第16話 悪の証明
翌朝、スーパウロは騒然としていた。
市庁舎前の広場には報道陣が詰めかけ、
各国メディアがライブ中継を始めている。
見出しが並ぶ。
――「将棋協会会長アキヤマ、緊急会見を予告」
――「政府・警察幹部も同席へ」
昨日の決戦は、ただの文化行事ではなかった。
それは、この街の“秩序”そのものを揺るがす火種だった。
*
壇上に現れたアキヤマは、黒のスーツに身を包み、
疲労の色をにじませながらも、
その瞳はまっすぐ前を射抜いていた。
マイクの前に立ち、深く一礼する。
「……この街は、もともと混沌だった。」
一言で、会場の空気が変わる。
記者たちが顔を上げる。
「法は形だけ。
警察も政治も、誰も市民を守れなかった。
暴力が支配し、“正しさ”では生き残れない時代だった。
だから私は、“悪”を選んだ。」
ざわめきが広がる。
フラッシュが連続で光る。
「“マルア”――それは秩序を保つための裏の組織だった。
罪を抑えるために、さらに深い罪を築く。
私はそれを“必要悪”と呼び、街を動かしてきた。」
壇上の後方で、政府関係者がざわつく。
警備員がインカムに手を当て、何かを伝える。
それでもアキヤマは止まらなかった。
「……そしてその裏では、市の幹部、警察、政治家――
多くの者が金と権力で繋がっていた。
その記録も、今日この会見の後にすべて公開する。」
記者たちがどよめく。
怒号が飛び交い、政府関係者の顔が蒼ざめた。
だがアキヤマの声は揺れない。
「私は悪で街を守った。
だが昨日――“読み”に敗れた。
暴力ではなく、理でもなく、
人の心を見通す“読み”の前に。」
スクリーンには、タツヤの△5六銀が映る。
静かな一手が、街全体を揺るがせた瞬間。
アキヤマはその映像を見つめながら、かすかに笑った。
「タツヤ。
お前が示したのは、“悪”を越える秩序だ。
私はそれを見て、ようやく悟った。
この街の秩序を、一度壊さなければならないと。」
壇上が騒然となる。
警備員が駆け寄り、アキヤマを囲む。
だが彼は、微動だにしなかった。
「……悪で支えた街は、悪の上にしか立たない。
だから私は、壊す。
それが、私のけじめだ。」
「アキヤマ会長! マルアの関係者は誰ですか!」
「市長も関与していたのですか!?」
記者の声を背に、
アキヤマはゆっくりとマイクを置いた。
「タツヤ。
お前は“悪”を否定したわけじゃない。
“悪”を読んだ。
その先を生きろ。」
警備員たちが彼を連行する。
フラッシュの光が、まるで裁きの光のように降り注いだ。
「……あとはどう読むか、だ。」
扉が閉まる音。
その瞬間、会場の喧騒が波のように押し寄せた。
タツヤは群衆の中で、ただ黙ってその背を見つめていた。
怒りでも、哀れみでもない。
一人の“読み手”として、静かに。
(あなたはこの街を守った。
悪でしか守れない時代に、悪で秩序を作った。
けど――これからは、“読み”で守る。)
タツヤは拳を握り、息を吸う。
心の奥で、あの日の声が響く。
――守って、読み切って、刺せ。
*
夕方。
ニュース番組が世界を駆け巡る。
“アキヤマ会長、政府汚職を告発し自首”
“スーパウロ政界に激震”
テレビの映像を、遠くのアパートでタクミが眺めていた。
ソファに深く沈み込みながら、ぼそりと呟く。
「……すごいやつだタツヤ。」
しばらく無言で画面を見つめ、
やがて静かに目を閉じた。
「だが、その後が――本当の勝負だ。」
窓の外、風が鳴る。
その音が、盤上の駒音のように響いた。
――悪は終わった。
だが、“読み”はまだ続いている。
スーパウロの空に、
新しい夜が、静かに降りていた。
後書き
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これにて「マルア編」、ひとまずの完結です。
スーパウロという街で、“必要悪”を読み切った男・タツヤ。
彼の読みは、まだまだこれから続きますが、
まずはここで一息。
もちろん更新は続けていきます。
初投稿から、手探りで物語を綴ってきました。
感想もブクマもありませんが、
ユニーク数が少しずつ増えているのを見るたび、
「誰かが、読んでくれてるんやな」と嬉しくなります。
たまたま流れ着いて、読んでくれたあなた。
もしかしたら、全部読まずに去ったかもしれない。
それでも――
少しでもこの物語に目を通してくれたこと、ありがたく思っています。
タツヤの読みは、ここで終わりません。
この先、“悪”では守れない街で、
彼が何を守り、何を読み、何を刺すのか――
もし気が向いたら、またページを開いてください。
読みにきてくれてありがとう。
心から、ありがとう。




