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8. The Strongest Fairy

<これまでのあらすじ>

 中規模商社の営業職、更科巧(さらしなたくみ)31歳は、夜の山道をドライブ中こっそり乗り込んでいた女の子を成り行きで街まで送ることになった。

 女の子の名は有本藍子(ありもとあいこ)、地方銀行に勤める25歳。身に覚えのない周囲からの冷たい視線に耐えながら日々なんとか暮らしていたところ、行内で噂のエリート王子様(江口総一郎)に熱烈なアプローチを受けるようになる。

 なぜか江口と食事をする事になった藍子だが、帰りがけ、山奥に連れてこられ恐怖を感じてしまい逃げ出したところ、偶々たくみの車を見つけ潜り込むことにした。

 どうにか街まで送ってもらった藍子だが、家に帰る気にもなれず駅前のネットカフェで一夜を過ごす。

 翌日、これからどうしようかと思案していると、昨日の車の男性の事を思い出して一か八かでその人に頼ってみる事を決意する。

 

 藍子を匿うことになったたくみだったが、これからどうしたものかと考えあぐねて……





    8. The Strongest Fairy(協力要請)




「えーっ⁉ ウッソ? マジかよ⁉」

――(コイツ、高校生かよ……)


 新道茂明(しんどうしげあき)

たくみの同期で数少ない友人だ。

 課は違うが同期という事もあって、時々酒を飲んだり、ごく偶に車で一緒に出かけたりする程度だが、お互い己のペースを主体にする性格なので過干渉にならないくらいの関係が続いている。

 尤も新道の方は見た目がそこそこ映えるというか、性格やノリが万人受けするタイプなので、やれ合コンだやれイベントだと各方面から声がかかる。

社交性の面で俺と対極にいる人間だが、なんとなく気が合うので不思議なものだ。


 新道に話して良いものかどうか、正直戸惑っていた。あまり自分絡みの話をしたことがないし、どう切り出せばいいのかと思案したまま告げられないでいた。

――(聞かされても面倒だよな、やっぱりやめるか……)

 グダグダと考えていたところ、階段下の自動販売機でコーヒーを買っている新道を見かけ、いつものユルユルなその顔と雰囲気に思わず声を掛けてしまったところだ 。


「まぁ…… なんだか成り行きで……」

「成り行きってお前、成り行きでそんな事になるもんなの?」

「ならんよなー普通……」


 女の子を拾ってしまって、今一緒に暮らしているなんて、どこからツッコんでいいのか本人の俺でも見当がつかない。

その部分だけを聞けば家出少女を体よく自宅に連れ込んだエロ中年の所業だ、弁解の余地なく重犯罪だと認める。


 ヤイノヤイノとそんなことを話していると、階段を降りてきた人物から声がかかる。


「あんた達ねー、中学生の昼休みじゃないんだから会社でバカ丸出しの会話とか止めなさいよ、上の方まで聞こえてたわよ」


『えー、ウソー、マジー』

下唇を突き出してバカ丸出しの再現をしながら自動販売機に硬貨を入れているのは美咲女史、俺たちの先輩にあたる(豪快)お姉さんだ。



 美咲まなみ(みさきまなみ)

 俺たちの三つ上だったから34歳、バツイチ。

短大卒なので俺達より入社は五年早い程度だが、既に財務会計部署の主任で、一課二課を束ねているエリート才女だ。


 体型も顔立ちもシュッとしていてクールビューティな印象とは裏腹に、声や話し方はざっくばらんで、インテリジェンスというよりは歯に衣着せぬ職人の親方然としている。

 言動もさることながら、意外(?)と人情家で、周りや部下の子たちへの面倒見が良く、正に姉御肌を体現したような女性。そして新道の想い人でもある。


 入社後数年経って新道が突然、「たくみ、チャンス到来だ!」と言って女史にアタックを開始した。

なぜだか俺まで巻き込んでくれやがる事が多かったので、いつの間にか三人でつるむ事が多くなって、今ではたまに俺のアパートで宅飲みをするくらいの仲になっている。


 後で知ったが、新道は入社当初から女史に一目惚れだったらしい。その時は彼女が既婚者だったので、想いを誰にも悟られないようにしていた(新道にしては偉い)が、離婚したという話を聞きつけて「チャーンス!」と相成った。(意外と一途なんだなコイツ)

 

 新道の方は最初から愛してますアピールを盛大に叩きつけているので、女史が気が付いていないという事はあり得ないが、今のところ正式に付き合っているのかどうかは本人達の公言も無いし、よく分からない。正直この状況から「付き合ってはいない」と言われても、「は? 意味わかんない」って感じだが、まぁお互い色々あるんだろう。(そらあるだろうなー)


 ちなみに“美咲女史”というのは俺の中の彼女に対するイメージと畏敬の念を込めた呼び方なのだが、以前新道と話していてつい「美咲女史は……」と言っていたところをたまたま通りかかった彼女に聞かれてしまい、

「なるほど、女史ね…… 女子じゃなくて悪かったわね、覚えてなさいよクソガキ共」

と変なキレ方をされたので、以来この呼び方は俺の心の中だけに留めている。

――(そう言えばあの時もたまたま通りかかって聞かれたんだよな)

 要所の気配を敏感に感じてその場に居合わせる神出鬼没さは、妖精か女神様か。

――(魔王が一番しっくりくるな……)そういう御姐様だ。

 

 女史が缶コーヒーを一口飲んで、販売機脇の段ボールの上にそれを置くと、持っていた資料に目を通しながら

「で、どんな仰天ニュースがあったのよ? どーせ大した話じゃないんでしょ……」

と訊ねてくるのに、新道がソッコーで口を割る。

「たくみが女の子と同棲始めたんだってさ」


 文字を追っていた女史の視線が止まり、ゆっくりこちらを見据える。

「…… ガチで?」

――(中学生じゃん)




 アリアが俺の車に勝手に乗り込んでいたくだりは話をややこしくするだけそうなので適当にごまかしつつ、今までの経緯を一通り説明した。二人は終始「はあ?」みたいな顔で聞いていたが概ね理解できたようで

「なんとも狐につままれたような話だな、そんな事あるんだ?」

と新道が呆れ気味に言う。

――(俺も最初は幽霊だと思ったくらいだ)

「その子も災難だったろうけどよく匿おうと思ったわね、たくみ君」

と美咲さんが言ってくるが、当の本人が一番そう思っている。今考えても不思議だ。


「しかし良くやったたくみ! 偉い! オレでもそうしたわ」

「お前と一緒じゃなぁ……」

――(不安しかないんだが?)

「でもこの後どうするかよねぇ……」

「それなんですよね……」

――(そこなんですよ美咲女史、さすが分かってらっしゃる!)

流れ的に美咲さんも巻き込んでしまったが、正解だったと嬉しくなる。

「ただ、たくみ君の話だけじゃなんとも判じ得ないわね、その子本人の話も聞いてみない事には…… あと……」

「あと?」


「そうそれ、で、どうなんだよ?」

新道がワクワク顔で聞いてくる。

「どう…… とは?」

――(なんだ? 何か他に重要な話はあるか?)

あの車に乗り込んでいた件以外の事実は特に思い浮かばないが……。

「その子とやったのか?」


「…… ??」

一瞬理解が追い付かなくて呆けてしまったが、意味が分かると怒りがこみ上げてきた。

――(何言ってんのコイツ? バカなの? いや知ってるけど)

「はぁ? 出来るかよ! 手負いで弱り切ってる女の子だぞ。そんな事するわけないだろ!」

 

 俗っぽい奴だと思ってはいたが、そんな事をこの場面で聞いてくるとは正直驚いた。というより失望だ。やはり相談する相手を間違えたと後悔し始めた時

「いや、そこは重要なのよ」

――(…… え? 女史まで?)意外な言葉に驚く。

「たくみならそんな状況の子でなくても手は出さないだろうからなぁ」

「……」

二人の言ってる意味が分からなくて、戸惑うことしかできない。


「ちょっと新道の聞き方がバカ過ぎるんだけど、たくみ君がヘタレって話じゃなくて、キミがその子にどれだけ思い入れがあるかって話なのよ」

――(新道はバカだし、俺は確かにヘタレですけど……)

「お前のことだからそんなやり得な状況でも、その後の面倒ごとを考えたんだろ?」

「⁉ ……」

あまりに的を射ていて何も言えなくなってしまった。

 そう、その後の面倒や後ろめたさが煩わしかっただけだ。きっとあの子のことを思ってのことではない。どこまでも俺は自分本位に行動しているだけだ。

――(だけどそれがどういう……)


「そんなキミがその子を自分の部屋に匿って、尚且つ私達に相談してくるなんて余程の事か、もしくは他にも事情があるのか……」

「……」

「彼女をどうするかって事の前に、お前がどうしたいかって話なんだよ、たくみ」

「あ……」



 そうだ、彼女に「君はどうしたいの?」なんて聞いておきながら、本当のところは俺がどうしたいのか決めかねて、彼女に全ての決断を丸投げしただけだ。手負いで弱りきっている女の子に……。


――(だけど…… そんなのはもう決まっている)


「俺は…… 、あの子をどうにかしてあげたいと思っている…… と思う」

そう思ったから匿った。この状況を受け入れた。

「一時的にじゃなくて、できれば全ての…… とまでは言わないけど、差し当たって直面している問題をどうにかして、あの子が元気になって(笑って)くれたらと……」

モヤモヤしたものを口に出してみると、案外自分でも決心してるもんだなと驚く。

 

 新道がきょとんとした顔の後、美咲さんを見る。

「まなみん、どうこれ?」

「待って、ヘタレな弟が急に逞しくなって……あ、ちょっと泣きそう」

――(コイツ等ぁ…… それにやっぱりヘタレって思ってんじゃねーか!)


 美咲さんが潤んだ目尻を押さえながら(本当に泣いてんじゃないだろうな? この人)

「そこまでその子の事を想ってあげてるってことはよっぽどなのよね。任せて、応援するわよ!」

ぐぬ…… 、けどまぁ美咲さんが乗ってくれるなら百人力だ、何とかなりそうな気がしてきた。

「そもそもたくみ君ならそんな関係になってないって分かってたけどね、新道と違って」

「ええ、瀕死の小鹿でも腹が空いてたら食べそうですもんね、躊躇なく」

「鬼畜の所業よね」

「待て待て、なんでオレがディスられてんだよ」

新道が憤慨し、美咲さんが冷めた目でそれを見ている。

――(この二人、やっぱりデキてるよなぁ……)


「となると先ずはその子に会ってみないとな、話も直接聞いてみたいし…… 。よし!飲み会だ、たくみんち(家)で!」

新道がワクワク顔で言ってくる。


「? おい! なんで家主の俺放っておいて決めてんだよ」

「え? だって外の店でってなったらその子も遠慮しちゃうだろ? 周りに人がいたら込み入った話も言い出し辛くなるだろうし」

――(コイツ意外に気配りがマメだよな、鬼畜のくせに)

「まなみんも行くよね?」

「うむ、行こう」

「行こう」

――(本当に大丈夫かなこの二人で……)

「…… 分かったよ……」

そういう事になった。



 善は急げというか、とにかくその子を早く見てみたいという二人(新道と女史)の些か不純な動機で、アリア詣での宅飲み会は翌日の金曜日にとなった。

 二人に相談した日の夜、会社から帰宅後にアリアにその旨を伝えると、最初不安そうな顔をしたものの「ごめんなさい、よろしくお願いします……」と言ってきた。

アリア本人もどうしたらいいのか分からないのだろうと思い至って、つくづく「君はどうしたいのか」なんて偉そうに聞いてしまった自分が腹立たしく情けない。

「いや、どうしたらいいか一緒に考えよう」

また恩着せがましく言ってしまった気がして更に滅入ってしまう。

 

 金曜日当日、七時過ぎになって美咲さん達が訪れた。

新道が大量の食材が入ったレジ袋を「はい」と俺に渡してくるので、

「いつも思うけど、出来合いの物とかを持ってくるだろ普通」

「え? だってたくみが作ったのを食べながら飲む会だぜ? 何を今更」

と本気で「何言ってんの??」みたいな顔をしてくるので反論を諦めた。

女史はケーキを持ってのご登場なのでまだ許せる。デザートまで作れとは言わないだけ社会人として、いや人として真っ当だ。

「一応持ってきたけど、たくみ君が作ってくれるならそっちを食べるからね」

――(うん、知ってた、所詮人でなし共だ)

 俺の後ろでアリアがオドオドしているので、早めに紹介することにした。


「えーとこちらが……」

急に気恥ずかしくなって俺の方がしどろもどろになっている。 

「あの…… たくみさんにお世話になっています、有本藍子と申します……」

『これ以上小さくなれないからね? 』と言ってあげたくなるほど身を縮込まらせて、か細い声で言う。

美咲さんが察してくれたのか優しく微笑みながら、

「初めまして有本さん、美咲まなみです、よろしくね。で、こっちのアホっぽいのが……」

「オッス! オラ新道! よろしくな! 新ちゃんって呼んでくれよな!」

――(壊滅的にスベってるし、シンちゃんじゃクレヨンの方だぞ)

 アリアを見ると下を向いている、(え? 怖くなった? やっぱり無理だったか?)と思ったら肩が小刻みに震えているので、(あ、俺と同じこと考えてシンちゃんにツボってんな)と悟った。

一先ず新道の結果オーライに感謝しておく。



「うーん、学生時代の合コンだと鉄板の掴みだったんだけどなー、あの頃は金髪にしてたんでワックスでこう逆立ててさー」

髪を手で逆立てながら新道が言い訳がましい話をしている。

――(ああ、それならちょっとはウケたかもだが、金髪とセットが前提だぞそのネタ)

「やっぱり今の若い子には通じないかー、ちょっとおじさんショックだなー」

――(それがな、この子意外とそっち(漫画)方面大好物みたいだぞ)


 アリアは幾分表情が和らいでいるようなのでとりあえずは大丈夫だろう。

 想定通り食材だけ持って来やがったので、とりあえず何か作るかと台所に行きかけて、はたと足を止める。

――(……って待てよ。俺が料理を作ってる間、アリアを二人の前で放置はまずいか?)

 あの二人なら無用な圧をかけずに話をしてくれるのは間違いないが、アリアの方は少しハードルが高いかと心配になった。

「あのさアリア……」

「あ…… たくみさん! 私手伝います!」

アリアは逃げ出した。

「おやおや美咲さん、ご覧になって? 既にあだ名と下の名呼びですわヨ」

「あらあらまぁまぁ、仲がおよろしいのネ、ウフフフフ」

しかし回り込まれてしまった。

――(アリア…… まだ君のレベルじゃ回避は無理だ)

結局全員で準備をする事になった。

――(キッチンくそ狭いのに!)


「たくみーちょっといい肉買ってきたんだ、焼き肉にしようぜ!」

半額シールの貼られた牛肉と豚肉、それと鶏胸。

「どれも中途半端な量だなぁ、鶏に至っては胸肉のブロックだぞ。お前これで焼き肉って……」

「え? 無理か?」

新道が本気で理解して無さそうなので、放っておいてメニューをざっくりと組み立ててみる。


「うーん……それじゃあちょっと贅沢だけど、牛は細切りにしてチンジャオロースーにしよう、嵩も増すし皆でつまめる。豚は生姜焼きだな、ビールに合うし。鶏は茹でて野菜と一緒にバンバンジー風にすればサラダも兼ねられるな」

よし、メインの献立は決まった。(後はと……)


「たくみさんって本当になんでもチャチャッと作っちゃいますよね、しかも美味しく」

アリアが半ば呆れ気味の感想をもらす。

なんだか自分にとっては普通だと思っていたことが、思いの外評価されているようで嬉しくなってしまう。

――(…… うん、気分は悪くないな、がんばっちゃおっと)

「な、ウチのお抱えアイアンシェフは優秀だろ?」

新道がドヤ顔で言うが、お前に召し抱えられた覚えは一切無い。

「アリアちゃんも料理するの?」

――(コイツもうアリア呼びかよ)なぜか少しイラつきを感じた。


 本当に新道は人との距離を簡単に詰める。またそれがあまりに自然で「以前から知り合いだった?」と相手本人さえ錯覚してしまいそうなほど無理がない。

 才能なのか後天的に身に付けた技術なのか分からないが、俺には努力しても習得できそうにないので羨ましい限りだ。

――(まー新道の場合は生来の性格が一番大きそうだけど)


「私本当に料理はダメで……いえ! 他も全然ダメなんですけど、ずっと実家暮らしだったもので食事はつい母に甘えてしまって……」

――(印象そのまま箱入りっぽいもんなぁ)

家族関係はうまくいってるんだろう。妹さんの声の感じも本気で姉を心配しているようだったし。(ちょっと楽観的に過ぎる気はするけど)

「こちらでお世話になって、改めて私も料理くらい作れなくちゃって痛感したんですけど……たくみさんを見ているとその……」

――(んえ? 何? 俺なんかしたっけ?)

「あー、分かるわ、一番最初に居ちゃダメなタイプよね」

美咲さんが乗っかってくる。(は? 俺のどこがダメなの?)

「私も前に結婚してたから、人並みくらいには出来るつもりでいるんだけど、たくみ君が料理してるの見ちゃったら迂闊に手なんか出せなくなっちゃうわよね。圧倒的に効率的で的確だし、何といっても美味しいし。ここに来たら大人しくお酒飲みながら料理が出てくるのを待ってるのが正解って、すぐに悟ったわね」

「はあ??」(なんだそれ?)

「美咲さん! まさしくその通りなんです!」

アリアが『わが意を得たり‼ 師匠―――っ!』みたいな顔で女史を拝んでいる。

「待て、俺が悪いのかそれ?」

「そうそう、オレなんて最初はなから分かってるから潔くシェフにお任せだもん」

「新道貴様は黙っとれ」

なぜか俺が悪いみたいな流れになっているのが、全くもって解せない。

「でもまなみんの料理も結構美味しんだぜ」

新道がなぜかドヤ顔でアリアに言う。

「貴様は黙ってろ」

美咲さんが新道をキッと睨む。

――(お? ちょっと照れてる?)

  アリアが「?」という顔をしている。ここまでの会話からこの二人の関係を察せているかどうかは分からないが、とにかく共同作業の中で会話が自然と進むようになってきたのは僥倖だ。

 どこまでの狙いがあったかは分からないが、新道と女史の思惑通りだとすると恐ろしいほどの手腕と言わざるを得ない。(絶対新道は何も考えてないだろうけど)


 とりあえず調理を進める事にした。

「じゃあ、鍋で湯を沸かして沸騰したら鶏肉を入れてくれるかな、沸かす水に砂糖小さじ一と塩を一つまみくらい入れておいて。あ、お酒もちょっとだな」

アリアに指示を告げる。

「え? そんなちょっとで味が付くんですか?」

――(ああ、そうか)

「味付けの為じゃないんだよ、簡易的なブライン液の効果を……」

「……?」

――(通じんわなぁ……)

「その、、肉を柔らかくするのが目的でね」

「これでお肉が柔らかくなるんですか??」

『魔術的な何かかしら?』みたいな顔をしている。

 実のところ俺も実感できるほどの効果を感じた事はないが、せっかくだしやらないよりは良いだろうくらいの感覚で習慣的にやっているだけで、そういう意味では確かにおまじないみたいなものだ。

「な。なんかもうキモイだろ? コイツ」

新道が俺を指さしながら言う。

「うるせーぞテメー」(アリアに同意を求めるんじゃない!あと馴れ馴れしい!)

「いえそんな! 流石よくご存じだなーと……」

――(あ、キモイと思ってんなこの子)

「私は知ってたわよー、違いがわかんなかったから私はやらないけど」

美咲さんが被せてきた。

 その見切りっぷりが俺よりも“ 漢 ”って感じだが、一応知ってたアピールをしてくるあたりは、元主婦として譲れない何かがあるんだろうと可愛く思ったりもする。



「えーとビールってどれくらいあったっけ?」

新道が冷蔵庫を開ける。

「オレが買ってきたのを合わせると、350が7本と500が5本と……四人だと一人当たりどれくらいだ?……」

「大体1.24リットルくらいですね」

鍋のお湯が沸くのをじっとみつめたままのアリアが間髪入れずに言う。

「え?」

「え?」

アリアを振り返る新道と、なぜ見られているのか分かっていないアリア。

「1.24?」

「……あ! すみません、正確には1237.5㎖です!」

概数で答えてしまった事で不快にさせてしまったのだと勘違いしたアリアが正確な数字で言い直す。

「お、おう……」

更に数字が細かくなって返ってきたので、完全に新道の思考が止まってしまっている。

「……あー私飲まないわよ、車あんだから」

テーブル(というか食材を置く為の小さなサッカー台だが)でキュウリの細切りをしていた美咲さんが新道に声をかけた。

「それだと1650㎖です」

「……」

「……」

新道と女史がまじまじとアリアを凝視する。俺も見ちゃっている。アリアは「?」な顔。

「んーと……凄いね……」

精一杯の新道のリアクション。こんな追い込まれたコイツの顔は初めて見るかも、ちょっと楽しい。


「いえ、そんな! 全然大した事なんてないです、単純な算数ですし……」

――(単純な算数か……)

 式は単純だが、即答は普通ない。電卓でもエクセルでも数字入力すら終わっていない、俺なら。(プロならアリなのか? まさかなー……)

キュウリの細切り作業に戻りながら美咲さんが、

「銀行に勤めてるって聞いたけど、みんなそんな感じなのかしら?」

驚いているのかどうか表情からは読み取れないが、それとなく話を促し始めたようだ。

「えーと……どうなんでしょう、もちろん周りは全員数字のプロですからこれくらいは普通なんじゃないかなと……」

――(無いな)

 勘定のプロなのは当然だが、全員このレベルだとは考えられない。算盤の暗算技術上級者か、計算特化型の学習塾に長い期間通っていた人間のレベルだろう。それでも可能かは疑問だが。

「塾とかにずっと通ってたとか?」

美咲さんもそう考えたようだった。

「塾は大学受験の時に半年ほど、英語と国語でしたけど……」

――(数字関係ねー)

「あの、数字には昔から抵抗が無いというか、割とすぐ頭に入ってきちゃうんですよね、だから他の人よりかはちょっとだけ得意かなってくらいで全然自慢できるほどの物でもなくてですね……」

謙遜とかではなく、本気で大した事では無いと思っている。

――(あーやっぱり無自覚系かー)

 一番質たちの悪いやつだ。周囲に対しても、自身に対しても……。

「いやいや、普通にすごいでしょ? オレ計算とかダメだから尊敬するわ」

――(お前も物流の営業だし、数字のプロの端くれだよ? 何言ってんの?)

しかし…… 端くれだからこそ分かる。さっきの些細なやり取りの一端で彼女の異質さが。そして、

“ きっとこんなものではないぞ ”と。


「でもそれだけ数字や計算に明るいと随分重宝されたんじゃないの? 職種的にも」

「……」

アリアの表情が如実に曇る。

――(普通そう思うよな……)

アリアが職場でのあらましを静かに、訥々と語り始めた。


「……最初は私も役に立たなきゃと思って、受け持った業務以外のところも気が付いたら出来るだけ処理するようにしていたんですけど……」

基本的に聡い子だ、間違いや不足に気が付いてしまうし、何より簡単に処理できてしまう。新人が飄々と自分達以上の業務をこなす様は、先輩諸氏にしてみればさぞ気分の良いものではなかっただろうと改めてその状況が思い浮かぶ。

「…… で、余計な事はするなとか言われた?」

美咲さんが鋭いほどに核心を突く。

「⁉ ……」

アリアが一瞬ビクッと体を強張らせ、「はい……」とうなずき……俯く。



 さっきからずっとお湯は沸いてる。

――(はいはい俺がやりますよー)

火を止めて鶏を入れて蓋をする。このサイズとお湯の量なら二十分強ってくらいか、三十分だと固くなりそうだ。

――(こっちは任せろ。がんばれ、アリア)


「しみったれた連中だなー……あ、ごめんね、同じ職場の人だよね」

新道がイラつき顔で言う

――(うん、それは俺も言った。でも新道ならそんな子がいたらこれ幸いと自分の分まで丸投げするよな。うーんどちらがマシなんだ? 分からん)

「いえそれは……大丈夫、です……」

自分が悪かったのだからと思っている、なぜ悪いのかは分からないのに。

鶏を入れた鍋を見つめてはいるが、意識の外と言った感じ。

目の前の情報が認識できないほど頭の中はグルグルと、いろんな光景と感情が入り乱れているんだろう。


「それからは受けた仕事以上の事は手を出さないようにして、とにかく目立たないようにしていたんです。それで少しは風当たりも弱まった感じだったんですが……」

 この先を話そうかどうしようか迷っているようだ。

気持ちは分かるがこの子の抱えている、というか解決すべき問題はそこからの話も重要な要素だと感じている。

――(まずは全てを話すところからだ……)


「……少し前から、ある男性にその……頻繁にお誘いを受けるようになりまして……」

「ほう」

「ほう」

おや?

「他部署の上役の方なんですけど、銀行の偉い方の縁者らしくて……」

「ほうほう」

「ほうほう」

二人の様子が……!

「容姿的にもそれなりというか……まぁスマートな方で、行内の女性にも多くのファンがいるようで……」

「キターーーーッ‼」

「ヤッフゥーーーーッ‼」

二人は“ デバガメー ”に進化した!(いや退化だろ)

「アリアちゃん、話はそこまでよ! 後は飲みながら聞かせてもらうわ。たくみ君! 準備は出来たの?」

「シェフ! 女王様が酒肴をご所望じゃ! 疾く持ってまいれ!」

――(ぐぬっ…… 厄介なモンスター共め!)


 アリアが少し笑っている。真面目に話を聞こうと思ったけれど、今の彼女にはむしろこういう雰囲気の方が救いなのかもしれない。

――(この二人がそこまで考えてやっているとは到底思えないけど……)

「…… 御意」

一人大人しく準備を進める。




 牛肉とピーマンを細切りにして、肉の方には塩コショウと醤油・酒、おろしニンニクを入れて馴染ませておく。本来なら筍が欲しいところだが無いのでつまみで買っておいたザーサイを刻んで代用にする。あとは彩りでニンジンも入れるか。(本来って話ならそもそも牛じゃなくて豚らしいけどな)食感役としては十分だろう。

 フライパンに火を通しておいて、直前で肉に片栗粉を薄くまぶしてから投入。粗方火が通ったらニンジン・ピーマンとザーサイを入れ、鶏ガラスープの顆粒と甜面醤、オイスターソースを加えて最後に胡麻油で風味をつければ完成だ。

チンジャオロースーがこってり目なので生姜焼きの方は片栗粉をまぶさずにさっぱりと仕上げる。

肉も一口大に切り、つまみ用に取り分け易くする。味付けはショウガと酒と醤油と砂糖のシンプルなやつ。いつもならニンニクを入れるがチンジャオロースーにも入っているし、(女性陣が気にするかな?)と思ってやめておいた。

 茹でた鶏肉をほぐして、キュウリの細切りともやし(サッと茹でた)、そして手でちぎったレタスの上に乗せ、胡麻ドレッシングをかければ手抜きバンバンジー完成、超簡単。

後は……、田舎から送ってきたいぶりがっこを刻んでクリームチーズと和えて、クラッカーと一緒に出しとけば

――(箸休めになるかな?)

 

 出来た先から新道が搔っ攫って宴の卓に出してくれるので現場の状況は分からないが、もうちょっと野菜っ気というかさっぱり感が欲しいか?という気もする。

 トマトにオリーブオイル、みじん切りの玉ねぎと塩コショウ、酢を混ぜたドレッシングをかけて……

――(となるとチーズ系を合わせたいな……)

「たっくみー! もう十分だからいい加減こっちに来なさいよー!」

まずい、女王様が既に出来上がっている。

――(車だから飲まないんじゃなかったの? おい従者何やってんだよ)

「…… ハイ、喜んでー」



 卓についてみると、アリアはすっかり打ち解けていて……

――(ってこの子も結構飲んでるな? え? おい目が据わってないか?)

美咲さんの目はもっと座っていて

「もう本当に手が込み過ぎなのよいつも、お母さんかよ」

「ええぇ……」

――(がんばったのにこの言われようだよ)

「そーだそーだ、オレでさえ心苦しくて気持ちよく飲めねーよ」

――(今以上に気持ちよく飲もうとしてたのかよ新道! 従者テメー〇すぞ)

「何事もやりすぎは良くないと思います!」

ついでにアリアも言ってくる。

――(は? え? は? アリアさん? 君がそれ言うの? ブーメランどころの騒ぎじゃないよ、ハレー彗星直撃でも生温いわ!)


「それにしてもこの鶏肉、ホントに柔らかいですねぇ、これがあの儀式の効果なんですかね? ホントに効くんですねぇびっくり」

――(やっぱりおまじないくらいに思ってたなコイツ)

「アリア! それは違うわよ!」

――(とうとう呼び捨てだよ、俺も既にコイツ呼ばわりだけど)

「料理わね、火の入れ方で全てが決まるのよ。焼く・煮る・揚げる・蒸す、そして単純にして最高難易度なのが【茹で】よ、しかも鶏の!」

アリアが師匠の言葉を神妙な面持ちで聞いている。

「茹ですぎると固くなるし、甘いと中まで火が通らない。中まで火を通して尚且つ柔らかく茹で上げるのは全てたくみ君の技術! まさに匠の技なのよ!」

「はえー」

――(はえーじゃねーよ! 女史も何上手いこと言ったみたいな顔してんの? ダメじゃんこの人も…… )

「故に私はブライン教には入信しないし、ここに来たならタクミンに全て丸投げよ!」

「あー…… 、引っこ抜かれて死ぬまで働かされるやつですよね? それ」

――(それとブライン教ってなんだ?)

「はい! 私もその所存です!」

――(いや、君はもうちょっと料理がんばろうや)

「それでいいのだ!」

「どこの誰のパパだよ」(バカ新道め!)

これほど一人だけ素面なのを後悔したことはない。

――(もうこれ以上俺にツッコませんなテメー等)



 俺も交じって飲み始めたが、場は終始バカ話で盛り上がってしまい、今日の目的【アリアの今後】については一切進展が無い状態だった。

――(ここからの軌道修正はなかなか難しいぞ)と思いながら時間が過ぎる。


 粗方料理も食べつくそうかというあたりで、アリアが本棚の一番下に横置きで置いてある黒いケースを指さし聞いてきた。

「あのー…… たくみさん、あれって何なんですか?」

「…… あー、あれか」(あれは……)

黒いアタッシュケースの小さい版みたいなそれを引っ張り出し、開けてみる。

「お? 麻雀牌じゃん」

新道が覗き込む。

 

 大学生の時、仲間内と遊んでいて卒業する先輩から譲り受けたものだが、開けてみるのは久しぶりだ。もはや懐かしい当時の記憶が蘇る。

――(あの頃は麻雀ばっかりやってたなぁ、レポートも作らず……)

「ちょうど四人で面子揃ってるしやろうぜ!」

新道がノリノリで、ケースを卓の上に乗せながら言う。

――(そういえば会社に入ってからはやってないな、新道はできるのか? 知らなかった)

「えー、私やり方とか知らないわよ」

と美咲さん。

「大丈夫だって、簡単簡単、オレが教えるから」

――(待て待てあんたら、今日この会の趣旨をだな……)

そう思いながらアリアの方を見ると、

「……」

――(あれ?)

当のアリアが興味津々な顔で箱の中を見ている。

「…… やったことある?」

「やったことはないんですけど、最近漫画で見て面白そうだなーとは……」

「…… やってみる?」

「…… 少し興味はあります……」

会の目的は理解しているようだが、興味の方が勝っているらしい。

正直俺も、久々の牌の感触に少しうずうずしていたりする。

――(…… もういっか、真面目な話はまた今度で)

「じゃあちょっとだけやろうか」

ただのお遊び会になった。


「じゃー、なんか賭けようぜ」と新道が言うが、こんな内輪で金を回しても不毛だし、そもそも内二人は完全初心者だ。

――(こういう場合は当たり障りの無い軽い罰ゲーム的なのとか……)

アリアが不安げな顔で訪ねてくる。

「あの…… 負けたら血を抜かれるとか……」

「無いから」

――(この世にそんな麻雀あるか!)

「じゃあ一番負けが食器洗いとかにするか」

アリアがホッとしている。

――(あーキミが読んだ漫画何か分かったわ)


「とりあえずどんな感じかやってみよう」という事で、席はそのままで始めて見る。

 卓上を片付け、マットの代わりにシーツを二つ折りで重ねて乗せる。夜中だし近所迷惑にならないように、「牌を混ぜる時は静かに」と念を押す。

 初心者二人は最初、牌を積むのも四苦八苦していたが、キャッキャと楽しそうにしているので

――(初々しくて微笑ましいが、どんどん会の趣旨が遠ざかっていくな……)

と改めて思う。

 一通り基本的なやり方をレクチャーしたところで、

「じゃあ半荘勝負でやってみますか」と本番戦に入る。

 一応新道が美咲女史の手を見てあげながらなので、勝負も何もないが、久しぶりの牌の感触に心ならずもワクワクしている。一応アリアに

「俺も(アリアのを)見ながらやろうか?」

というと

「いえ、大体分かったので大丈夫です」

と早くも独り立ちを宣言されて少し寂しさを覚えた。


 サイコロの結果、美咲さんが起家で開始。順も中ごろ辺りで

「ねえ、これ…… 要らないのよね?」

と美咲さんが新道に聞いている

「…… うん、まぁ要らないですけど、どうでしょうね? ……」

「何よそれ? だって要らないじゃん、はい、いーらないっと」

場に牌を捨てる。

「あ、それロン、満貫8000点になります」

新道が美咲さんの顔を見ないようにしながら自分の牌を倒す。

「エッ⁉ ちょっ⁉ …… なっ‼」

「エ…… グ……」

「うわぁ……」

美咲さんはぶち切れ、俺は呆れ、アリアはドン引きしている。

――(公開コンビ打ちで相方をはめるとは、本当に鬼畜だなコイツ……)


「もういい! 貴様はいらん‼ 要はセブンブリッジみたいなもんなんでしょ!」

美咲さんが自立を宣言し、場も中盤。

「うう…… 萬子マンズが来ない……」

アリアがぼやく。

――(麻雀ってなんか用語がいちいち卑猥だよな……)

――(アリアもう少し気にした方が良いかな、女の子なんだし。あと待ちがバレバレよ)

「ローン! ねー? これ間チャンズッポシってやつじゃない⁉ ねえねえ!」

美咲さんが新道の肩をバシバシ叩きながらはしゃいでいる。

――(はい、美咲さんはいいです。楽しそうで何より)


 最終局、俺の親で二本場。なんだかんだで皆一回は上がっているが、俺が少し浮いているぐらいか。リーチはしてみたものの、今回も流れそうだ。(出ると思ったんだけどな)

聴牌テンパイ

流局で俺が牌を倒すとアリアが

「あーやっぱりそれ待ってましたよね」

と自分の牌を倒す。

――(⁉ 自分の聴牌を蹴って俺の当たり牌を止めてやがる! 二つ共‼ 今日初めて麻雀する奴の打ち回しじゃねーだろそれ……)

――(恐ろしい子……! (白目))

「あー……聴牌してない時は自分のは晒さなくていいからね……」

一応そう告げておく。


 結局次で俺がアリアに振り込んでしまい(あの待ちはねーよフツー)半荘終了。

「で結局誰が負けたんだっけ?」

新道が自分の点棒を数えながら言う。

――(僅差だが、俺の予想ではお前だ新道)

「美咲さんが23500、新道さんが20300、たくみさんが27800で……私が32400です。すみません、最後たくみさんから上がっちゃったんでエヘヘ」

アリアが照れながら言う。うれしそうだ。

――(自分のを数えるまでもないだろうな。それにしても便利だなこの子、なーんて思っても絶対口にしちゃダメだけど)

「……はーホント凄いっつーか、アリアちゃん便利だなー」

――(新道、ホントにコイツは……)

美咲さんがじっとアリアの顔を見ながら言った。

「……アリアちゃん、うちの会社でバイトしない?」

「え? ……」

――(え? ……)


 美咲さんの突然の提案にアリアも俺も驚いてしまった。

「先月会計の子が一人辞めちゃって人手が足りないのよね」

「え…… とぉ……」

アリアが戸惑っている。俺はもっとだが。

「それと差し当たっては私のとこで暮らすのはどう? ここじゃ何かと不便でしょ? 見たとこクレンジングすら無いみたいだし」

――(クレンジング? ……)

「あ、いえ、洗顔フォームがありますし……」

「若いからって肌の手入れを怠っちゃダメよ? それだけじゃないけど他にも男じゃ分からない事沢山あるからねー、たくみ君じゃ特に」

俺を呆れ顔で見ながら言ってくる。

――(あ、化粧を落とすやつか。さっきトイレに行った時に洗面所とか浴室見たんだな)

 自分でも思っていたが、男の俺じゃ女性の生活必需品など想像もできない。アリアは遠慮して言い出せないし、不便な生活になっている事がずっと気がかりだった。

――(俺じゃそこまで気が利かないもんなぁ…… ん? 特にって何よ⁉)

「まぁバイトするかどうかは後でもいいけど、とにかく私のところに来なさい。たくみ君が良いならだけど……」

と、今度は睨みつけるような顔で、俺を見る。

「な、なんで俺が……」

 返答に困ってアリアの方を見ると、複雑な表情の後で決心したように言う。

「あの……今の職場の事もはっきりしていないのでバイトのお話はまだ分からないんですけど、美咲さんのところへというのはその…… もしお願いできれば…… と……」

正直、少し(いやかなりだけど)衝撃を受けてしまったが、

――(…… まぁそうだよな、それに越したことないよ)

と思う気持ちも本当だ。

「あの! たくみさん! こんなにお世話になっておいて勝手なのは重々承知なんですが……その……あの」

「ああ、俺の事は気にしないでいいから、当然美咲さんのところの方が良いに決まってるし……」

「いえ、あの……」

「?」

「このままだと……」

「え? なになに??」

――(なんだなんだ?)


「確実に体形が変わってしまう‼」

顔を両手で覆いながら物凄いカミングアウト。

「あー……」

美咲さんと新道が声を合わせて俺を見てくる。

「……」

――(…… そーかよ、そっちですか)

しかし、俺との生活が苦だったからという理由じゃないと分かって、なぜだか少し嬉しくなっている。


「…… よーく分かった、小豆缶があるから最後に白玉ぜんざいを作ってやる」

「アーーーーーッッッ!」

悲鳴のような、断末魔のような叫び声をあげてアリアが突っ伏す。

美咲さんと新道が、笑いながらそれを見ている。




 その後(ぜんざいもケーキもしっかり食べて)仮眠をとった翌朝、アリア絡みの荷物をまとめて美咲さん達はアリア共々ここを去ることとなった。


「本当に……ご迷惑ばかりで……本当に……」

死ぬほど申し訳なさそうにしているアリアに

「いや、何も力になれなかったけど…… きっと大丈夫だよ」

意味の無いありきたりな言葉をかけてしまって、改めて自分の無力感を噛みしめる。

――(本当に何にもできなかったな……)

「そんな…… どれだけ救われたか…… 、あの! 必ず改めてお礼をさせて頂きますので!」

「ああ、そんなのはいいから……」

と言いかけて、初めて会った日の最後の場面を思い出す。

――(……)

「俺に出来る事があればいつでも力になるから」

「…… ありがとうございます…… 本当にお世話になりました」

深々と頭を下げてくる。

――(…… これもあの時と同じ光景だ……)

なんだか気恥ずかしいのもあって、努めてしんみりさせない様、

「これ…… 餞別に」

残ったお米を渡す。美咲さんが大笑いしながら

「助かるわー」

と言った。

 この人に話してみて、いやこの人と知り合っていて本当に俺は恵まれていたと実感する。

「美咲さん、色々と…… ありがとうございます。アリアをよろしくお願いします」

頭を下げると、後ろの座席に乗り込んでいた新道が顔を出す。

「任せとけって!」

「新道、お前に言ったんじゃねーよ」

――(この関りを繋げてくれたコイツにも少しだけ感謝しとくか。1ミリくらい)

「ハハ、いつでも会えるじゃない、今生の別れでもあるまいし。じゃあご馳走様―、また会社で!」

「本当にありがとうございました!」

アリアが車の窓から顔を出す

「ああ、元気で。危ないから顔出すなー」

一瞬アリアの目が潤んでいるように見えたが、自意識過剰すぎだと自分を諫めた。

車が曲がって見えなくなるまで手をあげたままでいる。

――(一時預かりしてた猫が里親に連れられて行く時って、こんな気持ちなんかな……)

――(…… もしくは売られていく子牛か)


 なんとか気持ちを持ち直したいが、経験したことのない脱力感、というか無気力感で、すぐに動けずしばらくそのままでいると

『ブブッブブッブブッ……』

電話の着信を知らせるスマホの振動。表示には“すみれさん ”と出ている。

――(アリアの妹さん…… 通話って何かあったのかな?)

 確かアリアと連絡を取りたい時は、先にショートメールを送ると言っていたはずだ。

でもちょうど良かった。アリアは今まさに別のところに引き取られて(?)いってしまったので、それを伝えておかないと……。

「はい、更科です、ちょうど今……」

「初めまして、娘がお世話になっております。藍子の母です」

「…………」



――(ああ、本当の“ 血の気が引く ”って感覚はこういうのなんだな……)

いっそこのまま気を失ってしまいたかった。



                         つづく


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