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12. Sad in kindness

 <これまでのあらすじ>


 中規模商社の営業職、更科巧さらしなたくみ31歳は、夜の山道をドライブ中こっそり乗り込んでいた女の子を成り行きで街まで送ることになった。

 女の子の名は有本藍子ありもとあいこ、地方銀行に勤める25歳。身に覚えのない周囲からの冷たい視線に耐えながら日々なんとか暮らしていたところ、行内で噂のエリート王子様(江口総一郎)に熱烈なアプローチを受けるようになる。

 なぜか江口と食事をする事になった藍子だが帰宅途中、江口に襲われると勘違いから逃げ出し、その先で偶々たくみの車を見つけ潜り込むことにした。

 たくみに街まで送ってもらった藍子は家に帰る気にもなれず、たくみに縋ることを決意する。

 思わぬ藍子の申し出を受け、成り行きで匿うことを決めた更科巧だったが、これからどうしたものか困惑し、同僚の新道と先輩の美咲に相談することにした。

 藍子は美咲さんに引き取られることになり、翌日藍子を送り出したたくみはなぜか藍子の母梗子から呼び出され、言伝を託された。

 藍子は母梗子からの想い、そして美咲とたくみに背中を押され、次(未来)への一歩を踏み出そうと今の仕事の辞職を決意する。



  一方たくみは、藍子の不在に自分でも予想しなかった喪失感を味わっていたのだが……






                 12. Sad in kindness(再会)



 アリアが美咲さんに引き取られて(言い方悪いけど)から一週間、ようやくいつもの生活になった気がしているたくみだった。


 たった数日一緒に暮らしていただけなのに、アリアが居なくなったその日は狭苦しく感じていた自分の部屋がこんなにもガランとしていたのかと本気で戸惑ってしまった。

 正直「はぁやれやれ」と思ったのも事実だが、予想以上の喪失感に自分でも驚いている。

(いやいや、これはほんの少し情の移ってしまった保護猫への感情みたいなものにに違いない)

力づくで自分を納得させつつ、この変な感覚が納まるのを待つ日々だった。


 火曜日にアリアから「正式に勤め先を退職しました」と電話があり、随分早く動いたなと思うも、順調に歩き出せた事に親心に近い安心と嬉しさを覚える。

 これから大変だろうけど何とかなる…… なるようにこの後も応援したいと思っている。

 その電話で「お世話になったお礼を……」と言ってきたので「それはもうお母さんから預かってるから大丈夫」と断った。

 

 あの時(アリアの母梗子との邂逅かいこう)のお金は美咲さん宅を訪れたあの日、これからしばらくお世話になるだろう美咲さんに託そうと考えて、帰り際に密かに渡そうとしたら「は?」と一言(一文字)で一蹴された。

 仕方がないので何かの機会でアリアに渡そうと思っている。

――(美咲さんも俺と同じ気持ちになったのかな……)

なんて思ったが、あの時の美咲さんの、『本物のバカ』を見る様な目は当分忘れられそうにない。

 


「アリアちゃん来週からここ(会社)で働くことになったからね」

と美咲さんから聞いたのは、次の週の水曜日だった。


「やったなたくみ、またアリアちゃんと毎日会えるぞ!」

隣にいた新道が茶化してくる。

 正直な話、またあの子と会えると思って嬉しくなった気持ちは少しあるが、間違ってもこの二人に悟られてはならない。

「なんだよ毎日って、部署も違うし会えても月金の間だけだろ」

「…… だってさ、まなみん」

新道が呆れた表情で美咲さんに言う。それを受けての美咲さん

「なんだ、土日なら私のところに来ればいいのに? アリアちゃんも喜ぶし」


「な⁉ ……なんでそういう……」

この二人が揃うと、俺を吊るし上げて遊ぶこのシステムはいつからできたのか。

「えー? たくみ君がさみしそうだって言うから真っ先に教えたあげたのにぃ」

美咲さんの言葉に新道をにらむとヘラヘラしながら

「我慢はよくないぜ、たくみ」

と親指を立てる。

「バカかお前! 俺がいつそんな……」

二人が首をすぼませて「やれやれ」みたいな顔をする。

――(コイツらホントにー……)

「財務二課の長谷部のところに預けるから見かけたら声かけてあげてよ。アリアちゃんも会いたがってたのは本当だから」

美咲さんが俺の方を真正面に見据えて言う。

――(アリアが? ……)

「オレが思うにあの子はモテるぜー、二,三週間のアドバンテージなんて意味無いからな、ちゃんと見張っとけよー」

相変わらずの新道の軽口に少しイラつきながら

「何言ってんのお前…… なんで俺が……」

 そう言いながらも変な焦燥感が湧き上がってくるのを、割と冷静に感じていた。



 翌週月曜日、アリアとの再会は意外なほど早く訪れた。

というかアリアの方からやって来たわけだが。

「あの、ご無沙汰してます……」

「あ…… うん、久しぶり」(ってそれほどでもないけど……)

後ろで新道が、手をヒラつかせながら遠ざかっていくのを見て、

――(アイツが連れてきたんだな、ったく要らん事を……)

と思いながら、なぜか怒る気にはなれないでいる。


「お昼はこれから?」

「はい」

「じゃあ、なんか食べに行こうか」

「はい!」



 会社近くの定食屋、昼時なので混んでいたが、ちょうどカウンター席の端が空いてるのを見つけて並んで座る。

――(少し見なかった間に随分雰囲気が明るくなったな……)


 前の職場とのけじめ、とりあえずの働き場所、頼れる同性との暮らし。

心配の元が少しづつ無くなっていく事で気持ちも表情も元気を取り戻してきたのだろうと嬉しく思うが、どれも俺とあのままだったら得られなかった事だと考えると、自分の無力さが辛くなる。

――(俺は結局何もしてあげられなかったな……)


「たくみさん……」

「…… ん、うん?」

「たくみさんには本当に感謝してもしきれないんですけど、いつかご恩返しができたらと思ってます。ありがとうございました」

「……」

 改めて己の無力さを痛感していたところだったので、真っすぐな謝辞に一瞬言葉を失ってしまった。

「…… え? 俺結局何もしてないし……」

「は?」


 一瞬あの(お金を渡そうとした)時の美咲さんの顔が思い浮かぶ。

「今私がここに居られるのは全部たくみさんのお陰じゃないですか」

少し怒ったような、困ったような、泣きそうな顔でアリアが俺を見てくる。

――(……)


「あの日駅まで乗せてくれたじゃないですか、訳も聞かずにお家に泊めてくれたじゃないですか、美咲さんや新道さんに会わせててくれたじゃないですか、お母さんにも会ってくれて……」

「……」

「全部たくみさんのお陰です。本当に本当に救われました、ありがとうございました」

「……」

こんな真正面からの感謝を受けたことが無くて、受け止め方が分からない。


「それほどとは思わないけど、少しは役に立てたんなら俺も……」

「…… たくみさんは女一人の命を救った自覚が足りないと思います」

「え、何言って……」

――(オイオイ、流れが変だぞ)

「あんな事、普通の人はしません」

「ちょ…… 待て……」

――(言葉に気をつけろ! 他のやつが聞いたら誤解するだろうが!)

周りの反応をドキドキしながらうかがう。


「今日はお礼の第一弾としてここは私が奢ります」

アリアが「キリッ!」っと俺を見つつ高らかに宣言する。

「いや、それは……」

「いつか物凄いフランス料理とかご馳走するんでご期待ください!」

――(あー…… この子の謝意レベル最上位って”食”なんだなぁ……)

「う…… うん、楽しみにしてよっかな……」

「ギャルソンさんとかいますから!」

「?」


――(…… ここ(定食屋)なら二人で二千円もいかないしまぁいいか…… ぎゃる?……何?)

もうこの定食屋で

――(十分過ぎるほど報われたのにな)

俺はそう思っていた。




 アリアは一先ひとまずうちの会社と取引のある派遣会社に登録して、派遣人材としてここに来ているらしい。

 美咲さんなら強引に正規社員としてねじ込めただろう。

 しかし派遣なら少々やり過ぎ(?)ても重宝されこそすれ、うとまれるようなことは無いだろうし、他会社の人間ということで一歩引いた目で見てもらえるのも今のアリアにとってはありがたい事のはずだ。

――(むう…… さすが美咲女史、曹操ばりの名将よ……)

と改めてその隙の無い采配に驚嘆する。(単騎では呂布だけど)とも言っておこう。




「なぁたくみ、財務会計に新しい女の子が入ったんだってよ」

二つ向こうのデスクに座っている二年先輩の斉木さんが俺のところにやってきた。


 元々社員数も少ない会社だし、入社や人事改変の時期から外れた中途半端な雇用となれば、珍しさも手伝って噂になる事もあろうかと思うが、まだアリアが来て二日目だ。

――(もう何かやらかしたんじゃ……)

と少し不安になる。

「財務部の同期のヤツと昼食ってる時に聞いたんだけど、今25歳でこれがなかなか可愛いんだってよ」

「…… へー……」

新道の言葉がなぜか頭にチラつく。


「なぁ、今度見に行こうぜ!」

――(他クラスの転校生で盛り上がる中学男子か?)

 そう思いつつも、ちょっと心のざわつきを感じながら一応辞退しておいた。

「いやー…… 俺はいいかなー……」

「お前ホントに淡白だよな、もっとこう、男の子らしいギラギラした……」

「男の子ってもうオッサンじゃないすか。ギラギラしてたら事案ですよ、斉木さんとか特に」

「うるせーよ、まぁ見てきたらどんな感じか教えてやるよ」

笑いながら午後の業務に戻っていく。

 なぜか膨らんでいくモヤっとした気落ちに、これはまたアリアが変な事に巻き込まれやしないかという心配からのものだと理屈をつけてみる。

――(あの子が笑っていられるなら別に誰だって……)

モヤモヤが消えないまま、自分も午後の仕事に取り掛かった。



 アリアがウチの会社に来て、三ヶ月ほどが過ぎ、夏も終わろうかという季節になった。


 初めはどうなる事かと気を揉んでいたが、思いの外すんなりと馴染んだようでほっとしている。

しかし全然何もなかったかというとそうでもなくて、二週間ほどったあたりで美咲さんのところに長谷部さんが

『ちょっと美咲! あの子どうなってんのよ!』

と乗り込んできたらしい。(美咲さん談)



 長谷部さんはアリアが所属している二課のチーフで、美咲さんとは同期にあたる。

顔立ちはホワッと優しい感じの印象だが、性格はある意味美咲さんより厳…… キツイ。


 一見、美咲さんとは対極的な感じなので反りが合わないのかと思いきや、アリアを任し任されている間柄を見ると、相当の信頼関係なのだと分かる。

 で、なぜ乗り込んできたかというと、なんでも会計関連で長年塩漬けになっていたシステムソフトの課題とか不具合を、二週間足らずでほぼ解消してしまったらしい。


 前職は銀行職員だったとあって、他の社員からは

『さすがプロ、ああ女神様がご降臨なされた……』

と、もはや崇拝対象になっていてとにかく長谷川さん的には

「なんやねん? アレ(あの子)」

という事だった。

――(ホッ… 、そっちかぁ……)


 変にやらかしたわけじゃなさそうだと分かって、心底安心したが、

――(一般的な銀行員とは別次元なんだよなぁ……)と別の不安が湧く。


「『今更いまさら返せって言っても聞かないからね!』だってさ、笑っちゃったーハハハ」

美咲さんが武勇伝のように聞かせてくれた。その時のドヤ顔が目に浮かぶようだ。

「しっかり自信が付いたところで私直属にするに決まってんじゃんね―? ガハハハハ!」

――(天性の魔王なんだなこの人……)

長谷部さんに同情し、あと美咲さんだけは絶対に敵に回さないでおこうと心に誓う。


 当初色めき立っていた野獣共も、美咲さんの親戚筋

――(一緒に暮らしていて通勤も美咲さんの車ならそう捉えるしかないわなぁ)

との噂が蔓延し、迂闊に声を掛けるような勇者は現れなかった。斉木さんでさえ

「せめてLineのアドレスでもと思ったけど、俺もまだ命が惜しい」

と自制したくらいだ。

――(保護者が魔王ですから賢明な判断かと)

 なぜかアリアが順調そうだという事以上に、群がる輩がいない事を嬉しく思っている自分がいて、我ながら(……気持ちワル……)と思う。


 そんなある日、自販機の前で新道と「今年の残暑はヤバくね?」なんてオヤジみたいな内容の話を中坊みたいに話していると、後ろから美咲さんがツカツカとやってきた。


「あんた達ちょっといい?」

「はい?」

俺と新道が間抜けな顔で振り向く。


「この会社は近いうちに倒産するわ‼」


「な…… なんだってェーーー‼」 ※ユニゾン



                               つづく


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