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16. good dude

<これまでのあらすじ>


 中規模商社の営業職、更科巧さらしなたくみ31歳は、夜の山道をドライブ中こっそり乗り込んでいた女の子を成り行きで街まで送ることになった。

 女の子の名は有本藍子ありもとあいこ、地方銀行に勤める25歳。身に覚えのない周囲からの冷たい視線に耐えながら日々なんとか暮らしていたところ、行内で噂のエリート王子様(江口総一郎)に熱烈なアプローチを受けるようになる。

 なぜか江口と食事をする事になった藍子だが帰宅途中、江口に襲われると勘違いから逃げ出し、その先で偶々たくみの車を見つけ潜り込むことにした。

 たくみに街まで送ってもらった藍子は家に帰る気にもなれず、たくみに縋ることを決意する。

 藍子との思わぬ再開をしたたくみは、しょうがなく申し出を受け入れ藍子を匿うことにしたが、解決策が思い浮かばず同僚の新道と先輩にあたる美咲に相談することにした。

 藍子を交えた新道達との飲み会の成り行きで、藍子は美咲に引き取られることになり、

たくみ達の会社(八笠商事)へ勤める事となった。

 順調に見えた日々に、突然関連会社との共倒れ(倒産)の危機が訪れる。

自分なりの出来る事をと、取引先の新規開拓を模索するたくみは以前付き合いのあった知人(元高荻の営業中西)から思わぬ開拓先の伝手を得る。

 たくみの提案にアリアは手応えを感じ手詰まりだった計画書の完成を急ぐが、一人で抱え込むアリアは長谷部からたしなめられ自身のエゴを悟り、改めて周囲からの優しい協力を受け入れる。


 長谷部が帰宅しようとしたところに美咲が現れて・・・


 ◆◆◆今回は長谷部視点のお話です ◆◆◆





  16. good dude (イイ キミ)

    ―長谷部(はせべ) 美玖(みく) 語り―



「長谷部― 飲みに行こーよー」


 有本が最後まで未練がましく残ろうとしていたので

「みんなが帰れないのよ、あなたそういうところよ」

と釘を刺し、なんとか全員を帰宅させた後、自分(長谷部)の残り業務と明日の会議資料の体裁(ていさい)を整えてからようやく部屋の外に出ると美咲(みさき)が待っていた。


「えー…… 私疲れてんだけど、明日も仕事だし」

「いいじゃん久しぶりにさー、(おご)るから」

こういう時の美咲は何か話したいことがあるのだろう、仕方ないので一杯だけ付き合ってやるかと上着を羽織(はお)る。


「てかあんた車でしょ? 有本さんも一緒なんじゃないの?」

「タクシーに押し込んで帰らせたから大丈夫、あたしも飲んだらタクシーで帰るし」

「あっそう」

――(どうやら私だけに用があるみたいね)


 会社近くの明け方までやっているバー(ほとんど居酒屋だけど)に行くと、カウンターの席に並んで腰かけ、二人共とりあえずエールを頼む。

 駆け付け一杯を一気に半分ほど流し込むとマスターが「余り物だけど」と豚の角煮を盛った小鉢を二つ出してきた。

「もう、マスター愛してるわ」

「美咲ちゃんに言われると嘘でも嬉しいね」

「あら? 結構本気なんだけど」

「そりゃどーも」

マスターがカウンターの奥に入っていく。近くに深夜営業の店が無い事もあり、すっかり行きつけの店になっていて、お互い軽口はいつものことだ。


「で、何なのよ」

角煮を箸で切り分けながら(うなが)すと、美咲がこちらを向き直り、土下座せんばかりの勢いで謝ってきた。


「長谷部ごめん!」

「え、何? どうしたのよいきなり」


 同期というのもあるが(みょう)に気が合うところもあって、昔から色々な場面で(から)むことも多かった。

 仕事上の面倒な案件とかすぐに巻き込んでくるし、私生活の話でもよく相談を持ち掛けられた。

 自分も手を貸してもらったことはあるが、圧倒的にテイクはこちらの方だろうと思うので、謝られるとするなら思い当たる(ふし)は売るほどある。

――(最近ではなんだろう?営業部長への決算報告書類をまわしてきたあれか? ……)


「あんたにあんな嫌な役回りさせちゃってさ……」

――(…… ああ……)

今日の有本の一件が思い浮かんだ。


「聞いてたの?」

「たまたま通りかかったら不穏な空気感じてね……」

愁傷しゅうしょう(うつむ)く彼女(美咲)が新鮮に(うつ)る。

――(…… 珍しく本気でしょげているね、ちょっと面白いかも)


 美咲がうなだれたまま、自責(じせき)を噛みしめるように言う。

「あれは私がちゃんと言うべき事だったのよ、あの子をこの会社に連れてきた責任として。少なくとも長谷部に押し付けていいような事では無かったわ。ごめんなさい……」

 また更に深く頭を下げる。(うーん… ちょっとさすがに可哀想かな)

見ているこっちが居たたまれなくなってきた。


「いいわよ別に、あんた(美咲)もそのつもりで私に預けてきたんじゃないの?」

「いやいやそこまでのつもりは…… ちょっとあったかm……」

「あったんかい!」

 食い気味にツッコんでしまった。(同情して損したと秒で思わせに来るとは……)


「でもホントにそこだけは私がちゃんと言わないとと思っていたのよ、出来るだけ早い内にって。だけど……」

「だけど?」

「何でもできちゃうのよ、彼女一人で! しかも的確で最速で!」

「ああ、それよねぇ……」


 実際あの子(有本)は要所要所を最短距離でこなしてしまう。

余人の援助も、付け入る隙も無いくらいに。

 その他凡人の手助けなんてむしろ邪魔(じゃま)になってしまうほどに彼女の進める作業とその意図は的確で、全く無駄も見つけられない。

(はた)のこちらが(ひる)んでしまう、手を差し伸べるが(はばか)られてしまう。


「でもさ、一生懸命頑張ってるんだよね、むしろ応援したくなるくらい。そしたらさ……」

美咲が俯いたまま懺悔ざんげのように言葉を絞り出している。


 そう、それだ。そこは共感と同意しかない。

 

 才能に任せて淡々とこなしているわけではない。必要な情報を得る為に一生懸命駆けずり回って材料を揃え、答えを必死に探し求めている。彼女の想定する(きっと一般的でない)努力だ、生半可なものではないだろう。そんな姿をを見せられたら、「いい加減にしろ」なんてとてもではないが普通は言えなくなってしまう。

――(実際私もそうだった…… でも)

「でもこのままだとあの子は確実に潰れるわ」

「……」

美咲は黙ったまま相変わらず(うつむ)いている。


 今日有本を見ていて確信し、つい大声で叱責しっせきしてしまった私だからこその理屈と気持ちが(あふ)れ出す。


「どれだけ能力が高かろうと個人の力では限界があるし、何よりその事に彼女が自分の能力不足なのだと落胆して自滅(じめつ)してしまう未来は遠からずやってくる。『私はやはりダメな人間なんだ』って、『何もできない人間なんだ』って」

――(そう、私はそれが許せなかった)


 あの子を見ていてずっとモヤモヤしていた気持ちはこの一点に尽きる。美咲との、このやり取りで完全に腑に落ちた気分だ。

「だから私は叱責(しっせき)したの。ほぼ八つ当たりに近い感情だったけど抑えられなかったのよ」

美咲はぐっと噛みしめるような表情をしていて、それが我が事のように(つら)くもなってきた。

「…… でも打算もあったのよ」


 これは自分でもあざといというか、意地汚い部類の思惑(おもわく)なので美咲にも吐露(とろ)するつもりはなかったが、ここまで大見得(おおみえ)を切ってしまって恥ずかしくなってきて、つい奥底にある(わず)かな本音でバランスを取ろうと思ってしまった。


「例え効率や成果が落ちることになったとしても、彼女の思考や観点は、関わった人間のスキルを底上げするわ。確実に」

 少しの間関わってみただけで、(すで)に変わり始めている自分がいる。


「実際()の当たりにした私やあなたもそうだけど、今までにない視点が改めて自分自身の可能性を奮い立たせてくれるのよ。可能性への起爆(きばく)剤なの、彼女は」

 美咲がようやく顔を上げて私を見る。

それに目を合わさないようにしたのに、思わずついぼそっと続けてしまう。

「それに」

――(本音が止まらない…)


「…… それに?」

「頑張っている子が報われないなんてあり得ないでしょ……」


「…… ブッ!」

「ブッて何よ」

「あははははは、そっちが本音よね? 照れちゃってさぁブッハハハハハハ!」


 この人は粗野なようでいて、本当に人心の機微(きび)に敏感で(こま)やかだ。

さっきはたまたま通りかかったなんて言っていたけど、頻繁(ひんぱん)に様子を見に来ていたのだろう。



 美咲が主任に抜擢(ばってき)された時には正直悔しくて、しばらく顔も見れないような状態だった。

でも今では彼女が自分より先に主任になった事実を理解も納得もできる。

 上に立つ者の重要スキルは知識や業務の達成度だけではない、むしろそれ以上に必要なのは人との”関係力”、”信頼を得る力”だ。

――(これもあの子と関わった影響かしら、だったら感謝しないとね)



「長谷部ってさ……」

「何よ?」

「イイ女だよね」

「あんたに言われてもねぇ」

「アハハハハハ」

いつもの美咲だ。

――(ハァ、もう一杯だけ付き合ってやるか)


「マスターお代わりー、山崎の12年ね」

「ちょっ⁉ あんたね!」

「これでチャラにしてあげるのよ? 全くイイ女過ぎよね私って」


――(全くいい気味だ)




                つづく





”good dude” :訳 ”最高-な野郎”

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