転機
「お前が……」
「名ぐらいは聞いたことがあるだろう?実際、お前たちと戦っていたんだ。少なくとも…」
そういうと男…もとい、斉天大聖は隣にある旗を手に取る。その旗は、朱染めの布に金糸で「斉」と書かれたもの。奴が言うように、今まで俺のいた軍が戦っていた敵が掲げていた旗だ。
「これは、見たことがあるんじゃないか?」
「ああ。俺の記憶の中ではつい先ほど、な。」
「安心しろ。半日も経ってないさ。」
「殺すなら早くしろ。妖怪となれなれしく趣味はない。」
「………お前は、なぜ妖怪と戦う。路銀稼ぎのためか?」
「それもあるにはある…だが一番は、家族を妖怪に殺されたからだ。親兄弟の敵を討つのに、それ以上の理由がいるか?」
「そうか……………なら、お前の敵である妖怪を殺すのに、俺たちが協力する、といえば?」
「大聖様⁉」
「人間に協力すると⁉」
「お前らも、今のわが軍の状況はわかっているだろう?今必要なのは戦力の増強だ。」
「……何のつもりだ?」
「まあ、そういう反応になるだろうな。お前たちは今、この戦いは「人間」対「動物・妖怪」の構図だと思い込んでいるだろう?」
「思い込みも何も、事実そうだろう?」
「答えは否だ。今の構図は、お前たち人間が想像するよりも複雑になっている。本来の構図は「人間」対「花果山」対「その他の動物・妖怪」だ。」
「なぜ花果山だけ…?」
「我ら花果山は、俺が天竺から帰ったとき以降、人間、妖怪、どちらとも交流を保ってきた。その両方が争っているのだ。むろん、俺たちにとっていい話ではない。」
「だが、花果山は少数陣営で、どちらかの軍を取り込むしかない。」
「否。」
「……?」
「大聖様…?」
「想定はそうだったのでは?」
「想定は、だ。俺がそのようなちっぽけな夢を望むとでも?そんなもの、多聞天に笑われる。」
「と、言いますと…」
「俺は、この中華全土を手に入れる。」
「…」
「…大聖様⁉」
「大聖様。さすがにそれは無茶では。」
「ああ。今の状況ではな。お前、名は?」
「俺に名はない。好きに呼び捨てろ。」
「そうか……なら、宿でいいか?」
「宿……?」
「ああ。お前は今日からここを宿のようなものとして使うわけだ。その名で十分だろう?おまえたちも、そう呼ぶように。」
「はい…」
「それと、お前は俺たちにつけ。」
「報酬は?」
「一つ、お前の家族を殺した家族の敵討ち。一つ、命は助けてやる。一つ、誰も理不尽に死ぬことのなくなる、新しい時代の到来。俺から出せる手札はそれだけだ。むろん、お前に出してほしい手札もあるが、それは俺の仲間に聞いてみるとしよう。異論は?」
「まあ、大聖様がおっしゃるなら……」
「何か不満があるのか?」
「いえ……ですが、どれほどの戦力になるかがはっきりしない以上、どうも腑に落ちないといいますか…」
「そうか……わかった。晨璃。」
悟空がそう呼んで、次に猿たちをかき分け現れたのは、俺が戦っていたあいつだった。
「蓮面の銀猿……」
「お前には、今からこいつと手合わせをしてもらう。取り式は俺が行うから安心しろ。それと、今回は両社、本物の槍を使え。」
「……わかった。」
「了解。」
「大聖様。」
「心配か?」
「はい。晨璃はわれらの中で、大聖様の次に値する最大戦力。その上………。あの人間では耐えることは不可能かと思うのですが…」
「いや、俺はそうとは思わん。どちらかといえば、木の槍なんかを渡せば、それこそ戦力が下がるだろう。あいつも武人だ。」
つい先ほど戦って、「蓮面の銀猿」について分かったことがある。推測の域を出ないが、妖怪は、武術というものを知らない可能性が高い。おそらく、妖怪だというだけで人間を凌駕する術などを使えるから、必要ないのだろう。だが、正直そんなこと、どうだっていい。やりやすい限りだ。いつの時代でも、武術を凌駕するのは、力ではなく武術だ。
「始めるぞ。晨璃。宿。時間は三分。心理はその間逃げ切れれば勝ち。宿、お前は心理の仮面を割るか、その首筋に刃を突きつければ勝ちだ。」
「はい。」
「わかった。」
「それでは、初め!」
その声が聞こえた瞬間、蓮面…斉天大聖には「晨璃」と呼ばれていたものが、絵が白く塗られた槍を突き出してくる。遅い。
やはり、武術というものを知らないのだろう。力任せ、とまではいかないが、力がかかりすぎている。この突き方なら、後ろに突然敵が現れた際に対処のしようがない。
「八式槍術 弐式・転鋒」
俺は渡された槍の絵の中心を持ち、そのまま槍を縦に回す。すると相手の槍は見事弾き飛ばされ、体制が崩れる。だが、ここで正面から突くのは悪手だ。そんなことをすれば、体制を立て直した瞬間、相手の獲物の餌食だ。なら、
「参式・踏影」
槍をはじいた次の小間、俺は槍の刃に一番近い部分もを地、絵の一番後ろを地面にたたきつけ、その反動で高く跳びあがる。
「肆式・裂空」
跳びあがったら、そのまま大きく槍を横に薙ぎ払う。相手はそれをよけるが、むろん体制はさらに崩れる。
「壱式・穿心」
ならば、空中からさらに仕掛ければいいだけの話。いまだ空中にある体の形を整え、槍とともに一直線に突き降りる。すると、相手はその衝撃に軽く吹き飛ぶ。まだだ。ここで油断しては、確実に反撃を食らう。ここできめる。
「漆式・逆鱗」
俺は相手から目を離すことなく、幾千もの突きを繰り出してみせる。連続突きは延々続けることのできる技。相手を確実に仕留める。斉天大聖は、俺の勝利条件は仮面を割ることか、首筋に刃を突き立てることだといっていた。……なら、どちらもやって見せれば、完全勝利ということだ。
「伍、陸式・封遊刃」
俺は地面に刃を突き立て、すべての神経を触覚に移動させる。そして、蓮面が迫ったところで、突き立てていた槍を手に取り、不規則的に動かしてみせる。鳥のように、鋭く。蛇のように、うねり。それでいて虎のように、強く。
その刃は蓮面の中心の筋をとらえ、次の間には、その首筋まで到達していた。
「……え、」
割れた仮面の中から出てきたのは、透き通るような髪色と肌をした、容姿端麗な少女だった。
「なんと、あの晨璃が終始押されていただと…!」
「あの人間、予想以上に強いな…」
「これで、納得いったか?」
「はい、まぁ…わかりました。」
「宿。お前には、出してほしい手札が二つある。」
「……」
「一つ、俺たちの戦に参加してもらいたい。うちも戦力が足りなくてな。俺ももう、とても満足に戦える状態ではない。そしてもう一つ。お前の持つその武術を、晨璃含め、俺の部下に享受してもらいたい。いいか?」
「……わかった。精いっぱい務めさせてもらう。だが、約束果たしてもらうぞ。一つ目と三つ目はな。」
「!……フッ、わかった。」
かくして俺は、花果山の勢力下にはいることになったのである。




