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2.I can‛t show

<これまでのあらすじ>

 中規模商社の営業職、更科巧さらしなたくみ31歳は、週末の夜の山道をドライブ中、どういう訳かこっそり乗り込んでいた女の子に出遭い、成り行きで街まで送ることになった。


 そしてその女の子とは……





   2. I can‛t show (藍子の章)


「はあ・・・」

なんとか今日も乗り切ったというが正直な感想で、仕事というより罰ゲームに近いこの日常をただ平穏にしのぎ切るのが、藍子のここのところの課題であり目標だった。


 なぜこんな状況になっているのかは藍子自身にも理解しかねるが、気が付けばいつも誰かのしっ責や中傷におびえて過ごすのが今の職場での常となっている。

 与えられた業務は人並みにこなしていると思うのになぜか自分に対する周囲の、特に同性からの良い感じでない視線が入行(にゅうこう)間もない頃から感じられるようになって、ここ最近の数週間では明らかな敵意と言ってもよいほどになっていた。


 

 藍子の職場は地方でも比較的大き目の銀行で、就職活動時も倍率はかなり高かったが、実家から近い事もあって(受かれば儲けもの)くらいの気持ちで願書を出し試験・面接を受けてみたところ、運よく採用してもらえた。

これはラッキーと家族共々娘の社会的門出を喜んで、藍子も短大迄出してもらった恩返しがようやくできそうだとやる気に満ち溢れていた。

 入行して一、二年ほど経ったあたりで何か周りの当たりがきつくなってくるのを感じて、藍子も最初は気のせいだろうと思っていたが、頼まれた書類の確認をしてもらおうと、担当の先輩(女性)に持って行ったところ、

「頼んだ内容以外の処理はしなくていいから!」

と強めにしっ責を受けた事で、それは確定的なものになった。


 藍子としては、処理上その後の工程で必要になるだろうし大した手間でもないのでそこも含めて対応してみただけなのだが先輩は余計な事だと激怒した。

 何がいけなかったのか、何が彼女を怒らせてしまったのかの理由が掴めない。

その後の処理は彼女がやろうとしていたから?いやあの程度の処理なら分担するほどの事でもないし、それこそ自分程度の使い走りにやらせておけばいい話だと思う。ならそれ以外の理由は?と考えても思い浮かばず、ただ

「すみません・・・」

とだけ謝り、その場を濁した。

 それをしたことで褒められようなんて思っていたわけではないし、過剰にやり過ぎた内容でもないと思う。あの程度の処理はそれこそ普通の範疇なはずだと。

 とにかく悪く思われる原因が分からないので、それからはひたすら与えられた業務だけを、そう「だけ」をこなすことに徹して、淡々と日々を過ごすことにした。

 幾分風当たりも弱まってきたかと思っていたころに、ある男性がやたらと接近してくるようになった。


 江口総一郎(えぐちそういちろう)

なんでもこの銀行本店頭取の縁者だとかで、いわゆる金融一族のサラブレッド。世が世なら公爵様の直系、まぁ有体に言えば王子様だ。

外見も高身長でシュッとしていて、目鼻立ちも端正に整っている。着ているスーツは何度か見かけた限りでどれも違っていて、全ていかにも高級そうだった。藍子としては

――(実際高級なんだろうなー)

と庶民的感想くらいの印象と記憶しかない。

 縁故で入行した三世代目のボンボンかと思いきや、仕事ぶりもなかなか立つようで、三十手前ながらもうそろそろ課長への昇進も囁かれている。この世の“高”を独占したような存在だ。周囲の女性陣も彼が現れると明らかに色めき立って、辺りの温度が2℃は確実に上がる。王子様ご降臨気候だ。



 そんな王子がある日突然藍子に、

「失礼、君のお名前は?」

と問いかけてきた。

 終業間際の残処理を片付けていた藍子は(さて今日の晩ご飯は何かなー)などと考えていて完全にノーガードだったので、至極事務的に

「有本です」

と答え、その後に初めて相手がかの王子だと認識した。

――(・・・は??)

「下のお名前は?」

「・・・え、と 藍子です」

訳も分からず無機質に答える。

「藍子さんね、今日この後ご予定はあるかな?」

「・・・・・・」


 張り詰めた空気が確実に時間を止めた気がする。異様な緊張感が漂い、周囲の人間全てが聞き耳を立てているのが分かる。

――(総ツキ〇マ雫……)脳内は混乱混沌極まれりな状態。


 なんとか現実に立ち戻り、返答を急いで探す。

「あ……と……」

――(は? ご予定? 何の? 私の? 何で?)

情報が多すぎて、理解も処理も追いつかないところに、

「もし予定が無ければ一緒にお食事でもと思ってるんだけどどうかな?」

――(お食事? あの食べるやつ?? なんで?)

なぜ予定が無かったら王子とお食事をしなければならないのかが分からない。いや、一般的にお食事デートのお誘いというのがこんな感じなのだろうとは藍子も知っている。しかしそこに自分が登場するシーンは無いはずだ。

――(ましてや相手が王子となんて……)

混乱は増すばかりだった。


「いきなりで驚かせちゃったかな? ゴメンゴメンつい、ハハハ。あ、失礼、僕は江口と言います」

――(はい、知ってますが? あと『つい』ってなんすか?)

藍子は正直、いやかなりカチンときたが、相手は他部署とはいえ係長の役職で、しかもあの王子だ。普通の女子職員なら感激こそすれ、無礼などとは微塵も思わないだろうと改めて周囲の目が気になった。

「魚料理の美味しいお店があるんで是非にと思ってね。忙しいかな?」

何と断るのが正解なのか分からないが、(そう、お断りの一択ですとも!)そろそろ返事をしなければと慌てて答える。

「あの、今日は家族と晩ご飯をと……」

藍子はそう言ってから

――(晩ご飯ってどーよ私⁉ ご予定が晩ご飯って)

全力で前言撤回したいが、他に良い言い訳も思い浮かばないので諦めた。

「ああ、ご家族との約束じゃ無理だね。ごめんね突然初対面の男から声を掛けられてびっくりしたよね、じゃあまた今度改めてお誘いするよ」

にっこり微笑んで颯爽と王子が立ち去ると、止まっていた時間が慌てて動き出すのが感じられて、藍子もハッと我に返った。

――(待って待ってマッテマッテ! 何爆弾だけ落として立ち去ってんのよ! しかもとびきりのやつ! どうすんのこの焼け野原……)

なるべく悟られないように周囲を窺うと、本当に刺さってるんじゃないかと思うほどの視線と興味が藍子自身に向けられているのを感じる。

 ちょうどそこに終業のチャイムが鳴る。(今しかない)とそそくさとデスクを片付けて、周りに届くか届かないかの声で「お先に失礼します……」と告げると逃げるように藍子はロッカーへ急いだ。

――(ここからは時間との勝負だ!)

事務部屋を出た瞬間からベストのボタンをはずし始め、ロッカーに入る頃にはスカートのファスナーを下ろし始めていた。

 未だかってない爆速タイムで着替え終え、走りださんばかりの勢いで銀行を飛び出すといつものバス停まで更に小走りで向かう。奇跡的にバスがちょうど入ってきたので何処行きかも確かめずに飛び乗った。


 職場からとりあえず脱出できたところで、藍子は改めてさっきの出来事を思い返してみる。

――(一体全体なんだったの? あれは……)

“ 突然目の前に現れた王子が、自分を食事に誘ってきた ”

何か仕事上の話があったのか?食事でもしながらこれからの金融ビジネスについて……(そんなわけあるかい!)

それでは何か、

――(……宗教勧誘とか?)藍子は我ながら発想の乏しさに泣けてきた。


 なかなか多岐に渡る王子(江口)の女性交友録や噂は、あまり他の女子行員と接点のない藍子でも自ずと耳に入ってくるが、特定宗教を信仰してるといった噂は聞いたことが無い。

 むしろどちらかといえば一部女子行員からは崇め奉られる側であり、信仰対象そのものの方だ。

そもそもその線は論外として、あと考えられるのは純粋にデートへのお誘い。

しかしそれも額面通りに受け取るわけにはいかない。自分を卑下するつもりはないが、王子に気に入られるような思い当たる節が全く無い。一目惚れにしたって人様に誇れるほどの美貌もプロポーションも持ち合わせていない。(そこは自信ある。悲しいけど)

念の為付け加えるなら、舞踏会の帰りに靴を落とした記憶も当然ない。

そういうわけだからあんな状況は、100%警戒対象として扱うべきだと藍子は判断した。

――(王子様が現れてくれるのを夢見る信者の子猫ちゃん達とは違うのよ!)


 藍子も恋愛なるものに興味が無いわけではない。そのうち人並みに彼氏ができて、最終的にそこそこの年齢で結婚できれば良いかなーくらいには考えている。それでも

――(いきなりラスボスはダメでしょ)

もっとチュートリアル的な相手と戦って(?)経験を積んでからだと思っている。

――(そもそも魔王と戦う気もないし)

それよりも何よりも、最悪なのが今の藍子の立場だ。

 そうでなくても風当たりの強い今の状況に、王子の落とした爆弾は確実に周囲の女子達を薙ぎ払った。そしてその女子達は爆心地でもがいている藍子を「お前のせいだ」と完全に敵認定しただろう。

そこまでいかずとも「何なのあの子?」くらいな気でいるはず。例え王子の真意が別であったとしてもあの状況から察せられる答えはひとつしかない。

――(状況が厳しすぎる……)

藍子は憂鬱になるばかりだった。


 来週には職場内全てでその噂が広まるだろし、直接何か言ってくる人達もいるだろう。少なくとも藍子を見る目はまた更に厳しくなるのは火を見るより明らかと思われた。

――(全く何てことしてくれてんのよ、ジェノサイド王子め……)

今になって汗がどっと噴き出してきたが、藍子にもそれがどんな種類のものなのかは分からない。とにかくこの先の未来の不穏さを煽る、イヤーな感じの汗だった。

――(あぁ今日の晩ご飯は何だろう、喉を通るかな……)


親子丼だった、とりあえずデザートの苺まで完食した。



「ねえねえ、江口係長にデートに誘われたって本当?」

昼休憩に近くの公園のベンチで藍子がコンビニおにぎりを食べていると、不意に声をかけられた。(来たか?)身構えると、同期の日向陽子(ひなたようこ)だった。部署は違うが、数少ない……

――(……嘘です、職場で唯一の友達です)

「なんだ陽子か」

「なんだとは何よ、でどーなのよ?」

藍子の隣に座るとペットボトルのお茶を飲みながら視線で藍子の話を促してくる。

「うーん……状況的にはそう見えるんだけど、意味が分からなくてね。なぜ私に声をかけてくるのか思い当たる節が全くなくてさ」

「一目惚れとかじゃないの?」

「今時そんな理由で職場で声かける? しかも私だよ?」

「あー、それもそうかー」

「…… 納得されてこんなにモヤッとする事ってあるんだ、いや勉強になります」

「ハハハ、ごめんそういう意味じゃなくて」

――(じゃあどういう意味だ? おん?)陽子をキッと睨む

「王子ってさ、チャラチャラした印象あるけど自分から女の子口説いたって話は聞いた事ないんだよね」

「え、そうなの?」藍子は正直意外だった。


「そうそう、大概女の方から寄って行って、王子の方も来るものは拒まずって感じみたいよ。まぁその数が尋常じゃないのと、一人だけを公に恋人って限定してないもんだから傍から見ると女性関係は派手に見えるわよね」

「へー……」

あの一見派手に見える交友録に、そんな真相があったとは驚きだ、しかしそうなると

「えーとそれって……」

「うん、故にその王子直々のお誘いって事は大本命確定! って見えるわよね、状況的に」

「ええ…… 最悪じゃない……」

――(まだ底があるのか……)


『幸せは飛び込んできて、不幸は列をなしてやってくる』と、どこかで聞いたような気がするが

――(行列長すぎでしょ、大繁盛かよ!)

藍子は顔を覆ってうなだれる。

「え? 嫌なの?」

「そりゃ嫌でしょーよ! そうでなくても良い目で見られてない状況なのに、火に油どころじゃないわ。刺されるかもしれない、マジで」

「あーそっちかー、あるかもね」

「あるの?」(やめて)

「でもアリア的にはどうなのよ、王子の気持ちに対しては」


 有本藍子でアリア、高校時代から同級生に呼ばれていたあだ名だが、陽子にこの話をして以降ずっと藍子の事はアリアと呼んでいる。

「そうだとしても正直なところ迷惑かな。外見もステータスも優秀だけど、それだけでときめくような性分じゃないし。そもそもどんな人なんだか全く知らないしさ。もっと言えばあの自信に満ちた行動、言動、声、顔が……あ、今嫌いな部類に昇格(降格?)したかも」

話しながらあの出来事を思い出して藍子は無性に腹が立ってきた(あのヤロー)

「えー、もったいなー」

「出来るなら代わってほしいわよ」

「それは残念、私シュウがいるからちょっと無理ね」


 芹沢修二(せりざわしゅうじ)、陽子が学生時代から付き合っている彼氏だ。何度か分かれる寸前までこじれた事もあったらしいがなんやかんやで今も続いていて、来年あたりには結婚も考えているらしい。一見ふわふわした印象の彼女だが意外と一途な性格であるようだ。一途になれる相手と出会えた幸運や、それを見極めた彼女の眼力が本当に羨ましいと藍子は思う。


「アリアってさぁ、結構隠れファン多いの知ってる?」

「はあ?」

――(はあ?)だ。

「見渡す限り敵しかいませんけど?」

「あんたって細かいところ良く気が付くじゃない。コピー用紙が切れないようにまめに補給してたり、くず入れが一杯になる前に捨てに行ったりさ、誰に言われるでもなく」

「? 普通じゃない」

陽子がキッ!と藍子を見て言う。

「それよ、普通にやってる姿が一部の男共にはキュンってくるらしくて、密かに狙ってるのも一人や二人じゃないみたいなんだよね」

「はああ?? 何それ?」

初めて知った事実に藍子は驚愕する。(てか隠れてないで出てこいや!)

「そんなところもその他女性陣の反感買ってる理由なんじゃないかと思うのよねぇ」

「……」

 そういえば藍子を敵対視してくるのは圧倒的に同性だった。中には男性職員でも冷たい態度の者はいるが、その他はいたってフラットに見えるし、にこやかに接してくれる人もいる。藍子の意識意図に係わらず、結果的に男性の気を引いているように見えたとしたら、さぞ良い気分ではないだろう事は予想できる。「何よあの子良い子ぶっちゃって」と。

だけどそれこそどうしろというのか。良い子アピールをしたわけでもないし、異性の気を引こうなんて思ってもいない。

――(むしろ目立たないように地味に徹してきたくらいだ)

藍子は謂れの無い理不尽な感情に苛立ちと戸惑いを覚えた。

「そこに来て王子様ご降臨かー、アリアも大変だねぇ」


 もう底が見えない。真っ暗過ぎて視野も思考も覚束なくなって、たまらず藍子は陽子に意見を請うてみる。

「気持ち的には無いけど受け入れたら風当たりが激化するのは必至よね。といって断ったら断ったでまたある事ない事言われるんだろうなぁ……ねえ、どっちがいいと思う?」

「うーん……、いずれの道も修羅ぞ」

「だよねー」

溜息と共に天を仰いだ。




 あの日からひと月の間に二度ほどお誘いがあった。なるべく江口の視界に入らないように、終業間際は特に警戒を怠ってはいなかった藍子だが、それでも二度ほど見つかって(悪い事してるわけでもないのに)

『今日はどうか? 来週はどうか?』

と江口が聞いてくるので藍子もその度

「すみません妹と買い物に行く予定がありまして」

とか

「来週もその時になってみないとわからないのでお約束なんて申し訳なくて……」

とやんわり凌いできた。

しかしもういい加減言い訳も厳しくなってきたし、何より周囲の「なに平民の分際で断ってんのよ」という視線がそろそろ殺意に昇華しそうなので、

――(ここはもう腹を括るしかあるまい)

と次に誘われたらはっきり、「困ります」と伝えようと藍子なりに決意したところだった。


 今までの傾向から週末金曜日の終業時が最も出現しやすい(UMAか)ようで、今がまさに週末の終業間際なのだが、いざこの時になってみると決意がグラついて藍子は逃げ出したくなってきた。

――(後五分で終わるから、どうせなら今日は現れないでくれないかしら)

と祈るような気持ちで全神経を課の入り口に集中させて(来るな!)オーラを藍子が発しているとそのまま終業のチャイムが鳴った。フライング気味にロッカーへ向かう。

――(ここを曲がればもうロッカーの扉、勝った!)

というところで、通路の向こうでまさに階段を上りかけようとしていた人物が、不意にこちらを振り向く。

「あれ? やっぱり藍子さん!」

――(…… ああ、終末だったか……)



                                 つづく


<すみません、すみません>


 銀行が終業の合図とか、それで勝手に帰れたりとかあり得ない(お金扱ってますしね)のは重々承知しておりますが、そこは大きな心で話の展開と流していただければ幸いです。

 ここからも常識知らずな内容が続くと思いますが皆様のお心とレシーブ力だけが頼りですので温かい目でご配慮いただければ幸いであります、何卒よろしくお願いいたします。


                                いのもとゆうき

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