22. So ready
<これまでのあらすじ>
中規模商社の営業職、更科巧さらしなたくみ31歳は、夜の山道をドライブ中こっそり乗り込んでいた女の子を成り行きで街まで送ることになった。
女の子の名は有本藍子ありもとあいこ、地方銀行に勤める25歳。身に覚えのない周囲からの冷たい視線に耐えながら日々なんとか暮らしていたところ、行内で噂のエリート王子様(江口総一郎)に熱烈なアプローチを受けるようになる。
なぜか江口と食事をする事になった藍子だが帰宅途中、江口に襲われると勘違いから逃げ出し、その先で偶々たくみの車を見つけ潜り込むことにした。
たくみに街まで送ってもらった藍子は家に帰る気にもなれず、たくみに縋ることを決意する。
藍子との思わぬ再開をしたたくみは、しょうがなく申し出を受け入れ藍子を匿うことにしたが、解決策が思い浮かばず同僚の新道と先輩にあたる美咲に相談することにした。
結果成り行きで、藍子は美咲に引き取られることになり、たくみ達の会社(八笠商事)へ勤める事となった。
順調に見えた日々に、突然関連会社との共倒れ(倒産)の危機が訪れる。
たくみとアリア、それぞれが初めての状況を経験しながら目の前の課題に奮闘する。
いよいよ開かれた事業計画報告会で、アリアはこの件(融資)の知ることになり自分の進むべき道を再認識する。
報告会は成功し、会社もどうにかなりそうな兆しが見えてきて・・・
22. So ready (それで)
年が明けて、高荻製作所の倒産が正式なものになると、まさに降り積もる雪のように忙しさが増していき、そのまま埋まってしまうんじゃないかと思うほどだった。
――(死ぬのかなオレ?)
融資予算の確保がどうにかなったとはいえ、実務はこれからが正念場なわけで、新規口との取引を軌道に乗せるまでは、気の休まることはなさそうだ。
そういえば今回の件について、副次的効果というかなんというか、業界内で
『リスク管理能力と対応力の高い会社』として、ウチ(八笠)の評判が上がっていると聞いた。
その影響かはわからないが、取引の問い合わせが増えていて、忙しさに拍車をかけている。
――(面白いもんだなぁ……)
昨年降って湧いたピンチが、こんな展開になるとは想像もしていなかった。
それもあってか、俺が知る限り社内は今までにない慌ただしさで、各部署も人もバタバタと動き回っていた。
ただ皆一様に明るい感じがするので悲壮感や陰鬱さは無い。
むしろ活気と言って良いかもしれない。
俺はと言えば、相変わらず会議だ打合せだ商談だと、芸能人みたいな(知らないけど)スケジュールに忙殺される毎日だった。それに加えて
結果としてやたら広がってしまった社内外の人脈のせいで、ひっきりなしに電話やメールだかが入ってきて、その処理だけで一日が終わってしまうような日もある始末だ。
更には係長だけでなく課長からも「認定試験の準備してるんだろうな?」と釘を刺され、休日に自宅で勉強している有様。
――(落ちたら嫌味どころじゃすまなそうだ……)
そう思う反面、期待されているのかもしれないと考えると、心ならずも「なら少しがんばるか」という気になっていた。環境だけでなく俺自身の変化に自分が一番驚いている。
――(やっぱり単純にできてんだなオレ)
そんな気はしていたけれども。
変化と言えば、年末のあの報告会で、美咲さんがぶっ放した(正にぶっ放しただ!)マーケティングや投資運用の新事業が、正式に発足することになった。
元々社としても新たな事業展開を画策していたところだったらしく、美咲さんの提示した企画書、それと大馬銀行の過剰とも思える程の後ろ盾
――(頭取がノリノリだったもんなぁ)
で一気に4月からの始動が決まったらしい。
――(でも美咲さん、いつの間に企画書とか用意してたんだろうな……)
前々から温めていた提案だったのだろうが、例(年末の)の報告会で銀行側の反応を見て「ここだ‼」と勝負に出たあたりは、実物の戦国武将を目の当たりにした気分だ。
――(普通の(生身の)人間ができる所業じゃねーよな……)
榎本部長をはじめ、後から話を聞いた役員達が震え上がったらしいから、俺の感覚は一般的だと思っている。
拠点は都内の本社に構えるという事になって、新規プロジェクトのリーダーとして美咲さんは四月から本社転勤となった。後任の主任枠は長谷部さんが確定しているらしい。
新道が「オレも必ず本社勤務に!」と変な燃え上がり方をしていた。
――(まぁ上昇意識のきっかけは人それぞれだよな)
と思っていると、「たくみ! 一緒にがんろうぜ!」と言ってきやがる。
美咲さんと一緒にアリアも行く事になったからだ。
「…… 行ってきます……」
「うん、頑張って…… いや、ほどほどに頑張ってだな、キミの場合」
三月の末から、東南アジア販路の商談関係の詰めで現地に行くことになり、美咲さんとアリアが都内へ向かう時期には日本にいない俺に、アリアが挨拶に来た。
「…… はい…… また連絡します」
交わしたい言葉はたくさんある。そしてそれはお互い分かっている気がする。
――(…… いや、オレがそう思っているだけか……)
そんな感傷に浸っている自分が、なんだか情けなく、またやるせなくもなる。
――(いつから俺の中の彼女はこんな存在になった? ……)
冗談っぽく言ったつもりの言葉の空々しさに、胸を搔きむしりたくなった。
「ああ、楽しみにしてる……元気で」
アリアが深々とお辞儀をして言う。
「本当に、ありがとうございました」
そして顔を上げ、しっかりとこちらを見据えて
「たくみさんも…… お元気で」
と言ったその顔はあどけなさの残る女の子のそれではなくて、大人の……
そう、輝くほどのとびきりの女性の表情なのに驚いて、俺は何も言えなくなってしまった。
戻っていくアリアの後ろ姿を、ただ寂しく、いっそ泣きたいほどに名残惜しくも
心の中で、大きな声で、俺からのエールを叫び、そして願う。
――(ここからだ、がんばれ!キミはキミ(アリア)で良い!!)
心の底から、それだけは強く硬く。揺るぎのない本気で。
つづく
次で完結です。




