遠足」は長距離の良客のことをいうらしいです。

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