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就活面接の練習をしていた幼馴染に、スマホのメモを見られて逃げ場がなくなった件

作者: 久野真一
掲載日:2025/12/21

 十二月の京都は、やっぱり寒い。

 風が首元から入り込んでくるのが嫌になる。


 研究室の自販機で買った缶コーヒーを握りしめながら、

 俺、朝倉蒼(あさくらそう)賀茂川(かもがわ)沿いを歩いていた。

 今は京都の某大学院に通う修士一年だ。


 今日は、二つ下で幼馴染の白川日向(しらかわひなた)と会う約束がある。

 大阪の京都寄りの県境にある小さな町で育って、同じ小学校、同じ帰り道。

 同じ駄菓子屋に寄って、同じように怒られた仲だ。


 高校から俺が京都に出てきて、日向も俺も京都の大学に進学して。

 気がつけば、十年以上の付き合いになっていた。

 ただ、俺が修士に進んでからは研究が忙しくて、だいぶご無沙汰でもあった。


『修士一年やし暇やろ?就活の面接練習に付き合って欲しいんよ』


 軽いノリで、でも逃げ道を許さない距離感。

 日向は昔から、そういうところが上手い。


「こっちー!(そう)!」


 河原町三条(かわらまちさんじょう)から少し外れた古式ゆかしい喫茶店の前。

 マフラーの隙間から笑いながら手を振る日向。


「久しぶり」

「髪、短くしたんだな」

「切った。美容師さん、めっちゃ褒めてくるから怖かったわ」


 げんなりといった顔で言うところがこいつらしい。


「褒められて悪い気はしないだろ」

「悪くないけど、信用できへん」


 日向は俺の前に立つと、じっと顔を覗き込んできた。

 近い。


(距離……昔からこうだったっけ)


「なに見てるんだ」

「ちゃんと生きてる顔してるーって」

「何言ってんだよ」

「大事なことよ。蒼、たまに急にいなくなりそうな顔するもん」

「いなくならない。たぶん」

「たぶん、っていうの禁止(・・)


 胸の奥が、少しくすぐったくなった。

 「禁止」は日向の口癖だ。昔からずっと。


「今更の話だけど、俺でいいのか?」


 気になっていたことを尋ねてみる。


「蒼だからよ」

「どういう意味だ?」

「余計なサービスしないし、変に褒めないし」


 褒めてるのか貶されてるのか。


「じゃあ、今日は逆に褒め殺しの方針で」


 つい天邪鬼なことを言ってみる。


「褒められたら死ぬ」


 ついと少し下を向く日向。


「死ぬのか」

「死ぬの。恥ずかしすぎて」


 そう言う日向の頬は少し赤くて。

(どういう反応をすればいいんだ、これ)

 ほんとに困る。


「とにかく、店に入るか」

「入ろ。京都の寒さはほんまに辛い」


 俺はドアを開けた。

 店内は暖かくて、コーヒーの匂いがする。


 予約しておいた貸し切り個室に入ると、

 日向は奥の席に迷いなく座った。

 昔から、陣取りが早い。


◇◇◇◇


「じゃあ、質問投げるぞ。俺を面接官だと思って、自己紹介から」

「了解。……えーと、ウチは日向。大学三回生で──」

「『ウチは日向』は駄目だろ」

「うっ……癖や。蒼相手やから……」

「今は面接だぞ」

「わかっとる」


 初手でミスを指摘されて、日向は少しふくれっ面だ。


「やっぱ蒼、容赦ないわ」

「面接官はもっと容赦ないぞ」

「最近は圧迫面接禁止されてるんよ?」

「屁理屈言いやがって」

「屁理屈言うなは禁止(・・)。忘れたん?」

「覚えてるよ。昔うんざりするくらいやりあったからな」


 弁が立つ俺と日向は昔から言い合いが多かった。

 で、俺がよく「それは屁理屈」という返しをするので。

 「屁理屈って言葉使うのは禁止。せこいやろ?」

 と言ってきたのだ。

 俺自身、言い分には一理あると感じて以後、二人の協定になっている。


「とにかく、続けて」

「うん。今度はちゃんとやる」


 日向は背筋を伸ばして、もう一度。


「私は白川日向(しらかわひなた)といいます。大学三回生で、経済学部で──」


 言葉はちゃんとしてる。

 話も整理されてる。

 ただ、目だけが、俺の反応を探ってきょろきょろしている。


(緊張してるな)


「手」

「え?」

「カップから離せ。ずっと熱いの握ってる」

「あっ……ほんまや」


 自分で笑って、日向は手を引っ込めた。

 指先が少し赤い。


「無理するな」

「無理してへん……してるかも」

「面接で無理するのはいい。でも俺の前で無理するのは、ほどほどにしろ」

「蒼なりの優しさ?」

「指が赤いのは見てて落ち着かない」


 日向は目を丸くしてから、ふっと笑った。


「蒼のそういうとこ、ずるいわ」

「どこが」

「『気にしてない』顔しながら、ちゃんと見てるとこ」


 言い返せなかった。図星だからだ。


「じゃあ次。『学生時代に力を入れたこと』」

「研究室のゼミ……って言うと弱いよね」

「弱いかどうかは中身次第」

「中身……。うーん……」


 日向はマフラーの端をいじりながら考える。

 その癖も変わらなくて、ふと、昔を思い出す。

 毎日のように一緒に過ごしたあの頃を。


(そう)。私、ほんとに普通やと思うんよ」

「普通なら普通でいい」

「面接官って、普通を嫌うやん」

「面接官が嫌うのは『普通』じゃなくて『空っぽ』だ」


 日向が少しだけ目を見開いた。


「空っぽ……」

「中身があるなら、普通でも伝え方で勝てる。たとえば──」


 俺は日向のゼミの話を聞き直した。

 どんなテーマで、どんな調査をして、どんな失敗をして、何を直したのか。

 日向は最初こそ詰まりながら、だんだん言葉が出てきた。


「……あ。これ、言えるかも」

「経済学の論文読み込んでるとか、俺も初めて知ったぞ。正直、尊敬した」

「そ、そうなん?」

「褒めるときには嘘は言わなかっただろ」

「そ、そうやけど。蒼が尊敬、なんて……」


 俺は一体なんだと思われてたのだろうか。


「話戻してだ。お前については、逆だ逆」

「逆?」

「普通の就活だといいストーリー作るのがポイントなのはわかるよな」

「それくらいはね」

「お前は逆にやってることをさらっと流しすぎ。勿体ない」

「そ、そう……?」


 イマイチ実感がないらしい。


「他にも俺も忘れてたけど、学園祭実行委員会で自前配信基盤組んだだろ?」

「蒼が文句言いながら教えてくれたの覚えとるよ」


 こいつはまた、そういうことを嬉しそうに……。


「で、あれも最終的にほとんどお前がメイン作業担当したから売りにできる」

「大学生のおままごとやと思ってた」

「とにかく!そういうの込み込みでアピールすりゃそこらの就活生よりだいぶ強い」

「……わ、わかった」


 日向が「たしかに」と小さく呟いた。

 それからは、日向の実績を聞き出して組み立てていくのにシフト。

 学園祭の企画立案、ゼミの話、漫画サークルでの会計実務。などなど。

 聞けば聞くほど、無自覚なまでに実績がでてくる。


「……面接の練習の前にレジュメ作ろう。勿体なさすぎる」


 他人の実績についてはだいぶ辛口なところがある俺だが。

 にしても、勿体ない。


「そ、蒼が言うのならほんとなんやろけど……照れる」

「というわけで、今すぐレジュメ作成会やるぞ」

「ええの?」

「乗りかかった船だろ」

「また、照れ隠し」

「ほっとけ」

「「ほっとけ」も禁止(・・)

「……どういたしまして」

「最初から素直になればええのに」


 ああ、もう。顔から火が出そうに恥ずかしい。


「昔から、そういうのは苦手なんだよ」

「知ってる」

「だろ」

「ほんとに仕方ないんやから」


 そう言って微笑む日向。


(こういうところも、昔から好きだった)


 俺はふと、自分の思考が危ない方へ滑りそうなのに気づいて缶コーヒーを飲んだ。

 苦い。


◇◇◇◇


 面接練習改めスマホでのレジュメ作成会は、思ったより長引いた。

 窓の外はすっかり暗くなっている。


「はぁ……脳みそ筋肉痛や」

「いい傾向だ」

「褒めてる?」

「半分はな」

「もう半分は?」

「今まで使ってなかったところが痛いってこと」

「ひど」


 日向はストローの紙をくしゃくしゃにしながら、少し笑った。


「ウチ、ちょっと楽しいんよね」

「うん?」

「蒼と喋ってるのも久しぶりやし。最近はご無沙汰やったし……」


(……そういうこと、さらっと言うなよ)

 会計を済ませて外へ出ると、空気がまた冷たい。

 日向が肩をすくめる。


「帰り、駅まで一緒でええ?」

「いいよ。お前、下宿は出町柳(でまちやなぎ)近くだったよな?」

「こっからやと……祇園四条(ぎおんしじょう)から電車乗るとええかな」

「じゃあ川沿い行くか」


 歩き出してすぐ、日向がポケットを探った。

 そして固まる。


「……あ」

「どうした」

「イヤホン、ない」

「またどっか置いてきたのか」

「たぶん、カフェ。ウチ、さっき机の端に──」

「戻るか」

「うん……。でも蒼、用事は──」

「ない。戻ろう」


 即答すると、日向の肩の力が抜けた。

 カフェに戻る道。

 日向はやけに静かだった。


「蒼ってさ」

「ん」

「ほんまに、面倒見いいよね」

「そんなことない」


 別にこいつが頼んできたから。ただ、それだけだ。


「今日だって、想定質問びっしりやったし、レジュメも……」

「やり過ぎだったか?」

「ちゃう。……嬉しいの」


 言い切ってから、慌てて付け足した。


「嬉しいって言っても、手間かけて考えてくれたことであって……」

「ツンデレムーブかよ」

「蒼のそういうところは嫌いよ」

「悪い」

「ほんと、昔から天邪鬼(あまのじゃく)やね」


 日向が小さく笑った。


◇◇◇◇


 カフェに着くと、店員が申し訳なさそうにイヤホンを差し出した。

 日向が礼を言って受け取る。


「ほんま助かったわ……」

「よかったな」

「うん……」


 日向はイヤホンを握りしめたまま、俺を見た。

 何か言いたそうな目。


「蒼もそういえば、忘れ物してた」

「え。何だよ」


 全く身に覚えがない。


「レジュメ作ってる途中。蒼のスマホ、ちょっと見えたんよ」

「見えた?」

「メモのタイトル。『日向が落ち込んだとき──』って。他にも色々」


 心臓が、変なタイミングで跳ねた。

(見られた)

 俺のスマホには、面接用の質問リストとは別に、日向に関するメモがある。

 日向が緊張したときにどう声をかけるか。

 日向が落ち込んだときに何を言うと余計傷つくか。

 日向が好きな飲み物と、苦手な匂いと、話題にしない方がいい家のこと。

 俺だけが持ってる、日向専用の地図だ。

 それを、見られた。


「盗み見するつもりはなかったんやけど」

「……別にいいけどさ」

「よくない顔してる」

「してない」


 日向が強い決意を秘めた瞳で一歩近づいてくる。

 俺は逃げたくなる。


「蒼。私のこと、どう思ってる?」

「どうって」

「友達?幼馴染?単なる腐れ縁?それとも……」


 軽口みたいに言ってるのに、目が笑ってない。

 日向は逃げ道を塞ぎに来てる。

 でも、俺がいつも逃げてるからこそでもある。

(逃げても仕方ないか)

 俺は深く息を吸った。


「……好きだよ」

「どの好き?」

「そっちが思ってるやつ」

「……言い方、雑やん」

「雑でも本気だ」


 日向は数秒、固まっていた。

 それから、少しだけ口元が緩んだ。


「ねぇ。確認してええ?」

「いい」

「今のって、告白?」

「そう。たぶん、俺の人生で一番素直なやつ」

「へぇ……。じゃあ、返事するわ」


 日向は、マフラーをぎゅっと握って、目を逸らした。


「私もね。蒼が好き。ずっと」

「……いつから」

「小学校の帰り道。蒼が私のランドセル、代わりに持ってくれた日」


 ふと、脳裏に景色を思い浮かべようとした。

 が、あまりにも昔過ぎる。

 

「あったような、なかったような……」

「はっきりせえへんね」

「仕方ないだろ。小学校の頃なんて全部覚えてられるか」

「ええけどね。私が覚えてるから」


 日向が俺の袖をちょん、とつまんだ。

 触れるか触れないかの、意図的な距離。


「ねぇ蒼」

「ん」

「これからさ。ちゃんと、頼っていい?」

「いいよ。どんと来い」

「ほんまに?」

「ほんとに」


 言ってみたら、思ったより簡単だった。


「頼っていいって言われるの、嬉しい」

「俺も」

「蒼も?」

「『頼っていい』って日向(・・)が言ってくれるの嬉しい」

「……ずるい」

「何が」

「今の言い方。胸にくるわ。いつも天邪鬼なくせに」


 日向は俺の肩にそっと額を寄せた。

 温度が乗る。

 俺は動けなかった。


「蒼。私、変なことしてる?」

「してない」

「よかった。……したかっただけ」


 日向は小さく息を吐いて、顔を上げた。


「付き合ってるってことでええんよね?」

「そうなるな」

「よし。じゃあ、改めて宣言するわ」

「何を」

「蒼は私の彼氏」

「日向、声に出すな」

「出す。だって、ずっと言えへんかったし」


 日向がくすくす笑って、俺の手を取った。

 手袋越しでもわかる。

 こいつ、緊張してる。

 並んで歩くと、歩幅が自然に揃う。

 それが、妙に嬉しい。


◇◇◇◇


 改札前で、日向が立ち止まる。


「今日はありがとう」

「こっちこそ。……日向」

「なに」

「帰ったら、連絡してくれ」

「過保護?」

「普通に心配」

「ふふ。了解。彼氏(かれし)さん」


 日向は手を振って、改札の向こうへ消えていった。

 俺はしばらく、その背中を見ていた。


◇◇◇◇


 北野白梅町(きたのはくばいちょう)近くにある下宿が俺の家。

 その家に着いて、コートを脱いで、ソファに沈んだところでスマホが震えた。


『着いた。寒い。今日は……ありがと』

『俺も。無事でよかった』

『ねぇ、(そう)

『ん』

『「好き」って、何回言ってもいい?』

『回数制限はないからな』

『じゃあ言う。好き』

『……俺も』


 送信した瞬間、既読がつく。

 照れてるスタンプが飛んできた。


『好き』

『俺も』

『大好き』

『うん』

『めっちゃ大好き』

『ああ。俺も』

『ほんとにほんとに大好き』


 (こいつ……)


『あのな、日向』

『ごめん。はしゃぎ過ぎた』

『わかったらいい』

『蒼、ちょっと偉そう。別れる?』

『勘弁してくれ』

『冗談だよ』


(あいつ、ほんと……)


 俺は笑って、スマホを胸の上に置いた。

 心臓の音が、普段よりうるさい。

 もう一回、震える。


『蒼』

『ん』

『次の面接練習、いつにしよか』

『面接練習だけかよ』

『彼氏練習もセットで』

『何の練習だよ』

『デートの練習。手、繋ぐの上手くなる練習』

『今日の時点でだいぶ上手かっただろ』

『上手かったけど、もっと上手くなる』

『欲張りだな』

『欲張り。蒼のことは特に』

『土曜、昼から本屋行く?』


 俺がそう送ると、少し間が空いて。


『行く。絶対行く。……そのあと、賀茂川も』

『寒いぞ』

『寒いのは嫌やけど。蒼が隣におったら、ちょっとマシ』


 京都の寒さが意地悪でも、こういう抜け道はあるらしい。


『おやすみ。蒼。……私の彼氏さん』

『おやすみ、日向……俺の一番大事な人』


 たまには反撃してやりたくて。

 日向には一度も言わなかったことを書いてみた。


『ちょちょ。めちゃにやけるんやけど。実は別人が……!?』

『失礼な』

『い、言うても、一番大事な人って……。これ今夜寝られんやつやー』

『せいぜい苦しむんだな』

『そういうとこはやっぱり蒼っぽい』


 こうして俺達は付き合うことにになった。

 けど、付き合っても言うほど甘くなる気がしないな。

 そんなことを独りごちた、寒い寒い、心が暖かくなる京都の冬の夜だった。

ご無沙汰しています。久野です。

今回はやりとりメインで、いつもに比べると甘さ控えめ?

京都ローカルな風情マシマシの短編です。


テーマは「冬の京都」でしょうか。


寒い冬に暖かくなっていただければ幸いです。

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