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21. Angling

<これまでのあらすじ>


 中規模商社の営業職、更科巧さらしなたくみ31歳は、夜の山道をドライブ中こっそり乗り込んでいた女の子を成り行きで街まで送ることになった。

 女の子の名は有本藍子ありもとあいこ、地方銀行に勤める25歳。身に覚えのない周囲からの冷たい視線に耐えながら日々なんとか暮らしていたところ、行内で噂のエリート王子様(江口総一郎)に熱烈なアプローチを受けるようになる。

 なぜか江口と食事をする事になった藍子だが帰宅途中、江口に襲われると勘違いから逃げ出し、その先で偶々たくみの車を見つけ潜り込むことにした。

 たくみに街まで送ってもらった藍子は家に帰る気にもなれず、たくみに縋ることを決意する。

 藍子との思わぬ再開をしたたくみは、しょうがなく申し出を受け入れ藍子を匿うことにしたが、解決策が思い浮かばず同僚の新道と先輩にあたる美咲に相談することにした。

 結果成り行きで、藍子は美咲に引き取られることになり、たくみ達の会社(八笠商事)へ勤める事となった。

 順調に見えた日々に、突然関連会社との共倒れ(倒産)の危機が訪れる。

 たくみとアリア、それぞれが初めての状況を経験しながら目の前の課題に奮闘する。

 いよいよ正念場の時、しかし事業計画報告会に同行してきた頭取(江口)にアリアは別室に連れていかれ、今回の件(融資)の真相を知らされることになった。


 アリアと頭取が会議室に戻り、報告会は最後の山場と決裁の時を迎える……






      21. Angling(唖然)

 

たくみは、アリアが悲壮な顔で連行されて行くのをただじっと見送っていた。


 江口頭取直々(じきじき)の登場には本当に驚いたが、頭取の今日の目的がアリアであった事は容易に想像できたのでこの展開に至っても、そう悪い事にはならないだろうと思っていた。

 美咲さんもそれを察してアリアを躊躇ためらわずに差し出したはずだ。

――(アリアだけがその思惑おもわくを知らないのは少し可哀想な気もするけど……)


「では早速ですが、お申し出の内容をご説明頂けますか」

大馬銀行融資部門の横田部長が水を向ける。

「では私の方から。ご質問はその都度でも構いませんし、最後にまとめてでも構いませんので貴行のご判断にお任せします」

 美咲がレーザーポインタを片手にスクリーンの横に立つ。

――(榎本部長ではなくて美咲さんなんだ?)


 確かに下手に対面重視で上位役が出しゃばってボロが出るよりは、この件の内容を一番理解している人間が話した方が何かと都合が良いだろう。こういうところはお互いを認めて一度は夫婦となった者同志の呼吸の妙を感じ入る。


「では一通りご説明頂いた後に質疑を設けていただけますか?」

「承知いたしました」

今まで味わった事のない緊張感の中、報告会が始まった。


「必要帳票の内容は事前に提示させて頂いた通りですので、運用詳細と合わせて事業計画

書の説明を重点的にさせて頂きます」

融資側の一番の関心点はそこであり、相手もむしろその一点が今回の要求だ。


 淡々と進む説明を横田部長率いる銀行サイドは冷静な面持ちで聞いている。表情から感触がどうであるのかはうかがえないが、少なくとも悪い印象でなさそうなのはせめてもの救いといったところか。キリキリとした感触が鳩尾みぞおちに走る。

――(俺にもこんな感覚を味わう日が来るとは思ってもみなかったな)

なんだか夢の中みたいな不思議な感じがする。


 説明が始まって随分経った気がするが、一向にアリア達が戻ってくる様子はない。

――(まさか本当に叱責しっせきを受けていたりしないよな? 問い詰められてたり……)

と心配になってきたところで会議室のドアがノックされ、頭取を先頭にアリアが入ってきた。

――( ⁉ )


 アリアの目と鼻の頭が真っ赤だ。明らかに泣いていたに違いない。

思わず血の沸き立ちを感じる。


「やあ、中座ちゅうざしてしまってすまない、構わず続けてください」

頭取が全員に声をかける。


 一気に体温が上がる感覚と、そこから急激に下がる感覚が一挙に押し寄せて自分が今立っているのかどうかすら分からなくなる。

 振り向いくと、美咲さんも目に見えてに血の気を失っている。


「大丈夫かね?」

頭取が小さな声で()()()にアリアに声をかけているのが聞こえる。

――(?……)

「はい、もう大丈夫です、お気遣(きづか)いありがとうございます」

アリアがにっこりと笑って答えている。


 頭取がバツの悪そうな表情で頭を掻きながら隅の椅子に座ると、アリアが俺の横に来て

――(たくみさん、大丈夫ですから)

と小声で微笑んで言うのを聞いて、久しぶりに体に血が巡ってくるのを感じた。

――(…… ああ良かった、これは本当に“大丈夫 ”な大丈夫だ)

何故(なぜ)だか分からないが絶対的な確信と、この上ない安堵(あんど)

――(とりあえず良かった…… 本当に)

 ずっとアリアを目で追っていた美咲さんに、アリアが小さく(周囲には見えないよう)親指を立てながら、


「お話の途中で申し訳ございませんでした」

と深々とお辞儀をする。

美咲さんも俺と同じ事を感じ取ったようで、ホッとした表情になると

「では……」

と説明の続きに入る。

――(あれ?)

なんだかさっきよりも美咲さんのギアが数段上がった感じがする。

――(? 気のせいだよな?)

 

 一通(ひととお)り説明が終わると質疑応答に進んだ。

細々(こまごま)とした質問、それに答える中、相手側の長である横田部長が声を発する。

「15ページの新規取引先について、この見通しの根拠は?」

質問が挙がると、美咲さんがチラッとアリアの方に目を向けた。

「そちらにつきましては添付の補足資料20ページ目をご覧頂きたいと思います」

アリアが説明に入る。


「この株価傾向を見て頂く通り、今現在停滞しているものの、内外の需要回復の見込み、また先日交わされた外資投入の影響さえあれば向こう数年は上振れていくのは明らかですので……」

――(へーここからそう読み取れるのかー、いつの間にこんなトレーディングスキルみたいなのまで身に付けたんだろう?)

横田部長も「なるほど」みたいな顔をしてるのが見えて、専門家から見ても納得できる内容なんだろうと感心してしまう。

――(…… って、え⁉ 榎本部長と美咲さんまで「へーそうなんだー」みたいな顔してないか? オイオイあんたら全部理解した上でGOしたんじゃないんですか? ねー⁉)

ここに来て少し不安になってきた。


「・・・・ という事で当方本社の資材部の方も全面的バックアップ体制が整っておりますので、十分な見通しと考えております」

「…… なるほど、異論はありません」

――(うわ…… 知らないけど専門家を説き伏せちゃった? しかし…… 頭取はさっきから何やら神妙な面持ちになっているような……)

雲行きが全く読めなくて、心は落ち着かないままだった。


「ではこちらの東南アジアの新しい販路については……」

美咲さんが今度は俺を見てきた。隣のアリアも『やっちゃってください!』みたいな顔でこっちを見ている。

――(えぇ……)

 この状況で怯んでもしょうがないので腹を括る。(ここは俺の役責だ)

「そちらにつきましてはまだ確かな実績こそ無いものの、ここ最近の設備投資による品質向上が目覚ましく、品質・コスト的にも十分競争力があります。また政府がこの地域の工業都市化を積極的に進めるとの情報が上がっておりますので、この販路に先んじて手を付けることは他社に対して大きなアドバンテージを得ると考えています――」

 以前アリアに説明した内容だが、果たしてこんな程度の内容で納得してもらえるのか……。

「ありがとうございます。良く分かりました」

――(……え? 大丈夫ですか? あとで「やっぱり……」とか言わせませんよ?)

 相変わらず頭取の怪訝(けげん)な表情が気になってしまうが、アリアを見ると『グッジョブ!』みたいな顔をしてこっちを見ているので、(うれ)しくも気にしない事にした。期待に応えられたのなら良いかと思う反面、(ホントにちょろいな俺)と(いささ)か情けない気持ちにもなる。

一応美咲さんは?と見てみると、なんだか目がいつにも増して“キラリン! ”と光っている。気がする。

――(気のせい…… だよな? ……)


「なるほど分かりました、では最後に、ご希望の融資額は(借入)申込書の通り……」

横田部長が言いかけたところに被せるように美咲さんがぶっ放した。


「すみません、五年で十億をご融資願いたいと思います」

「 ⁉ 」


 この場の全員が絶句したが一番驚いたのはこちら(八笠)側陣営だ。

榎本部長なんて『エエッ! 聞いてないよーっ‼』という顔を美咲さんに向けている。

 大手商社ならまだしも、こんな中小に毛が生えたような中堅商社が十億の融資願いとは明らかに吹っ掛け過ぎだ。大手銀行でもさすがに限度額とか……。


「本日はご用意しておりませんが、弊社では今後マーケティングや投資運用の分野にも業務強化を進める予定ですので、更なる収益率もご考慮頂だければと思います。そちらについては後日改めまして構想説明をさせていただきたく思います」

美咲さんがさも”どうだ?あん?”という明らかに挑戦的(挑発的?)な顔で言い放つ。

 榎本部長が『それも初耳ー!』みたいな顔で、口が大きく開いたままになっている。

――(ご夫婦だった頃はさぞ大変だったろうな…… それで75点(後から新道に聞いた)とは鬼ですか美咲さん……)

今更ながら部長に同情してしまう。


「… た、確かにそういった分野の見識がなければこのレベルの計画書は作成できないだろうとは思いますが……」

横田部長が困惑顔でそろりと頭取の顔色を窺う。

「……ん? 何か問題があるのかね?」

――(え? 頭取こっち側なの?)

横田部長が情けなくも微妙な安堵の表情を浮かべ、美咲さんは机の下で拳を握ってガッツポーズをしている。

――(あ……流れ的に行けると踏んで、倍プッシュ(倍どこじゃないけど)してきやがったんだこの人。博徒ばくと過ぎだろ、こんな大一番で!)

「で、では…」と横田部長が言いかけたところで

「まぁ強いて言うなら……」

静かながら腑の底まで響く頭取の一声ひとこえに、全員が息をのむ。


「あまりに緻密で少し迂闊うかつに過ぎるな」

空間が一瞬にして凍りついて動けなくなる。誰もが頭取のその後の言葉を待つことしかできなくなった。

「手の内を(さら)け出し過ぎだ。私ならこの計画だけ買って大手の商社と進める」

――(…… 確かにそうだ)


 ノウハウもネットワークも充実している大手商社となら、ずっとローリスクで利が得られる。

計画書が良くできているからOKかと言えばそうではない、更に大きい利益が安全に見込めるならそれを優先するのが正しいビジネスだろう。

――(そもそも大手銀行がうちの会社に義理立てする理由は最初からどこにも無いわけで……)

「だが」

頭取が言葉を続ける。

――(……?)


気概きがいと本気の現われだとも取れる。その心意気が気持ち良い。俄然こちらの方々と組んだ方が面白そうだな」

展開の右往左往に一同が言葉を失ってしまっている中で、頭取が話を締めくくる。

「この縁が十億なら安いもんだ。横田君、後は頼むよ。」

「… はい、承知いたしました……」

――(横田さんも振り回され枠かぁ……有能な常識人ほど魔王にコキ使われるるんですね、お察しします……。あ、榎本部長も)

 相変わらず口を半開きにしたままの榎本部長が本当に可哀そうになってきた。




「では詳細の契約内容については事務方じむかたのほうで……」

と皆が退席を始めた時、頭取が振り返ってアリアに声をかけた。


「有本くん、やはり総一郎の嫁に…… 、いや私直下のポストも用意するがどうだろう?」

――(エッ⁉)

脈拍が一気に最大を超えて吹け上がるのを感じる。

あわててアリアの方を見ると、なんだかき物が取れたような、晴れ晴れとした顔でこう言った。



「ありがとうございます。身に余る事ですが、私は今自分がいるこの場所での縁を、掛け替えのない大切なものと思っております」

言葉を切った刹那(せつな)、ほんの一瞬俺の方を窺ったような気がして心ならずもドキリとする。


「ですので失礼ながら今回はご容赦(ようしゃ)頂きたく存じます」

といってアリアが深く頭を下げた。

 美咲さんがまた更に強く拳をギュッと握っている。

俺もなぜか握っている。


 頭取は一瞬キョトンとした顔をしたかと思うと、とたんにどこにでもいそうな気の良い爺ちゃんみたいな顔になって、

「ハッハッハッハ、総一郎も私も全く大物を逃したものだ! ハッハッハ!」

と笑った




           つづく



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