11.最終話 レティシア視点
今日もいい天気。
雲一つない空は青く澄み渡っている。
窓を開け空気を吸い込むと、胸の中が気持ち良くなった。
「お嬢様。おはようございます」
リサが入ってきた。
「おはよう。リサ」
彼女の手には薔薇の花を携えている。
ピンクの薔薇を1本。朝露に濡れているのか、鮮やかな色をしていた。
「また、きていました」
リサが呆れたように差し出してくる。
わたしは、笑いながらそれをもらった。
ピンクの花言葉は『可愛い人』『愛の誓い』
薔薇の1本は『一目惚れ』『あなたしかいない』
あまりに重い気持ちについ笑ってしまう。
この花の贈り主は、3年ほど前からお父様が雇ったお抱え騎士である。
その方は3年前に我が家にきた。その時はお父様も、頑なに拒否していたのだが、その方は一歩も引かなかった。だが、その時はお父様は頑なに許さず、その方も諦めたように帰って行った。
その数日後に護衛をつけて街に出かけた。昔のこともあり行きたくなかったが領地の街だし、何より物欲に負けてしまい意を決して、出かけたのだ。
だが、物取りに絡まれてしまった。数が多く、護衛が苦戦している時、その方が助けてくれたのだ。
怖くて震えるわたしを、その方は落ち着くまで抱きしめてくださった。
知らない男性に抱きしめられたというのに、嫌な感じがしなかった。逆にその胸の中は温かく、安心できた。
落ち着いた時、はしたない行為にドギマギしてしまう。なぜドキドキしたのか、わからない。
そのことがあり、お父様はその方をしぶしぶ雇うことにした。
それから毎日、彼はわたしに薔薇を贈ってくれる。それも何も言わずに黙って。あたりを警戒しながら部屋の前に置いていくのだ。
本人はバレていないつもりかもしれないが、幾人も証言者はいる。
毎日、1本のピンクの薔薇。
なぜ、わたしが薔薇が好きなことを知ってるのかしら。
「お嬢様。幸せですか?」
リサが聞いてきた。
どうしたのか?
わたしは笑って答えた。
「ええ、幸せよ」
「そうですか・・・。それはよかったです」
「なに、その顔」
仏頂面のリサ。どうしてそんな顔をするのか?
リサは苦々しく呟く。
「だって、彼が来てから、お嬢様が明るくなられましたから」
「そう?」
「そうです。ふ、ふ、く、ですが」
そうかしら?
そんなに明るくなった?
以前のような違和感はなくなっていた。
そう、彼・・・ルトが来てから、確かに自分自身が落ち着いた気がする。
時折不安になるわたしのことを彼だけは気づいてくれた。安心するまで傍でいてくれる。
気になっていた右手も、もう大丈夫。誰もいない時にルトが握ってくれるから。
それだけで、満たされた気持ちになった。
身分の差があるため、そんな行為は許されはしないのに、どうしてか、拒否することができないでいた。
お父様は黙認してくれた。
ルトに注意は促しているのか、行き過ぎた行為はない。ただ、傍にいてくれたり右手を握ってくれるだけ。
物足りなくなる自分がいた。
嬉しくなる自分がいる。
ルトが来た時は他の騎士とぎくしゃくしていたが、今では仲が良い。笑いあい、楽しそうだ。
でも、どこか洗練されている。
貴族だったのか?
ルトは何も語ってくれなかった。
貴族であればと、思うわたしは愚かである。
朝食を終えたわたしは、廊下の窓から、訓練所を見下ろした。
ルトがいる。彼が一目でわかった。
みんなと訓練で汗をかいている。
彼はこちらを見上げてきたと思うと破顔してきた。
「あっ・・・」
胸が痛い。
わたしは、あの顔を知っている?
自然に涙が溢れてきた。
あとからあとから、流れてくる。
抑えることができないこの気持ちは何?
気づけば、彼はの場から居なくなっていた。
行かないとー。
逢いたい。
「お嬢様?」
何故だか自分でも理解できなかった。だけど、ルトに会わなければと思ったのだ。
わたしは廊下を走り出した。
後ろでリサの声が聞こえたが、それどころでない。
わたしは・・・。
令嬢らしからぬ勢いで、階段を走り降りた。
ドレスを捌ききれず、裾を踏んでしまう。
落ちるー!
あっ・・・。
走馬灯というのだろうか・・・。
思い出した・・・。
あぁ、なんで今なのか?
あの場面を思い出す。
嫌だ・・・。
目を閉じて、全てを受け入れた。
でも、思った衝撃はなかった。
なんで痛くないの?
「なっ!お嬢様!危ないじゃないですか!!」
背後から声がする。
固くて、それでいて暖かい。
わたしは見上げた。
そこには・・・。
「ルト。ロベ・・・ルトさ、ま・・・」
「お嬢さま?・・・レ、レティ・・・?」
ロベルト様だ。
ここにロベルト様がいる。
間違うはずはないロベルト様だ。
どうしてここにいるの?
ロベルト様がルトとしている。
なぜ、騎士としてこんな田舎に?王都は?
3年も、なぜ?
言いたいことが山ほどあった。
なじってやりたいことも。
だけど、できなかった。
ロベルト様の目から涙が溢れていたのだ。子供のように流している。
「レティ・・・。僕がわかるの?記憶が戻った、の・・・?ごめん。ごめん。」
わたしを抱きしめてくれた。
震えていた。
幾度も謝ってくる。
「・・・なぜ、ロベルト様が?どうしてここに?」
「君のことが忘れられなくて、全部捨ててここにきた。君の側にいたくて。君に謝りたくて。君を見ていたくて。君が幸せになる姿を見守りたくて・・・。ごめん。ごめん・・・」
涙声。
小さな声で謝り続ける。
その姿に怒りが湧く。
「なによ、今更!!」
幾度も、その胸を叩いてやった。
なんで今更謝ってくるの?
わたしの前になんでいるの!?
嬉しいのに憎い。
その行き場のない思いをぶつける。
幾度も幾度もー。
自分の手が痛くなって止めるまで叩きつけた。
だが、黙って受け入れる。
疲れたわたしを彼は抱きしめてくれた。
「ごめん。ごめん。レティシア。愛してる。愛してるんだ。レティ・・・」
耳元で呟くその声が熱い。
ひどい。
本当にひどい人。
彼を見上げる。
まだ泣いていた。
泣きながら笑っている。
「・・・ロベルト様。今度こそ信じても宜しいですか?」
彼は力強く頷いた。
この3年の事も覚えている。
彼がわたしをどんなに思っていてくれたのかを。ずっとわたしを見ていてくれたことも。
わたしは、知っている。
わたしはルトが好きだった。
彼は言った。
「赤い薔薇を贈り直していいかい?」
「続き、でなくて?」
「一から、君に捧げたい。以前のように毎回違う薔薇は買えないけど・・・」
尻つぼみの声。
わたしは笑ってしまう。
そうね。騎士と言っても薄給だものね。
「赤い薔薇ならなんでもいいわ」
「君に赤い薔薇を贈るよ」
わたしたちはもう一度抱き合った。
甘くて優しい薔薇の香がした。
わたしたちの未来は多難かもしれない。
それでもいい。
未来を紡いでいけるならー・・・。
ーおわりー