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異世界恋愛短編

“明日のあなた”に伝えたかった想いを……

作者: 喜田 花恋
掲載日:2026/01/27

以前、投稿した二作品を一つに統合しました。

 魔王城突入前夜。


 焚き火の炎が、ぱちりと弾ける。

 風は冷たく、空には無数の星が瞬いていた。


 明日には、あの空の下で決戦が始まる。

 

 長く苦しかった旅も、ついに終わりが見えていた。


 俺は一人、剣を研ぎながら、ちらりと横目で彼女の姿を見やった。


 ──ミリィ。


 小柄な身体に、大きめのローブ。銀糸の髪が月光を受けて、淡く光っている。少し離れた場所で、静かに祈りを捧げていた。


 ああ、今日も目が合わなかったな。


 いつからだろう、視線を避けられるようになったのは。


 彼女がパーティーに加わったのは、半年前のことだ。


 当時、回復役が脱落し、代わりを探していた。そして、ギルドから紹介されたのが彼女だった。無口で、控えめで、けれど回復魔法の腕は確かだった。


 第一印象。

 それは雷に打たれたような衝撃だった。


「こ……この子が……ヒーラー?」


 そう言ってしまった自分が恥ずかしい。あのときのミリィは、怯えるように目を伏せて、ぎゅっとローブの裾を握っていた。


 それでも、心が惹かれた。誰よりも一歩下がって、仲間を支えるその姿。


 敵の攻撃を一身に受けた俺に、無言で傷を癒す優しい魔力のぬくもり。彼女のそばにいるだけで、命を懸ける意味が生まれた。


 だが、いつも目を逸らされる。話しかければ、必要最低限の言葉しか返ってこない。


 避けられている、と感じるたびに、胸が苦しくなる。


「俺……何かしたのかな」


 思い出せる限り、彼女に不快な思いをさせた覚えはない。けれど、彼女は距離を取る。


 タンクとして、ヒーラーとの信頼が何より大切なのに。それを築けなかった自分に、苛立ちと悔しさがあった。


 だが、それでも──


 好きだ。

 好きで、たまらない。


 明日、魔王を倒せば、旅は終わる。パーティーは解散し、それぞれの道を歩くことになる。


「だったら……言うしかねぇだろ」


 焚き火に照らされながら、俺は剣を鞘に納め、拳を握りしめた。


 明日、生きて帰ったら──

 生きて、この命が残っていたら──


「俺、お前が好きだって……ちゃんと、言う」


 遠くにいるミリィが、ふとこちらを見た気がした。


 けれど、またすぐに視線は逸れた。

 それでも、かすかに頬が赤くなったような、気がした。


「……よし。絶対、生きて帰る」


 その夜、眠れぬまま、俺は天を仰ぎながら決意を胸に刻んだ。


 この想いが報われるかは分からない。

 だが、伝える価値はある。


 これが──

 人生で初めての恋だから──。


◇◇◇


 ―ミリィ視点―


 冷たい風にローブが揺れた。焚き火の向こう、ガルドさんが静かに剣を磨いている。


 火の揺らめきに照らされる、逞しい肩、分厚い腕、焦げ茶の髪。


 私がずっと見ていた人。


 また……目、逸らしちゃった……。


 ほんの数秒、彼と視線が合いそうになって、慌てて俯いてしまった。


 心臓が、ばくばく鳴ってる。耳まで熱くなってるのが分かる。


 こんなに、こんなに好きなのに。なんで、ちゃんと見れないんだろう。


 昔から、人と話すのが苦手で、緊張すると頭が真っ白になる。ギルドでも誤解されてばかりで、無愛想とか、冷たいとか、何度も言われた。


 でも、本当は……


 あの日、彼が私を見て「この子がヒーラー?」と呟いたとき、きゅんと胸が鳴った。

 

 大きくて、強そうで、でもどこか不器用で。私を、仲間として迎え入れてくれて。戦いの度に前に立って、誰よりも傷ついて、それでも絶対に倒れない背中。


 あの人を、支えたいって思ったの。


 私の魔法が、ほんの少しでも彼の力になれるのなら。

 痛みを和らげることができるのなら。


 それだけで、生きる意味があるって思えた。


 でも、どうしても目が見られない。声も震える。何を話していいか分からなくなる。


 彼は私のこと、嫌ってるかもしれない。


 それでも、いい。明日、みんなで生きて帰れたら──


 両手を胸に当てて、祈るように瞼を閉じる。


 勇気を出して言おう──


「わ、わたし……ガルドさんのこと、好き……です」


 呟いてみる。誰も聞いていないはずなのに、顔が真っ赤になる。


 でも、口に出したら、ほんの少しだけ、勇気が持てた。


 きっと、明日が最後の戦いになる。それが終われば、パーティーは解散。もう、二度と彼に会えなくなるかもしれない。


 だったら……ちゃんと、伝えたい。


 焚き火の向こうで、ガルドさんがこちらを見ている気がした。慌てて顔を伏せて、また目をそらしてしまった。


 ──がんばれ、わたし。


 自分の胸に、小さく呟く。


 震える心を抱きしめながら、わたしは天を仰いだ。星たちは静かに、変わらぬ光を降り注いでいた。


 この想いが届くかは分からない。

 でも、生きて帰れたなら、きっと──。


◇◇◇


 翌日。


 魔王の咆哮が、戦場に響き渡る。


 魔王城の玉座の間は、死の瘴気で満ちていた。その中心で、勇者リオネルが剣を振り上げる。


「ガルド、援護を──!」


「任せろッ!!」


 盾を構え、巨体を翻す。ガルドは魔王の振り下ろした巨大な腕を受け止め、一瞬の隙をつくった。


 すかさず、大魔導師エルナが詠唱を終える。


「光よ、勇者の刃に宿れ!」


 リオネルの剣が蒼白く光を放ち、その一閃が魔王の胸を深々と貫いた。


「ぐ、あああああああッ……!」


 黒き巨体が仰け反り、耳を裂くような断末魔が響く。


 全員が息を呑んだ。


 ──終わった。


 魔王の体は塵となり、風に溶けて消えていく。勝利の余韻が広がりかけた──その瞬間だった。


「く……魔王たるこの俺が、こんなちっぽけな人間どもに……」


 黒い瘴気が渦を巻き、魔王の頭部だけが宙に浮かび上がる。


「こんな人間どもにぃぃぃぃ!!」


 絶叫と共に、大地を揺るがす魔力が全身から噴き出す。


 魔王城が悲鳴を上げ、崩壊を始めた。


「こ、これは……ッ!」


 エルナが蒼白な顔で叫ぶ。


「自爆魔法よ! この規模……城どころか、この地そのものを吹き飛ばすつもりよ!」


 リオネルが剣を構え、叫ぶ。


「逃げろッ! みんな、早く──!」


 だが、出口はすでに瓦礫に塞がれ、脱出は不可能だった。


 ミリィは立ち尽くしていた。

 体が震え、足が動かない。


「いや……こんな……こんなところで……!」


 そのときだった。


「──俺に、任せろ!!」


 怒号が、爆音を裂いて響いた。


 ガルドだった。


 力強く握られた盾。

 全身を包むのは命の炎。


「ミリィッ! リオネルッ! エルナ! お前らと旅ができて、本当に楽しかった……。俺は、同じ過ちは繰り返さない」


「ガルド!? な、何を──!」


 リオネルの叫びも届かない。


 ガルドの足元に、巨大な魔法陣が展開された。


 ──古の守護魔法。


 本来ならば、数日かけた儀式と百人の魔導師を必要とする、神域の防御術。


 だが彼は、自らの命を代償に、それを強引に発動した。


「──()()()()、お前らを絶対に守る!!!」


 光のドームが、彼ら四人を包み込む。


 その直後──


 魔王の頭部が爆ぜた。


 黒と赤の閃光が空を裂き、大地を割る。魔王城は一瞬で崩壊し、轟音が天と地を揺るがした。


 大地が砕け、炎と破片が渦を巻く。


 そして──すべてが、飲み込まれていった。




 ──やがて、爆煙は静かに晴れていく。


 音も、風も、魔力の気配すら消え去ったあとの世界。


 魔王城は跡形もなかった。瓦礫すら燃え尽き、一面に広がるのは、黒く焦げた大地だけ。


 その中心に──


 ドーム状に展開されていた守護の結界が、傷ひとつなく残っていた。


「……うそ……」


 ミリィが、膝をついた。


 彼女の視線の先には、盾を構えたまま、動かない男がいた。


 ガルド。


 彼の命の炎は、すでに尽きていた。


「ガルド……さん……?」


 震える声が、彼の名を呼ぶ。


 リオネルも、エルナも、言葉を失っていた。


「……守ってくれた……俺たち全員を……」


 リオネルの声が、かすかに揺れる。


 その事実が、胸を刺すような痛みを伴って、皆の中に染み渡っていく。


「……嘘……ですよね……起きて……ください……」


 ミリィは、崩れ落ちたガルドの体にすがり、震える声で囁いた。


「……わたし……まだ……何も、伝えてないのに……!」


 涙が、止まらなかった。


 彼は、最後の最後まで、皆の盾だった。


 誰よりも強く、誰よりも優しく──


 命を懸けて、守ってくれたのだった。


「いやあああああっ……!」


 ミリィの叫び声が、静まり返った世界に響いた。


◇◇◇


─ガルドの回想─


 良かった……。

 今度こそ、みんなを守れた……。

 それだけで、もう十分だ。


 ──あの時も、すべてが燃えていた。


 魔王の断末魔とともに放たれた爆発は、空を裂き、大地を砕いた。誰よりも早く気づいた俺は、即座に盾を構えて、みんなを守ろうとした。


 けれど──遅かった。

 間に合わなかった。


 リオネルも、エルナも、ミリィも……みんな、俺の目の前で、爆炎の中に消えた。


 そして、生き残ったのは……俺一人だけだった。


 あの光景は、何度も夢に出てきた。


 誰もいない焼け野原。

 崩れた城の瓦礫。


 立ち尽くすしかなかった俺の足元に転がっていたのは、仲間の剣、杖、ローブの切れ端……それだけだった。


 それでも、生き残った俺は“英雄”と呼ばれた。

 国に戻れば民は歓声を上げ、王は爵位をくれると言った。


 何が英雄だ……。


 俺の盾で、誰一人守れなかった。

 自分が愛した人すらも……。


 その後。


 俺は人との接触を避け、山の中で暮らし始めた。誰とも会わず、誰とも話さず、飯を食って寝るだけの生活。朝日が昇っても、夕日が沈んでも、心は何も動かなかった。


 ずっと、そうして老いていくんだろうと思ってた。


 そう──あの日までは。



 「すまない。旅の者だが……一晩、雨宿りをさせてもらえないだろうか」


 戸を叩いた旅商人に、たいしたものは出せなかったが、それでも小さな火を囲んで、一緒に酒を飲んだ。


 ふと、そいつがぽつりと話し出した。


 「……あんた、“時の秘宝”って知ってるか?」


 その言葉に、心の奥が、わずかに震えた。


 「古代の王国にあったっていう、時を巻き戻す宝石さ。遺跡の奥底に眠ってるとか、流れ星の落ちた場所にあるとか……まあ、夢物語だろうがな」


 そいつは笑っていた。信じてなかったんだろう。俺だって、そう思ってた。普通なら──。


 でも、その夜──眠れなかった。


 気がつけば、拳を握っていた。


 “もしも戻れるなら”なんて、何度も考えた。考えて、否定して、それでも夢に見て……そしてまた、思ってしまった。


 「……今度こそ、守れるかもしれない」


 ミリィに伝えられなかった、あの気持ち。

 それだけが、ずっと心に残っていた。



 次の日の朝、俺は何年ぶりかに剣を背負い、山を降りた。


 そして旅が始まった。


 幾度も困難に見舞われ、命を落としかけたこともあった。


 本当に存在するのか──疑い、諦めそうになったこともあった。

 

 それでも、俺は探し続けた。


 “時の秘宝”を。

 過去を取り戻す唯一の方法を。


 何十年という歳月が過ぎ去った。

 それでも、過去へ戻れるという、たったひとつの希望だけが、俺を突き動かしていた。



 途中、古い文献にたどり着いた。


 “古の守護魔法”。


 数日がかりの儀式と、大勢の魔導師が必要だと言われたその魔法を──俺は、自分の命を代償にすぐに発動出来るようになった。


 もう、同じ後悔は繰り返さないために──。


 

 そしてついに、北の果て──。


 氷に閉ざされた神殿の最奥で、俺は見つけたんだ。


 青く澄んだ、小さな宝石──それが、“時の秘宝”だった。


 光に触れた瞬間、世界が反転した。


 気がつけば、俺は焚き火の前に立っていた。

 夜空には星が瞬き、風は静かに草を揺らしている。


 そして──そこに、彼女がいた。


 ミリィ。


 ローブの裾をぎゅっと握りしめ、少し離れた場所で、祈るように目を閉じている。


 あの日と、まったく同じ姿で。


 ……本当に、戻ってきたんだ。


 夢なんかじゃない。やり直せる。今度こそ。


 だから──


「……絶対、守ってみせる」


 たとえ、この命が尽きようとも──。


◇◇◇


 ─ミリィ視点─


「いやあああああっ……!!」


 崩れた魔王城の中心で、私は叫んだ。言葉にならない声で、ただ泣き叫んだ。


 腕の中には、もう動かないガルドさんがいる。大きな背中も、温かな声も、何もかもが消えてしまったみたいに静かで。


「嘘……嘘ですよね……こんなの、いや……っ」


 涙が止まらなかった。何度呼んでも、彼は目を開けてくれない。


 やっと……、やっと言おうと思ってたのに。


 ずっと伝えられなかった気持ちを、今度こそって、そう思ってたのに──。


「……わたし……わたし、まだ……ガルドさんに、ちゃんと……!」


 そのときだった。


 胸の奥が、熱くなった。


 身体の奥底から、何かが突き上げてくるような感覚。痛いくらいに心臓が脈打ち、頭の中が真っ白になっていく。


 ──まだ、終わってない。

 ──私は、誰も失いたくない!!


 その瞬間、体中に光が走った。

 視界が、まばゆいほどの金色に染まる。


 私の周囲に、無数の魔法陣が展開された。空に浮かぶように現れる古代文字。魔力が空気を震わせ、焦土の大地に花のような文様が咲いていく。


「これは……!」


 リオネルさんの驚く声が聞こえた。


「ミリィ……ま、まさか……!」


 私は理解した。


 これは──賢者の力。


 私の中に眠っていた可能性。

 愛する人を守るために、生まれてきた力。


 ためらう理由なんてない。


 私は両手を胸の前で組み、祈るように魔力を集中させた。


「──魂よ、まだこの世界に繋がれているのなら……どうか、この人の命を」


 声は震えていたけれど、不思議と迷いはなかった。


 私の想いと、魔法が一つになる。


 魔法陣が一際強く光り、彼の体を包み込んだ。


 優しい風が吹き、無数の光の粒が、彼の胸元に吸い込まれていく。


 そして──


 ガルドさんの指先が、ぴくりと動いた。


「っ……ガルドさん……!」


 その瞬間、私は彼を強く、強く抱きしめていた。


 もう何も考えられなかった。彼が生きてる──それだけで、胸がいっぱいになった。


 やがて、ガルドさんの体が小さく震える。


「……ん、あ……れ……?」


 低くかすれた声。目を細めて、こちらを見る彼の瞳。


 そして──気づいたらしい。


 私に抱きしめられていることに。


「わ、わっ……!?」


 ガルドさんは顔を真っ赤にして、慌てて身体を起こし、半歩だけ距離を取った。


 「ミリィ……!? お、俺、なんで──っていうか、い、今のはその……!」

 

 あたふたする彼の姿。


 「ガルドさん」


 そう呼ぶと、彼はびくっとしてこちらを見た。そして、真っ直ぐに私の瞳を見つめてくる。


 これまでの私なら、きっとすぐに目をそらしていただろう。


 でも──今だけは、どうしてもそらしたくなかった。


 両手を胸に当てて、息を整え、声を震わせないように。


「……好きです。ガルドさんのことが、ずっと前から……大好きです」


 勇気を込めた、その一言。


 彼は一瞬、言葉を失って。


 そして──頬をさらに赤く染め、照れくさそうに、けれども優しく笑った。


「俺も……ミリィのことが好きだ。何十年も前から、ずっと……君のことが好きだった。やっと……やっと言えた」


 そう言って、ガルドさんは涙をこらえるように笑った。


 その姿を見て、私の目にも自然と涙がにじんだ。


 そのとき、黒い雲の切れ間から、やわらかな光がこぼれ落ちてきた。あたたかな陽の光が、そっと私たちを包み込む。


 まるで空までもが、静かに祝福してくれているようだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
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わぁあぁ、めちゃくちゃいいです〜(。ノω\。) 前回のは「ここで終わるの!?」と暴動を起こしましたが(嘘です)、一つになるとより素晴らしいですね! うろ覚えだったんですが、内容も変わりました? なんか…
最初、すれ違いなのかな?と思ったら…まさかの展開で。 しかもガルドは2回目だったんですね!! 自分の命が助かったにもかかわらず、自分の命を捨てて、皆を守るために時を戻すなんて…めちゃくちゃいいやつじゃ…
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