2-7 2つの記憶
「いつからかはわからないんですけど、話を聞いた記憶がない友達の話などを知っているということがよくありました。覚えているのは中学生の頃、女友達が台湾に行くという話を聞いたとき、なぜか『九份にある海が見えるホテルって言ってなかったっけ』と思ってしまいました。実際彼女が泊まるホテルはそうだったのですが、自分が話を聞いた段階ではまだ誰にも話していないはずだったと言いました。ですが、自分は適当に言ったわけではなく、確かに聞いた記憶がありました。」
「未来の情報がわかるわけではありませんので、予知能力とは違うと思っています。このような謎の記憶は、自分の友人関係で起きることに限られている気がします。地震や火事が起こるということがわかったことは1度もないです」
彼は興味深い話ありがとうございますと話してくれた。自分は、このインタビューを受けたような記憶があると述べた。実際にそのような記憶を持っていることを示せないのが残念だ。
「『記憶が2つあるんだが』というスレはご存知ですか?」
僕はそのスレは知っているが、自分の体験とそのスレの内容は大きく異っている。
話を簡単に説明すると、今は現実世界にいるスレ主が、10歳の頃川遊びで川に流されて以来、植物世界で死ぬまで9年間を過ごした記憶と、現実世界で過ごしていた2つの記憶を持っているというものだ。植物世界は人間よりも植物が上位にあるような世界である。植物世界で用いられていたとスレ主が主張した文字が、2022年現在未解読の手稿『ヴォイニッチ手稿』の中で使用される文字に酷似しているとスレ民指摘され、YouTubeやSNSなどでも話題になった話だ。
スレ主はヴォイニッチ手稿を読むことができ、文章を1つ1つ解読していった。彼曰く、それは植物が支配する世界に迷い込んだ人物が書いた話だという。最初のうちは普通に翻訳していたのだが、知ってはいけない何かを知ってしまったのか、突然「人類にはすることがある。それは私が言うことではない。みんなに自分で気づいてほしい」のような曖昧な文章を書き始め、スレ主は不自然に豹変していった。
最終的にスレは「釣り(注目を集めるための創作)宣言」だと言って終了となったが、その釣り宣言の仕方があまりに不自然で、「我々が知るべきではないことをスレ主が知ってしまったのではないか」という考察がされていた。その中でも、スレ主が「ヴォイニッチ手稿は植物世界で執筆された書物である」「この世界の我々は植物世界に支配されている」ということに気がついてしまったのではないか、という考察が印象的だった。真実がどうなのか、どこまで本当なのかはわからないが、個人的にも漠然と怖い話で好きだ。
ヴォイニッチ手稿とは1912年に古物商のヴォイニッチが発見した書物であり、その名前は発見者に由来する。羊皮紙の上に存在が確認されていない植物や未解読の文字が数百ページも記された文章である。その言語はいまだに解読されていないものの、統計的な解析により何かしら意味のある可能性が高いということがわかっているらしい。
オカルト界隈においては「植物世界のためのマニュアル」「旧約聖書においてアダムとイヴがリンゴを食べなかった世界の話」などと考察されているようだ。自分は宗教関係の話にあまり詳しくない。もしそれが本当ならばロマンを感じる話ではあるのだが、実際はまだ何もわかっていないのが現状だ。実際はただの植物図鑑説もある。ヴォイニッチという響きが独特だからか、たまに明らかにおかしな内容のスレッドを見ることもある。特に、名前の由来が発見者だということを知らずに、9つの世界のうち我々の住む世界がヴォイニッチと呼称されているという設定のスレッドは流石に苦笑してしまった記憶がある。
スレ主からヴォイニッチ手稿という単語を出したわけではない。スレ民がヴォイニッチ手稿という単語を出していなければ、あのような結末にはなっていなかっただろう。仮に完全な「釣り」であったとしても、スレ民にヴォイニッチ手稿という言葉を引き出させたスレ主の技量には感服だ。
しかしながら、そのスレと自分の体験は異なる。自分に流れ込んでくる記憶は主に友人関係周りのものが中心で、現実と一致する内容だ。植物世界の記憶は一切ないし、ヴォイニッチ手稿は読めないし意味もわからない。高校生の頃暇だったので全てのページを眺めたことがあるが、鳥肌が立つことも、何かに気づくこともなかった。あの話自体は好きなのだが、自分の体験に類似点をあまり感じていないのが現状だ。アダムもイヴも自分にとってはピンときていない。
「ご存知でしたか、ありがとうございます」
気がついたらもう1時間が経っている。僕はその辺の不思議な話が好きで色々読んできたと伝えた。色々摩訶不思議なことを経験している自分としても、どのスレが事実なのかわからない。正直、自分が掲示板に書いても信じてもらえないだろうと思っている。
自分が色々考えていると、インタビュワーが話を振ってくれた。
「停点理論はご存知でしょうか」




