7
王宮に帰ってすぐに、父との話し合いの場を取り付けた。
父は偉大な王だ。
威厳もあり、その双眸には力強い光が宿っている。
子である僕でさえ、背筋が寒くなるなる事があった。
『影』の話をすると父は渋い顔をした。
そして怒りの満ちた顔で僕を見てきた。
「今更何を言うかと思えば。くだらん」
「わたしにとってはくだらない事ではありません」
「もう、終わったことだ。お前は関係ない」
「いえ、まだ終わっていません。レティシアのためにも終わらせてはならないのです。どうか・・・どうかお願いします」
頭を下げた。
少しの間沈黙がおりる。そして、陛下はため息をつく。
「『影』の意味は、わかっているだろうな・・・」
わかっている。
陛下の手足として一般的には知られていない存在。
そんな彼らから情報を引き出そうとしているのだから、そんな顔をされても仕方ない。
「直接、わたしに言わなくても結構です。こちらも調べてはみます。きたるべき時に明らかにします」
「わかった。そして、事実が明らかになった時、お前はどうしたい?」
我が父ながら、食えない人だ。
きっと全てを知っているのだろう。それで、なお僕に問いを投げかけたのだ。
判断を委ねてくる。
そりゃあ、そうだろうが・・・。
僕は・・・。
もう、決めている。
どんな結果であろうと・・・。
父は、僕の言葉を聞いて、目を細め顎をなぜた。
及第点といったところか・・・。
「では、その件は任されよう」
「忙しいなか、無理を言ってすみません」
「なに、息子の願いを叶えるのも親の役目よ」
僕は、一礼して部屋をでた。
次に向かったのは、弟であるアズベルトのところだった。
一つ違いの腹違いの優秀な弟。
嫉妬や妬んだ事などいく度もある弟。
部屋に入ると、アズベルトと、その婚約者がいた。
「兄上。どうしました?僕に会いにくるとは?」
僕を嘲笑うような表情。
今までなら、そんな顔を見ては頭に血が昇っていた。
だがー、脳裏にあのレティシアがでてきた。純真無垢な笑い。僕を忘れたあの彼女の顔。
それを思い出しただけで、落ち着いてアズベルトを見る事ができた。
「アズベルト。協力してくれ」
頭を下げて、願い出た。
「兄上?」
驚いた声。
こんな声がでるんだ・・・。
「僕だけでは無理なんだ。だから、アズベルトに協力して欲しい」
「はぁ?突然?嫌いな僕に頭を下げてまでの協力?なに考えてるんです?」
うわずった声。
当たり前だろう。
裏があるように思われても仕方ない。
でも、今の自分にはこうするしか考えられなかった。
顔を上げアズベルトを見ると、本当に戸惑っている。
幼い時のアズベルトを思い出した。
泣いて僕の背中に隠れていた姿。
年を重ねる事で、周りから互いに比べられてきた。仲の良い兄弟はなりを潜め、溝だけが深まっていった。
レティシアはそんな僕らを見て悲しんでいた。
幾度か話し合いの場を設けてくれたと言うのに、僕は頑なに拒否をしたのを覚えている。
ミランダと過ごすうちに、彼女は「兄弟なんですものけんかも当たり前ですわ。いずれロベルト様が国王になられれば、ひざまずきますわよ」と言っていた。
違う。
自らが近づかなければ、知りようのない事もある。
僕はアズベルトのことを知らない。
知ろうとしていなかった。
「アズベルト、話を聞いてくれ」
「今更!!」
「アズベルト様。落ち着いてください。一度、話し合いましょう」
アズベルトの婚約者、スカーレット嬢が言ってくれた。
「スカーレット嬢。ありがとう」
「「!?」」
驚いた顔。
そんなに変な事だろうか?
「私は、席を外しましょうか?」
「いや、スカーレット嬢にも聞いて欲しい」
「わかりました」
僕は、勧められた椅子に座るとこれまでのことを話をした。
「・・・わかった。協力するよ」
アズベルトは少し考えた後頷いてくれた。
その後も、三人で喋り倒した。
ここにレティシアがいないのが寂しい。
これをしったなら、彼女は喜んでくれたに違いない。「良かったですわね」と僕の隣で笑ってくだだろう。
自室に飾られた薔薇たち。
56本の薔薇。
昔、庭師に薔薇の本数にも意味があると聞いた。
だから、ずっと赤いバラにこだわり彼女に贈りつづけていた。卒業式に99本目の薔薇を、そして結婚式の直前に108本目の薔薇を贈るつもりだった。
もう意味のない数だ。
自分の愚かさの証になっている。
薔薇の匂いが、涙を誘った。