プロローグ
n番煎じの婚約破棄モノを書きたくて書きました。
お楽しみいただけたら幸いです。
「セフォレッタ・オルヴァーグ! 今ここでお前の醜悪で悪辣極まりない所業を白日の元に晒す! か弱く可憐なエセルへの非道な嫌がらせの数々、忘れたとは言わせんぞ!」
絢爛豪華な王宮での舞踏会。
優雅な音楽と上品な笑い声に満ちる空間を台無しにするような叫び声に、セフォレッタは内心げんなりとした。
しかし、それを顔に出すことはせず、優雅な動作で口元を扇で隠しながら正面を見遣る。
向けた視線の先には見目麗しい5人の男女が勢揃いしていた。身分が高い順に、王太子アレクセイ、公爵子息ルアン、侯爵子息ミハイル、伯爵子息マクス、男爵令嬢エセルである。
良くも悪くも目立つ組み合わせの彼らは、ざわめく周囲の様子など気にも留めず、セフォレッタを前にして意気揚々と口を開く。
「もうこれ以上は我慢ならない! この場にいる全員の前でお前の醜悪な本性を暴いてやる! 心優しく美しいエセルを傷付けた罪は必ず償わせる!」
ビシッとセフォレッタに指を突きつけ、アレクセイは隣に立つ小柄な令嬢の肩を引き寄せる。
そして、びくんっと大きく震えた彼女に対し、胸焼けを起こしそうなほどに甘ったるい微笑みを浮かべる。
「エセル、怖がることはない。君を苦しめ続けた元凶を今日この場で断罪しよう。君は安心して私に守られているといい」
「そうだよ、エセル。君のことは王太子殿下が守ってくださる。もちろん、僕もロインズ公爵家の一員として全力で君を守ると誓うよ」
「わたしもコルネード侯爵家の一員として協力します。あなたを虐げる者を決して許しはしません」
「俺も協力するからな! カリオン騎士団もついてるぜ!」
「……み、皆様……」
見目麗しい貴公子たちに囲まれて、男爵令嬢エセルが目を潤ませるのが見える。亜麻色の髪には高価な髪飾りが挿され、細い肢体を覆うドレスは王室御用達店の特注品だ。真珠のような白い肌はやや青褪めていたが、その姿はひっそりと咲く花のように清楚で可憐だった。
4人の貴公子に守られるようにして立つ男爵令嬢。対して、セフォレッタはたった1人。
名門オルヴァーグ公爵家の一人娘にして王太子の婚約者である彼女の同伴者であるはずの男は今、目の前で男爵令嬢の肩を抱いている。
繰り広げられる茶番を前にしてセフォレッタは目を細める。手にした扇で表情を隠しながら思考を巡らせるセフォレッタを他所に、アレクセイを筆頭とした茶番は続いていた。
「お前はエセルの美しさと優秀さに嫉妬し、難癖をつけては地べたに這いつくばらせて虐げていたな! おまけに暴力をふるい、周囲の人間に命じて私物を壊し教本を破り、挙げ句は彼女の母親の形見まで奪っただろう!」
「いくら君が名門と名高いオルヴァーグ家の娘であっても、か弱い乙女を傷付けていい理由にはならないだろう? まったく、王太子の婚約者として育ってきた人間が聞いて呆れるね」
「こちらには貴女の悪事に対する証拠も証人も揃っています。言い逃れはできませんよ」
「俺は難しいことは苦手だが、女の暴力はダメだと思うぜ」
「他にも彼女のドレスを汚し、死んだ生き物を鞄に入れるよう指示しただろう。言い逃れなどさせない、王太子アレクセイの名においてお前の罪を裁いてやる! エセルは私が守る!」
胸に手を当てて勇ましく宣言するアレクセイに冷めた視線を送りながら、セフォレッタはちらりと周囲の聴衆たちの様子を伺った。
セフォレッタと同様に冷めた表情で成り行きを見守る者、好奇の眼差しでこの茶番を楽しむ者、状況に付いていけず困惑する者と様々だ。
今夜は王家主催の舞踏会。国王と王妃はまだ姿を見せず、この場における最高権力者はアレクセイのみ。
何も言わないセフォレッタにアレクセイが冷笑する。
「ふん! 罪を暴かれて言葉もないか。お前のような性根の腐った女に国母は務まらない。聡明で心優しいエセルにこそ、王妃の座が相応しい!」
その言葉に周囲が大きくざわめいた。その反応に気を良くしたのか、アレクセイが朗々と声を張る。
「今ここでセフォレッタ・オルヴァーグとの婚約を破棄し、エセル・マッシェルとの婚約を宣言する!」
その瞬間、どこかで押し殺した悲鳴のようなか細い声が聞こえた。エセルが口を手で押さえて目を丸くしている。その瞳は潤み、シャンデリアからこぼれる光でキラキラと輝く。
眉を顰めるセフォレッタの目の前でアレクセイがエセルの両手を取る。
「私の妃に相応しいのは君だ。君しか考えられない。愛しているよ、エセル。私の求婚を受け入れてくれるね?」
「お、王太子殿下……」
「はは、セイと呼んでくれと言っただろう? 私の愛称は君だけに呼んで欲しいんだ。ほら、呼んでみてはくれないか?」
「……セ……」
「そう、セイと呼んでくれ」
「セ、セ……」
エセルの唇が震える。白い頬は紅潮し、翡翠色の瞳には涙が浮かぶ。
小刻みに震える小さな手を愛おしげにアレクセイが握り締めたその瞬間――彼女は勢い良くその手を振り払った。
え、と間抜けな顔でアレクセイが固まる。
エセルが叫ぶ。
「セフォレッタ様――!!!」
――公爵令嬢、セフォレッタ・オルヴァーグの名を。
アレクセイの動きが止まった。喜びに湧く他の取り巻きたちも、困惑している周囲の聴衆も同様だ。
誰もが状況を呑み込めない中、静まり返った広間に扇を閉じる音が響き渡る。
「……お言葉ですが、殿下は思い違いをされておりますわ」
コツ、と軽やかな音を立て、セフォレッタが彼らに歩み寄る。
光り輝く銀髪、紫水晶のような瞳、華奢な肢体を覆う豪奢なドレス。それら全てがセフォレッタを彩り、麗しの美姫と呼ばれる美貌を引き立てる。
呆然とするアレクセイと取り巻きたち。涙目のエセル。事の成り行きを見守る聴衆。
幾多の視線を一身に浴びながら、セフォレッタは優雅に片手を差し出した。
「私はエセルさんを傷付けてなどおりません。ましてや、泣かせるなんてとんでもない」
「セフォレッタ様……!」
「よく頑張ったわね。こちらにいらっしゃい」
「エセル……!」
セフォレッタの言葉に弾かれたようにエセルが駆け出す。
ぽろぽろと涙を流す彼女を背後に隠し、セフォレッタは両手を突き出した形で固まるアレクセイを見る。
そして、状況が把握できずに困惑と焦燥を浮かべる婚約者へ、この上なく美しい笑顔で告げた。
「殿下はご存知ないかと思われますが――私と殿下の婚約は既に破棄されておりますわ」