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猿の娘

灰色をした空に、黄土色に乾いた荒野。そこにちらつく赤色の液体。

響く声は様々。怒号、雄たけび、悲鳴、金切り声、咆哮……響く音も、鉄と鉄が打ち付けあう音や、重いものが倒れる音、斬撃音、打撃音…

「いつまでも数が減らないな、妖怪どもは。」

「あたりまえです。妖怪なんてうじゃうじゃいるんですから。」

ここは最前線。相手は人ならざる者たちだ。猿や猪、豹に虎などの動物。それだけじゃない。目の前には、頭に角が生えていいたり、頭が牛だったり、人間とそっくりでも腕が長かったり、鳥の体に九つの人面がついている者もいる。そう、俺たちは今、人間と動物、妖怪との戦い、のちの時代に「百獣覇戦(ひゃくじゅうはせん)」と呼ばれることとなる大戦の最前線にいるのだ。

「これ以上はジリ貧だな。いったん撤退するぞ!お前は……」

「俺に名はありませんよ。好きにお呼び捨てを。」

「そうか……まあ良い。俺とともにしんがりを頼めるか?おまえ、名のない割には、実際大きな戦果を挙げているではないか。ここから撤退できれば、俺が名前を付けてやらんこともない。」

「ありがたき幸せ。」

「言っている前に片づけるぞ。感謝はこの戦線を抜けてからにしろ。」

「は。」

「お前は、なぜこの戦いに来たんだ?」

「親兄弟を妖怪に殺されましてね。これ以上の理由が必要ですか?」

「いや、すまない。」

「いえ、別に。どちらにせよ、自分勝手な動機であることに変わりはないので。」

「そうか……いずれにせよ、俺たちのすることは変わらん。できる限り被害を抑えて部隊を後退させる!」

体調がそう叫んだ瞬間、前方で陣を張っていた兵士たちがありえないほど吹き飛んだ。人の体の形はかろうじて保っているが、その横腹には、明らかに大きな打撃痕がある。

「なんだ…これ……」

「やつだよ。」

「?」

体調が指さす方向を見ると、そこには仮面をかぶった戦士の姿があった。仮面は真ん中で白と黒に分かれており、その輪郭は猿面にちかい。目元は人間に酷似しているが、口は無表情。白と黒の分かれ目には、水色で蓮の花が彫られている。服は白銀に墨黒色の紐、龍雲紋と金の輪の刺繍が施された旗袍(チーパオ)(日本語で言うチャイナドレス)。遠目で見難いが、蓮の華と三日月がかたどられた白銀の(かんざし)を挿している。

「蓮面の銀猿…妖怪たちの大将首の一人だ。人型で、槍を使った攻撃を得意としている。大将首のなかでも指折りの強さを持つやつだ……急ぐぞ!」

「……なら、隊長はここで退いてください。」

「それではお前が……」

「安心してください。親兄弟の敵に殺されるほど、やわな鍛え方はしていませんよ。」

「そうか、なら………任せてもいいか?」

「はい。」

『どうせ、いずれは路銀不足で死んでいた身だ。武人らしく戦って死ねるのなら、本望だろう。』

「さて、蓮面の銀猿といったか。お前は槍使いのようだが、俺もあいにく槍使いだ。距離の優位をとることはできない。それとも、一騎打ちで負けるのは怖いか?」

「人間が妖怪に一騎打ちを仕掛けるとは、愚かだな。ここで死ぬつもりか?」

「場合によっては、死んでもいいとは思っている。」

服装的にも予想はついていたが、こうして会話しているとはっきりする。この槍使い、女だ。正直、正常に身を置いている者として、今更女がどうとかいうつもりはない。どちらかといえば、男も女も平等に職が選べればと思う。

「寿命も短い人間の死ぬ様など、誰が見て喜ぶものか。せめて見えていないところで死ね。」

そういって仮面をかぶった女は、俺の腹に向けて槍を突き出してくる。それを手に持つ借り物の槍の柄で受け止め、そのまま一回転。

「八式槍術 壱式・穿心(せんしん)

「なんだその技。名ばかりの突きか?」

「参式・踏影(とうえい)

正面を突き、よけられれば上に跳躍し、もう一度死角から突きを繰り出す。単純の動きだ。いつだったか、師匠から教えてもらったこの技も、結局は誰に伝授することもなく終わってしまった。後壱年でも生きていれば、そんな日が来ることもあったのだろうか。どちらにせよ、この目の前にいる妖怪に、俺は勝つことができない。長年……といっても戦場に出てから10年の経験が、そう告げている。

「どちらにせよ、やれるとこまでやるだけだ……ここまでくれば、あれを使うしかないか…」

「潔く地に伏せ。そうすれば、命ぐらいは助けてやる。」

「そんなものを望むのなら、俺はお前の首を望む。」

「ならやはり死ね。」

ああ、そうしよう。ここで死のう。その代り、手痛い一撃は残してやる。

「八式槍術 衣鉢…」

体中の神経を、右腕に集中させる。

身体をめぐる血液を感じ、その流れをコントロールする。

呼吸を落ち着け、心臓の音と意識を重ね合わせる。

「蓮面さま!」

「ここは退避を。あやつはわれらでひきつけますので!」

「人間の中に、まだここまでの気を持つ者がいるとは……面白い。」

「玖し…」

唱えかけた瞬間、体の周りに縄のようなものが巻かれた。

「…ッチ。」

「とらえたぞ~。どうする?」

「そいつは面白い。気絶させて持ち帰る。」

「ウィ……済まねえな人間さんよ。姫さんの命令だからな。」

そうしておれは首の下あたりを強打され、意識を遠のかせていくのだった。


次に目が覚めたのは、山の中のようなところに建てられた、異様に整備された場所だった。

下には乾いたような灰色の石材が敷き詰められ、まわりは森や草むらが広がっている。

「起きたか、人の武人よ。」

俺があたりを見渡していると、目の前から声がかかる。顔を上げるとそこには、石でできた椅子に座る男の姿があった。金色の鎧に赤と朱の中間の色をした羽織。左目には眼帯をし、右手は失っている様子。残った左手と両足、そして額には、金色の輪がはめられている。そして特徴的なのは、鎧や羽織の隙間から見える金絲猴のような毛と、猿のようなその顔……

「お前は…」

「ああ。俺の名は妖怪軍隊将が一人。花果山代表……斉天大聖孫悟空だ。」

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